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夢とミメーシスの人類学
インドを生き抜く商業移動民ヴァギリ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2009年2月
- 書店発売日
- 2009年3月5日
- 登録日
- 2010年2月18日
- 最終更新日
- 2015年8月22日
紹介
ミメーシス(擬態)とは、他者の期待や行為を「ありそうな」仕方で模倣的に再現することをさす。インドの商業移動民ヴァギリは、移動先で出会う他者の夢を自分たちの神としてミメーシスする。流動的な環境の中で持続的に自らを創出していく彼らの戦術を探る。
目次
タミル語表記
凡例
序論 模倣からミメーシスへ
1 はじめに
2 先行研究と理論的射程
2-1 商業移動民ヴァギリ
2-2 操作と模倣という移動民像
2-3 ミメーシスとしての夢
3 調査地の概要
4 調査方法
5 本書の構成
第1部 ミメーシスという生存戦術
第1章 複数の名前の狭間で
1 他称と社会的なイメージ
1-1 さまざまな他称
1-2 異人としてのヴァギリ
2 ヴァギリをめぐる政策
2-1 コミュニティ分類
2-2 住居政策
2-3 教育政策
2-4 森林・動物保護政策
3 他者とわれわれ
3-1 自称を名乗らないということ
3-2 非ヴァギリに対する忌避と接近
3-3 カースト序列の浸透
4 「われわれ」の再生産
4-1 婚姻形態
4-2 外婚集団とリネージ
4-3 被差別リネージの存在
4-4 通婚圏外のヴァギリ
5 まとめ
第2章 複数の生業と生活戦術
1 生業の実態とその変容
1-1 狩猟採集とその加工品販売
1-2 狩猟採集から行商へ
2 行商におけるミメーシス
2-1 資金の調達
2-2 販売品、材料の購入
2-3 巡礼地での行商
2-4 観光地での行商
2-5 海外での行商
3 まとめ
第2部 夢見による社会構築
第3章 他者が神となる空間
1 他者をめぐる言説
1-1 創造神ダダジ
1-2 リネージ神
1-3 グル
1-4 霊
2 他者になる空間としての儀礼
2-1 社会の再生産とリネージ神儀礼
2-2 儀礼の不発
2-3 絶対的な他者化としての死
2-4 不吉な他者
3 まとめ
第4章 夢の想起と社会構築
1 夢見に関する言説と実態
1-1 ヴァギリ社会における夢
1-2 夢見の実態
1-3 夢に現れる神の姿
2 生業と夢
3 儀礼と夢
4 語りきれない夢
5 まとめ
第3部 夢見による社会変容
第5章 地域の神々との節合
1 南インドの神々とヴァギリ
1-1 コロニーに祀られている神々
1-2 村落の神々との対比
1-3 脱領域的な神の取り込み
2 神々をたどる――巡礼へいざなう夢
2-1 マーリアンマン寺院への巡礼
2-2 巡礼で活性化される差異
2-3 神々が競合する夢
3 呪術への接近
3-1 カルプサーミ信仰の広がり
3-2 カルプサーミ神と儀礼
3-3 呪力を求めて
4 まとめ
第6章 キリスト教宣教と改宗
1 南インドのキリスト教受容とヴァギリ宣教
2 ペンテコステ派キリスト教の進出
2-1 インドにおけるペンテコステ派キリスト教の展開
2-2 ペンテコステ派教会によるヴァギリ宣教
a ジプシー・ワークス・フェローシップの宣教活動
b グッド・シェパード・チャーチの宣教活動
c 他の宣教会の参入
2-3 ゆきづまるヴァギリ宣教
3 信仰を告白するコミュニティ
3-1 ペンテコステ派の普及と改宗にともなう問題
3-2 教会礼拝と信仰告白
3-3 信仰告白を支える環境
4 改宗をみちびく夢の語り
4-1 信仰告白の内容
4-2 象徴の連鎖と語られる「私」
4-3 象徴の文脈と「私」の変容
5 まとめ
結論
追記・謝辞
付録
(1)人称・親族名称
(2)ヴァギリとマドゥホが分かれた神話
(3)リネージ構成
(4)ヴァギリの供儀の起源神話
(5)神々の系譜・性質
(6)儀礼の次第
1.オダノ、2.ハワリ・プージャー、3.ベホ/ボクド・プージャー、4.カルマーディ
(7)ノコッド神儀礼の司祭職をめぐる会話
(8)改宗したヴァギリの信仰告白の変遷
参考・引用文献
関連用語
索引
前書きなど
序論 模倣からミメーシスへ(一部抜粋)
(…前略…)
5 本書の構成
本書は3部で構成されている。第1部では、ヴァギリが移動先で出会うさまざまな他者の姿を明らかにして、他者を取り込むことで社会を再創造している商業移動民としてのヴァギリの政治・経済戦術を明らかにする。ここではヴァギリをホスト社会から隔絶された集団として、あるいはホスト社会の価値観を模倣する、実体をもった集団として論じるのではなく、移動先の他者との関係によって自分たちの生活空間をたえず作り変えていくコミュニティとして論じる。
第1章では、まずホスト社会がヴァギリに対して抱くイメージと、それにもとづいて行う諸政策を概観する。次に、ヴァギリが行う名づけと名乗り、ヴァギリが参照する社会組織とリネージ、ホスト社会の成員との通婚や被差別リネージの存在にみられるカースト序列の受容の問題について論じる。ここでは、モファットの述べたカースト序列の模倣による同意・従属という見解が批判される。第2章では、他者から受ける自己表象を利潤獲得の契機につなげていく、ヴァギリの操作的とみえる他者との交渉の背景について具体例を挙げて論じる。ここでは、移動先で他者とかわすモノや情報のやり取りを通して、ヴァギリというコミュニティが個人や家族を基点に、ゆるやかに形成されていることが明らかになる。
第2部では、第1部で論じた他者の姿を、集合的に取り込んでいく装置としてのリネージ神祭祀に焦点を当て、その変容と一連の宗教実践を根底で支えてきた夢について論じる。第3章では、彼らの社会秩序を支えるリネージ神やグル(先祖)をめぐる言説と儀礼について論じる。そこには他者との関係をミメーシスし、リネージ神を中心とした父系秩序に組み込んでいくメカニズムをみることができる。第4章では、ヴァギリ社会で共有されている「神の夢を見たら儀礼をする」というイディオムと夢に関する言説に着目し、夢に現れる神の形象、実際の夢見の事例について論じる。ここでは、「神の夢」を語ることで生成するヴァギリという主体の特質を明らかにする。
第3部では、第2部で論じたヴァギリ社会の持続を支える装置と実践としての夢見によって、いかにヴァギリがインドの現代的な状況に対応しているのか、という点が論じられる。第5章では、1990年代以降、ヴァギリのあいだで隆盛している地域のヒンドゥー神への巡礼や、呪術をつかさどる神への信仰について取り上げる。このような宗教実践の変化は、彼らの夢に現れる神々の形象の変化としても表れている。ここでは、変動する社会環境にあっても、ヴァギリが夢見とその語りという生活実践によって新しい神の名前や形象、それに対応する宗教実践を、既存のリネージ神祭祀と節合する形で受容していることを指摘する。第6章では、1960年代以降インドで隆盛している、ペンテコステ派キリスト教のヴァギリ宣教と彼らの改宗の実態を取り上げた。ヴァギリのキリスト教改宗においても、信仰告白として語られた夢にはホスト社会に由来する象徴がミメーシスされていた。夢を伝達する過程で立ち上がる主体は、決して安定したものとはいえない。しかしそこで目指されていたのは、夢を語り、共有することによる新しい共同体のかたちであった。
上記内容は本書刊行時のものです。