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ベースボールと野球を繋いだ男
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2025年9月20日
- 登録日
- 2025年9月6日
- 最終更新日
- 2025年12月11日
書評掲載情報
| 2025-12-27 |
日本経済新聞
朝刊 評者: 藤島大(スポーツライター) |
| 2025-12-14 |
熊本日日新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-12-13 |
神戸新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-12-07 |
京都新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-30 |
静岡新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-30 |
河北新報
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-24 |
日本海新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-23 |
福井新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-23 |
佐賀新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-22 |
高知新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-18 |
千葉日報
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-16 |
大分合同新聞
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-15 |
山陰中央新報
評者: 菅谷齊 |
| 2025-11-15 |
沖縄タイムス
評者: 菅谷齊 |
| 2025-10-19 | 産經新聞 |
| 2025-10-18 | 産經新聞 朝刊 |
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紹介
昭和時代に卓越した英語力で大リーグ要人と友好関係を築き日本プロ野球の発展に尽くした一人の歯科医師の物語。錚々たるレジェンド達が登場する一大野球史!今里の寄贈品を保管する米野球殿堂博物館に現地取材敢行!
終戦まもない頃、兵庫県の小さな田舎町・西脇で、夜ごと進駐軍向けの短波ラジオの大リーグ中継に耳を澄まし、固唾を呑んで試合のスコアを記していたひとりの歯科医師がいました。
ゲームの詳細について各球団にエアメールでの問い合わせを繰り返すうちに、その名は大リーグ関係者の間に広まって行きました。彼らから“世界一のベースボール・ファン” “ドクター・イマザト”と愛され、戦後の日米野球界に橋を架けた男、今里純。
昭和の時代、今を時めく大谷翔平はもちろん、まだ野茂英雄もイチローも松井秀喜もMLBで活躍していなかった頃に、いち大リーグファンの枠を超えて、日米野球界を結び付ける重要な役割を一手に担っていたのが今里純その人です。
★米大リーグコミッショナー、フォード・フリックと文通
★日米野球で来日したチームの通訳を務める
★来日したセントルイス・カージナルスの試合に際し米ラジオ局からのインタビューを受けウィットに富んだ英語力を披露、特別番組で紹介される
★デトロイト・タイガースと阪神タイガースの提携に尽力
★『テッド・ウィリアムスの打撃論』を独自に翻訳し野村克也、山内一弘ら大物選手に参考資料として無償で送る
★西脇市の今里家には吉田義男や村山実、また西脇出身の鈴木啓示らが頻繁に訪れ、最新の大リーグ事情を今里から聞き出し野球論を闘わせていた
★米大リーグの野球協約や球団経営を詳細に研究、プロ野球コミッショナーの相談役でもあった
詳細は本の中でたっぷりとご紹介していますが、これらは今里純と米大リーグ、日本プロ野球界との関係の深さを示すエピソードのごく一部でしかありません。
今年7月27日、イチロー氏の米野球殿堂入り式典が現地・クーパーズタウンで行われました。日本人プレーヤーとして、アジア人プレーヤーとしての同殿堂入りは史上初となる、正に偉大な快挙です。
プレーヤーではありませんが、映えあるクーパーズタウンの野球殿堂博物館館内にその功績が讃えられ資料が飾られた日本人がいます。今里純は、丹念に彼が記したスコアブックが“Jun Imazato Collection”として同博物館に大切に保管され、かつて展示もされていた時期がある程の人物なのです。
戦後のMLBとNPBを繋いだ今里純の、この歴史的な価値を備える物語をより深く掘り下げ、広く野球ファンに伝えるべく、取材の渡航費と印刷代の一部のご支援をお願いし、今年1~2月にはクラウドファンディングを実施、4月16日と17日の2日間、米野球殿堂博物館に現地取材を敢行しました。貴重な取材の成果も本書に盛り込んであります!
目次
ベースボールと野球を繋いだ男
Dr.Imazato / 今里純 知られざる戦後・日米野球交流の物語
目次
まえがき
プロローグ
日米野球史に隠された男/惣太郎、アイク、バンチョ、そして…
1stイニング 夜ごと進駐軍放送の大リーグ中継に熱中した歯科医
日本のイマザト、聴こえるかい?/スポーツ記者・鈴木三郎/今里家を訪ねる/アメリカ性野球熱
2ndイニング 終戦直後の青春 英語と野球とアメリカ文化
大リーグ実況を介した日米親善/戦後日本プロ野球の胎動/大リーグ関係者との親密な文通/歯科学生時代の「今里伝説」/サウスポーの語源を説く
3rdイニング 大リーグで最も有名な日本人
ジュン・イマザトに会いたい/今里の肉声、米国で流れる/“ドン・ブレイザー”ブラッシンゲーム/転機となったカージナルス来日/大リーグ有力者と繋がる/どこよりも早く西脇に届いた大リーグ情報/米国人歯学教授の今里家訪問記
4thイニング 日本プロ野球コミッショナーを支え続けた男
プロ野球コミッショナーの知恵袋/「本場ファンが見た日本シリーズ」/監督とGMの関係/トレードと独禁法/ピラミッドと底辺の大切さ/日米の記者、その差異/データ活用の勧め/チケットとスカウティング/「米国野球選手の風潮」/スタンカ問題
5thイニング 阪神初の海外キャンプ、D.タイガースとの提携に尽力
サンフランシスコ・ジャイアンツの来日/デトロイト・タイガースの来日/日米タイガース交流秘話/村山実、日本人初の大リーガー誕生?/阪神タイガース、初の海外キャンプへ/コーファックスに宛てた手紙/「共同宣言」と今里/90年代の極秘文書
6thイニング 『米国野球協約』を翻訳した大リーグ研究家
克明な「大リーグ」年間記録ノート/ツー・プラトン・システムの功罪/「米国野球の経済白書」/球界への貢献と無理解/『米国野球小史』/『米国野球協約(Major League Rules)』/『野球学』の出版
7thイニング 今里純に繋がる錚々たるプロ野球人たち
三好一彦(元阪神球団社長)/牛若丸・吉田義男(元阪神遊撃手・監督)/熱血漢・村山実(元阪神投手・監督)/打撃の職人・山内一弘/世界が認めたホームラン王・王貞治/プロ野球勤続44年・丸山完二/「最後の300勝投手」草魂・鈴木啓示/谷村友一審判員/福井宏審判員/野村克也を覚醒させた「野球が大好きなお医者さん」
7thイニングストレッチ ドジャータウンへ連れていって
大人たちのドリームキャンプ/『THE BOYS OF SUMMER 』/キャンプのスケジュール/わたしのドジャース・キャンプ体験/ハリウッド映画出演まであと一歩
8thイニング 『今里純野球展』の開催 西脇と今里
地元西脇で開催『今里純野球展』/『今里純野球展』の反響/『今里純野球展』を振り返る/日本有数のコレクション/メディア各社の報道/開催までの道のり/大学と地域の連携/市民活動と行政の新しい関係/コミュニケーションのひろがり/今里家と実行委員会との関係/事務局として感じた今後の課題/今里コレクションのこれから/地元歯科医師会による報告文/「地域の人育て」英語教育と国際交流/映画『愛と死をみつめて』と「歴史のif」
9thイニング 人間・今里純
今里メモ(1974~1995)/阪神球団、吉田監督との絆/潔い人物だった/日米野球新時代を前に
Extraイニング クーパーズタウンへ
「米野球殿堂博物館」所蔵の今里コレクション/クラウドファンディングで支援を募る/現地取材を前にしておくべきこと/LA、リトル・トーキョーへ/憧れの街、ポートランド/いざ、クーパーズタウンへ/ジュン・イマザト・コレクションとの対面/ベースボール文化の真髄/クーパーズタウンとの別れ
エピローグ
ポートランドの小学生に今里純を伝える/WBC会長からのメッセージ
父が贈るであろう言葉 今里聡
あとがき
年表
主な参考文献・資料
前書きなど
まえがき
今から書き進めようとしているのは、戦後日本の野球界と米大リーグを結び付けた人物の物語です。
日本プロ野球コミッショナー事務局の顧問待遇、阪神タイガース顧問として活躍した彼は、大リーグ関係者から「世界一の米国野球ファン」と称されました。大リーグ全球団の年間フリーパスを持つ、唯一の日本人でもありました。その人物の名は今里純(2003年没)。兵庫県西脇市在住の歯科医でした。
今里純が遺した約3000点の資料は、いずれも日米両球界の歴史を証言する貴重な品々です。個人の所有としては「日本一」と評価されています。各界著名人が自らの半生を綴る日本経済新聞のコラム「私の履歴書」において、吉田義男氏( 元阪神監督)が今里純について語っていたことでその存在を知ったわたしが、初めて彼の資料に触れたのは2008( 平成20)年の夏でした。以後、地元有志の協力を得て、2 012年には地元西脇市で『今里純野球展』を開催するなど、顕彰と資料保存活動を継続してきました。足掛け16 年に及ぶ活動です。
長期にわたって顕彰への情熱を維持できたのには、わたしの経歴が大きく作用しているようです。1 949( 昭和24)年生まれのわたしは、兵庫県立社高校の体育科一期生としてスポーツに親しみ、順天堂大学体育学部(習志野校舎)で学びました。卒業後は兵庫県三木市、西脇市で体育科教諭として野球部や陸上競技部を指導する傍ら、地域の軟式野球クラブで30年間プレーをしました。いわゆる草野球選手です。それだけなら今里純への理解度はそれほど深くなかったと思われます。
草野球熱が昂じてアメリカへ行き始めたのは1990(平成2)年でした。最初は大リーグの試合を観戦するだけでしたが、いつしかアメリカで実際に野球をすることが目標になったのです。1999年にサンディエゴの地域リーグでプレーしたのを皮切りに、フロリダ州ベロビーチのドジャータウンではファン対象のキャンプに参加。さらにはロサンゼルス、アリゾナへとわたしの行動範囲は広がり、彼の地のベースボール文化に触発されていきました。
感動的な「野球の旅」でした。それだけに、戦後卓越した英語力でコミッショナーや各球団代表ら大リーグの中枢部と友好関係を築き、”彼らの日本人観を一変させた“今里純のすばらしさを、肌で感じることができたといえます。
この「評伝」を書き進むうちに、わたしはある思いに至ったのでした。「今里純」という人間の人生や業績を辿る旅は、同時にスポーツ(とりわけ野球)によって導かれた自分の半生を振り返る営みだったということに。
では、読者のみなさんとともに、大リーグ関係者に親しまれ愛された「ドクター・ジュン・イマザト」の世界へと分け入って行くことにしましょう。人生を賭けて戦後の日米の野球界を繋いだ彼の、知られざる足跡を辿る旅の楽しさと感動を共有できればすばらしいと思っています。
関連リンク
「戦後の日米野球界を結びつけた伝説の人物・今里純の評伝を米国現地取材を経て出版したい。」
クラウドファンディングサイト
http://https://motion-gallery.net/projects/imazatobook
上記内容は本書刊行時のものです。

