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個人の物語から社会の課題をあぶり出す

 里山社の清田麻衣子と申します。版元を始めたのは2012年10月、しかし当初はフリーランス編集と並行していたため、1冊目の本が出たのは2013年11月でした。

会社員生活13年目。6社目の会社を辞めたいと、当時の上司に打ち明けていたときのことはよく覚えています。まさにその話の最中に、大きく揺れ始めたからです。2011年3月11日のことでした。そして6日後の3月17日には福島第一原発の水素爆発が起きました。東京にある私の会社の通常業務もストップし、余震とデマに怯えながら、計画停電で暗く静かになった東京の夜の街を、明るい月に照らされながら帰宅していたとき、突然フト「こんなに揺れる土地に原発を作り続けて回転させていかなくてはならないなんて、やっぱり間違ってたんだ」と、思ったのをよく覚えています。そしてとにかく本を作ることができるならと会社を転々としながら回転を続ける自分も、これまでの日本の流れと重なって見えました。そして「もう、どこの会社にも入らずに独立して作りたい本だけを残していこう」と、気持ちを定めていきました。
独立してから今年で10年。当初は年1冊のゆっくりペースで、今は少しペースをあげて年間3〜4冊出しています。写真集、地方をテーマにしたエッセイ、ジェンダー写真論、韓国の本、病や障害にまつわる本、90歳女性の新聞ちぎり絵……など、毎回ジャンルがバラバラで、書店さんからも「客層がよみづらい」と困惑されることも多々で恐縮しているのですが、私自身のテンションの鮮度が命、と、無軌道にパッションを重視していった結果、ジャンルに広がりが出ているという部分もたしかにあります。
しかし、もちろん決めていることもあります。キーワードやイデオロギーで括られない個人の暮らし、個人史をベースに、社会のメインストリームの端っこでどっこい生きている方々を主役にすること。そしてその個人の生き方、人生を通して、社会の問題をあぶり出す、という方法で毎回本づくりをしています。なぜそのような迂遠な方法をとるのかといえば、そのほうが読者自身の人生の課題との重なりを探りやすく、それぞれで考え、感じる余地が与えられていることから、ゆっくりと、しかししっかりとその後の人生にも残る読書体験になると考えているからです。
しかしこれらの考えはすべて、大学時代に卒論を書き、どっぷり浸かった、『阿賀に生きる』『まひるのほし』などの映画を撮った故佐藤真監督の考えの受け売りです。「新潟水俣病患者」という「典型」をカメラに収めることを目指さず、病を得ながらも阿賀の川のほとりでたくましく生きてきた、たくましくもチャーミングな老人たちの魅力にフォーカスすることで、彼らの生活の中にいかに新潟水俣病が陰を落としているのかを浮き彫りにしていく。そのような方法論により受け取ったものは、20年以上の歳月を経てもなお、私のなかにしっかりと息づいており、またその私自身の体験がまさに、この方法論の有効性を証明しいるように思っています。
2016年に『日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学

という本を出しましたが、それは佐藤真監督自体を、佐藤真監督的手法で分析していくという異色の佐藤論でした。来年は『阿賀に生きる』が公開されてから30年にあたる年で、何か小さなものでも、少しまとめて出せないか、今から計画しています。
また6月7日に出る新刊は、弊社初のアメリカの翻訳もので、キエセ・レイモン著、山田文訳『ヘヴィ あるアメリカ人の回想録

という本です。この本も、著者が母と自らの半生を深い内省を交えて辿りながら、アメリカ社会で黒人が価値のある人生を送るのがいかに難しいのか、そして黒人の母と子がいかに社会に構え、歪んでいくのかをあぶり出していく回想録です。
BLMを主題としながら、母と子を考える本でもあり、また、アメリカという国を俯瞰してみることもできる内容だと思います。ノンフィクションというジャンルにあたりますが、極めて小説的な読後感を残します。文章も素晴らしい(また山田文さんの訳が素晴らしい)。母との日々を軸としつつ、80年代以後、ロス暴動などの黒人の人種差別事件を、黒人少年が大人になる過程にいかに見聞きし、自分の中に取り込んでいったのかが綴られ、また、彼が思春期からこころの拠り所とした黒人のヒップホップや、青年期に自らを投影した黒人文学も多数登場します。日本の人々にとっては、黒人少年の内面で何が起きているのか、彼の成長に並走し、物語を堪能しながら、黒人文化を吸収するのにも最適なテキストとなるはずです。
この本を準備し始めたのはジョージ・フロイドさんの事件やコロナ渦よりも少し前、2019年末のことでした。しかし、その後の事件によって、この本に書かれていることの細部のリアリティがより一層強く迫ってくるものがありました。普遍的に響き、残る、傑作だと思います。是非ご一読ください。

里山社の本の一覧

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