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此君亭好日
The scent of Zen behind a quiet life of Bamboo artists
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2024年1月10日
- 書店発売日
- 2024年5月1日
- 登録日
- 2024年4月15日
- 最終更新日
- 2024年8月8日
書評掲載情報
2024-05-03 |
大分合同新聞
評者: 小田原 大周 |
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紹介
人間国宝・生野祥雲斎を父に持つ、大分県の竹藝家・生野徳三、寿子夫妻の美しい暮らしを写した『此君亭好日|しくんていこうじつ』。
此君亭は、日本ではじめて竹工藝分野で人間国宝に認定された「生野祥雲斎|しょうのしょううんさい」の自宅兼工房として建てられました。
庭、家、花。
暮らしのかたわらにある美を感じる空間は、柳宗悦やバーナード・リーチ等、名立たる芸術家たちを迎える桃源郷となりました。
土地に根差して生きること。
暮らしを美しく彩ること。
竹を通して文化を形成するという仕事のこと。
弟子を育てること。
子供を産み、そして老いること。
5年にわたり撮り下ろした四季折々の珠玉の写真と、12カ月の禅語で語る、日本文化と物創りの姿勢を綴ったコラムからは、人間の根源である、暮らしの普遍的な美に気付かされます。
先代・生野祥雲斎が土地を切り開き、当代・徳三氏と寿子夫人が築き上げた「此君亭」。描かれているのは揺れる水面に時の移ろいが映え、床の間に四季の風が吹く此君亭の歳時記ですが、この本が持つ日々の営みへの慈愛のまなざしは、万人の胸を打つ人生賛歌となっています。
「暮らしの喜怒哀楽が芸術であってほしい」という著者の一文は、物創りを志す人への応援歌でもあります。
読み手の人生経験の重なりにより、その時々で受ける印象や心の琴線に触れる箇所は変化し、時々で新しい発見があることでしょう。
本著が古い友人のように、この本をかたわらに置いてくださる方の佳き宿り木となってくれることを願います。
全編英訳を添え、日本建築や庭、禅、竹工藝に興味のある海外の方にも楽しんでいただけます。
「庭屋一如」、日本の美が詰まった272頁です。
目次
序 竹藝家二代が築いた美の集大成
景 一月 日出乾坤輝
二月 春在一枝中
三月 清風動脩竹
四月 千里春如錦
五月 幽鳥弄真如
六月 水上青々翠
七月 夏雲多奇峰
八月 万里無片雲
九月 西風一陣来
十月 明月上狐峰
十一月 経霜楓紅葉
十二月 三冬枯木花
文 あらための幕張
いやしけ吉事
本歌と写し
幽玄へのしかけ
屋外と屋内
山水的
建具からはじまる普請
招霊
花摘みと掃除
湧水と稲穂
傍らに置く
竹をなりわう
記 臼杵 見星禅寺と生野家
開炉 時を遊ぶ
結 暮らしの中に
前書きなど
大分県に在る竹芸家、生野徳三・寿子夫妻の私邸「 此君亭 / しくんてい 」の日々の断片をまとめた書籍です。
約80年前。山村で生まれ育ち海に憧れた青年は、穏やかな瀬戸内海が見渡せる棚田の跡に小さな東屋を建てました。その後、青年は竹工芸の人間国宝となり、東屋は「此君亭」と名を変え、大分豊後を訪れる人々を迎える桃源郷となりました。
一枚の木の葉の色がほんのり赤く照りだせば、それを歓び、祝い、歌ってきたのが日本の人々です。わずかな機微をとらえる繊細な感性がこの国の文化の基本です。そんな日本人の精神が、此君亭でのなにげない日常の暮らしには見え隠れしています。
汗をかいて仕事をこなし、茶を点てる。庭を掃き、花を摘み、水を打つ。
『此君亭好日』は、芸術家二代が築いた美の集大成です。
( 文・写真 渡邊 航 )
版元から一言
別府湾と由緒ある柞原神宮に挟まれた丘陵地、大分県の白木というところに、とある竹芸家夫妻の私邸が佇んでいます。
此君亭(しくんてい)。
竹工藝ではじめて人間国宝に選定された故・生野祥雲斎が約百年前に建てた工房兼自宅です。
いまはご当代の竹芸家・生野徳三氏、寿子夫人に受け継がれ、柳宗悦や黒田辰秋など、この地を訪れた文化人をもてなす迎賓館としての一面も持っています。
此君亭に一歩踏み入れば、そこに広がる景色はまさに「 心澄む 」別世界。
古く日本人が養ってきた風雅を解する心、「 枯野のすすき、有明の月 」の有様で、冷え寂びたる風情を感じます。
床に掛かる月を詠じた漢詩。客人のために心尽くして花養いをされたであろう、名残りの白萩。どこか文人趣味の漂う数奇屋に整えられた室礼。
私邸である為、招かれる以外に訪ねる人もない別府湾の奥まった場所に、これ程の場所があろうとは―。
大分県は、九州の玄関口博多津よりシルクロードを通じた大陸の文化が打ち寄せたところです。英彦山に見るような修験道の急峻を越えて流れ着いたのは、温暖な瀬戸内気候を持つ別府湾の港でした。反することなく緩やかに、異国文化は穏やかな風土と混じり合い、波涛によって円やかに磨かれた豊後の地。
ここは、旅人を一時心休ませてくれる場所です。
大正期に実業家・衛藤一六が由布院に鉄道を通し、豊後富士と呼ばれる由布岳を臨む寒村は、全国有数の温泉地へと変貌を遂げました。
此君亭初代の生野祥雲斎は、戦争の動乱を乗り越え、湯の花に惹かれて逗留する文化人と交流を持ちました。棚田の他に遊興の場もない土地で育った祥雲斎は、医師や科学者など異分野で活躍する人々が集う会合に顔を出し、芸術論を語り合ったといいます。
若い頃の野心溢れる竹籠の造形から次第に洗練され、昭和十五年に文展初入選を果たした「 八稜櫛目網盛籃 」では、直線的に通した櫛目網の側面がモダンな印象を残します。次第に「 用の美 」を離れ、後に「 彫刻 」と呼ばれる大型作品を次々と生み出し、アートの領域へと進化した作風は、昭和三十一年「 竹華器 怒濤 」にて、日展で遂に特選・北斗賞を受賞します。
皇室献上、メトロポリタン美術館収蔵と、世界的な評価を高め、温泉街の行李だった竹芸を芸術へと昇華させたのでした。
二代・徳三氏は祥雲斎が築いた技術を一層瀟洒に磨き上げ、素数を基盤とした建築的な作品を創作されています。その様は、まるで白木に寄せては返す波のよう。時と波に洗われた真竹は、白く削ぎ落とされて静謐な存在感を湛えます。
透徹された美意識は、暮らしの隅々に宿ります。
武蔵野芸術大学で生涯の伴侶・寿子夫人と出逢われた徳三氏は、優れた芸術家同士がお互いへの尊敬を元にインスピレーションを与え合うように、普請・庭・花・食に至るまで美の源泉を共有し、日々の営みに表出されてきました。
8年前に長く勤めた美術出版社を退社後、フリーライターとして独立された本著の編者・渡邊航さんは、此君亭を訪ねた時、その美に打たれ、「 この風景を留めたい 」と撮影を重ねて来られました。
寿子夫人お手製の、庭の梅を漬けて作られた琥珀色のゼリーを啄みながら、時に徳三氏から普請の楽しみを習い、出入りの造園家さんから石垣の積み方を学び、大工さんから銘木の口伝を受け、体感しながら此君亭を内側から眺め切り取った刻の数々。
この本に収められるのは此君亭の歳時記ですが、十二の月に留まらない此君亭の百年史が流れています。訪ねる人も道もなかった土地に庵を結び、一路を通したその歳月には、花の盛りも月の隈もあったに違いありません。人生の愁いも哀しみをも浮き流し、洗い清めたその先に、辿り着いた夫妻の慎ましい暮らしに宿る笑顔の、なんと透明なことでしょう。
さまざまに 花咲きたりと 見し野邊の 同じ色にも 霜がれにけり(『 山家集 』 西行)
-春には彩り豊かに咲き誇っていた野辺の姿も、今は霜に覆われ一面の銀世界。
華やかなりし頃の余韻は既に衰え、あるのはただ色をなくし寂寥とした枯野のみ。過ぎ去った時間ばかりが花の散るように零れていく。
西行は歌の心を、「 数奇の深きなり。心のすきて詠むもの 」と談じます。
ここに、人生の清らかな真髄が隠されているように思います。
いずれ常世の国へ旅立つなら、此岸の充足は不要か、負う傷は無用でしょうか。
決してそうではありません。
「 心澄む 」境地に游ぶ夫妻の姿を写した、人生賛歌とも呼べる本著は、私たちの心深くに、一片の花を咲かせてくれることでしょう。
関連リンク
上記内容は本書刊行時のものです。