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まちのコモンズ、風通しのよい暮らし 食から始まるゆるやかなコミュニティ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2026年1月29日
- 登録日
- 2025年10月20日
- 最終更新日
- 2026年2月10日
書評掲載情報
| 2026-03-03 | 東京人 2026年4月号/通巻503号 |
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紹介
還暦目前、「皆で使い合うキッチンのある家」に自宅を増改築。
東京・杉並、小さなコモンズ(共有地)の10年。
人はいま新しい故郷を探している。
心がつながったり、
ほぐれたりする故郷を。
――三浦展さん(社会デザイン研究者)推薦
東京・杉並の住宅街にある「okatteにしおぎ」は、「食」をテーマとした会員制のパブリック・コモンキッチン&スペースとシェアハウス。そのオーナーである著者は、夫の急死や東日本大震災を経て「家を開いて使い合う」ことに興味が湧き、三世帯で暮らした自宅を還暦目前に増改築して「大家さん」に転身した。
多様なメンバーと共に運営することでの「面倒くささ」はありつつも、それを超える楽しさが生み出されているこの場の不思議なおもしろさを「コモンズ」という概念で読み解く著者は、まちから暮らしと生業が失われ「自立が孤立に転化している時代」の処方箋としても有効だと考える。
自身の「家と家族の記憶」や終活とも重ね合わせつつ、コモンズから始まる風通しのよい世界へと「旅」してきた著者の思索と実践の記録。
【本文より】
大家としては、10年経っても、20年経っても、キッチンのスポンジやふきんの使い方について、みんながああだこうだと話し合い、常にルールは暫定で、食べたい人が勝手にごはんをつくって食べ、自分のしたいことを自由にやってみて、失敗してもああおもしろかったねと笑い、ふっと自分の悩みを打ち明けて、ほっとできる場所であってほしい。普通、実家といえば地方のイメージだが、okatteは東京在住でも地方に移住しても、メンバーがみんなで共有する「実家」のような「コモンズ」として続いていくことを願っている。
(第1章「okatteにしおぎ共創記――「まちのコモンズ」の10年)
目次
まえがき
第1章 okatteにしおぎ共創記――「まちのコモンズ」の10年
私の家の話――都会の三世帯住宅をどうする?
二つの出会いで「まちに開かれたシェアハウス」計画が始動
コンセプトは「つくって食べるみんなの〝お勝手〟」
ワークショップで育まれたオーナーシップ
1年目に果たした二つの「ブレイク」
管理ではなく「待つ・ずらす・おもしろがる」運営
お互いの違いを楽しめるようになるまで
okatteが「みんなで共有する東京の実家」になる日
第2章 okatteゼロ――「家と家族」の記憶をたどる
原体験としての祖母の家
風通しのよい家は「他者を拒まない」
「閉じた狭い家」のような日本社会の中で
第3章 okatte大家のコモンズ論――実践と研究の往復から
コモンズって何?
コモンズという最適解――大切な宝を維持するために
okatteを「オストロムの8原則」で検証する
okatte10周年、大家の大迷走とコモンズ新原則の発見
いまなぜ「まちのコモンズ」なのか①
いまなぜ「まちのコモンズ」なのか②
第4章 コモンズの終活――進化と継承を目指して
引用文献
参考文献
[ブックガイド]コモンズをより深く知るための8冊
あとがき
前書きなど
東京都杉並区宮前、JR中央線の西荻窪駅から徒歩15分ほどの住宅街の中に、「okatteにしおぎ」という「食」をテーマとした会員制パブリック・コモンキッチン/スペース&シェアハウスがある。私はokatte にしおぎのオーナー、つまり大家さんだ。
ここはokatteメンバーと呼ばれる会員が使い合う家だ。okatteメンバーは「勝手に」家の鍵を開けて出入りし、広い土間のキッチンでごはんをつくって食べ、板の間や畳のスペースを自由に使うことができる。メンバーの中には住人もいる。メンバーはコーディネーターのサポートを受けながら自分たちで運営管理も行う。okatte は2025年の春10周年を迎え、東京の片隅にある小さなコモンズ(共有地)としてメンバーやオーナーと共に育っている。
私は20代から40年ほど、マーケティングリサーチと戦略立案を行う小さな会社の経営に携わっていた。広告代理店や市場調査会社からの依頼を受け、世の中の動向をリサーチしたり、消費者にアンケート調査やインタビュー調査をし、その結果を分析して、商品開発やコミュニケーション戦略を立案したりする仕事だ。
20代で夫と始めた会社だが、夫が51歳で急死してからは、当時高校生と小学生だった娘を育てつつ(祖父母と両親との三世帯住宅だったことはありがたかった)、経営者として女性ばかり5人ほどの会社を切り盛りしてきた。経営者として優秀だったかはわからないが、クライアントから頼りになるパートナーとして評価していただき、夫が残した借入も返済することができ、一緒に仕事をしてくれた若い世代が育って無事に会社を受け渡すこともできた。現在も彼女たちが元気に会社を続けていることは本当に喜ばしい。
そんな私が還暦を目前にした59歳のときにokatte にしおぎを始めることになった。そ
のきっかけは単純に「この家、どうしよう」ということだった。祖父母が戦後すぐに住み始めた自宅は、子どもが小さかったときに三世帯住宅に建て替えたのだが、当時8人で住んでいた家もだんだんと家族の人数が減る中で明らかに広すぎる家となり、相続の不安も大きくなっていた。売却するとか、アパートを建てるという選択肢もあるが、自分としてはそれではつまらない。祖母との暮らしや家族の歴史の記憶のある家をそう簡単になくしてしまうことは忍びない。そんなふうに思っていた。
当時は東日本大震災の影響もあって、世の中ではシェアすることや、人と人のつながり、地域のコミュニティを見直す機運が高まっていた。そうした時代の雰囲気の中で、私は自分の家を開くということを考え始めた。そして、さまざまな出会いが重なり、皆で使い合うキッチンのある家をつくることができた。それがokatteにしおぎだ。
okatteにしおぎの大家になってびっくりしたのは、こういう場所を求めている人がこんなにもたくさんいたのか、ということだった。小さい子どもがいて、子どもと二人きりの生活に息苦しさを感じている人、一人暮らしで地域に知り合いがなく、何かあったときに不安だと感じている人、料理やお菓子づくりを生業にするための第一歩を踏み出したいと思っている人。ただただたくさんの人に料理を振る舞うのが好きな人、そんな人たちがokatte のキッチンに魅力を感じて、okatte のメンバーになってくれた。
さらに驚いたのは、メンバーになった人たちが、自発的にokatteでできる楽しいこと
を思いつき、この指とまれという人、参加する人が協力し合って実現していくことだった。
その過程には多様な人たちがいることでの葛藤もありながら、多様な人たちがいるからこそ、思いがけない抜け道やアイディアが生まれ、面倒だけれど、なんだかおもしろくて楽しい何かを生み出していく。しかもその過程には損得の計算より楽しさを軸とする利他的な行動さえある。okatte を卒業しても、その先でまたokatte 的なことを始めたり、自分の暮らしの中でokatte でやっていた何かを活かして楽しんでいたりする。市場的な価値を最優先するマーケティングの世界にどっぷりとつかった数十年を過ごしてきた私にとって、okatte で起こっていることは異世界にワープしたかのような不思議に満ちていた。
そんな不思議を解明したい、という動機に導かれて、私は2016年に立教大学大学院
の21世紀社会デザイン研究科(現社会デザイン研究科)に入学した。サードプレイス、
ソーシャルキャピタル、コミュニティ、まちづくりなど、さまざまな切り口はあったが、私は結局、入学直後に出会った「コモンズ」に魅せられてしまった。「コモンズ」というのは世界中に近代以前からある「共有地」だが、単なる土地ではなく、それを維持しようとする人のコミュニティでもあり、そこでの人と人の関係性でもある。現代にもコモンズはさまざまな形で存在し、今でも機能している。コモンズはそこに集まる人によってつくられ、日々の暮らしの中で変化していく。okatte で起こっている現象を読み解く上で、場所、そこに関わる人と人の関係、周りに広がる地域との関係、それらすべてを包含するコモンズというテーマは本当に魅力的だった。
私はokatteで起こっている現象を「コモンズの生成」として、論文にまとめた。okatteという場所に出会った人たちが、一緒にごはんをつくって食べるって楽しいかも、近所の人と知り合いになれるかもしれない、自分がやりたいと思っていることができるかもしれない、と、okatteのメンバーになり、そこでの葛藤を経て、利他みたいなものとか、他人との面倒だけれど楽しいあり方を発見して、okatte を自分の場所として乗りこなしていく姿は、okatte というコモンズがまさに生成していく過程だ。その過程はそのときそのときのメンバーの変化によって、まるで庭の植物の群落がそうであるように繁茂したり、少し元気がなくなったり、ちょっとした手入れでよみがえったりしながら続いていくし、その生態系は周りの環境とも呼応しているように見える。それを見守り、ちょっとしたお世話をする大家という仕事はとても楽しい。
大学院以降、私はコモンズオタクとなり、okatteのオーナーという役割について日々ああでもないこうでもないと試行錯誤し、コモンズについて、新しい本が出たり、誰かがコモンズについて言及したるするたびに、共感したり、ちょっともやっとしたりしながら過ごしている。大学の研究者になるには年をとりすぎているし、まあ、野良コモンズ実践研究人とでもいうのだろうか。
この本は、そんな自分がokatteとコモンズについて考えたこと、そしてその奥底にあ
る、自分自身の人生の課題について書いてみたものだ。
第1章では、家を開きたいと思ってからokatteにしおぎがオープンするまでと、オー
プンしてからの日々について、メンバーや運営サポーターであるまち暮らし不動産の齊
藤志野歩さんとの関わりを含めて記録した。大家としてゼロ歳の時点から、赤ん坊が成長していくように、大家としての経験を積んでいく中で記憶に残ったことを時系列で書いている。
第2章では、自分がなぜ、家を開こう、okatteをつくろうと思うに至ったのかについて、幼少期からの自分自身にダイブしてみた。いわばokatteのエピソードゼロ
のような章だ。そこでわかったのは、自分自身が幼いときに経験した祖母との暮らしが私の原点になっているということだった。それは、プライバシー優先の閉じた家とは異なる風通しのよい暮らしで、それを現代の都市で今にふさわしい形で継承するためには家を開く必要があったし、それによってokatteというコモンズにたどり着いたのだ、という発見だった。
第3章では、大学院での研究も踏まえ、コモンズとokatteについて考察した。コモン
ズの歴史や現代のコモンズ論から、okatteの大家である中で考えた「コモンズって何?」という問いへの答え、まち(昔の村落ではなく、現代の都市)のコモンズとしてのokatteのあり方、そして「いまなぜまちのコモンズなのか?」ということについて、okatte10周年での大家の大迷走も含めて考えてみた。大事なものが「失われゆく」今のまちだからこそ、コモンズという考え方の処方箋はとても有効なのではないかと、私は思う。
第4章は終章として、okatteの進化と継承へ向けての思いを綴った。
古稀を目前に、コモンズと共にあゆみ、コモンズから始まる風通しのよい暮らしに思いをはせる。そんな本ができあがったと思う。ご一緒にコモンズから始まる風通しのよい世界を旅していただけたらうれしい。
版元から一言
著者は夫と共に立ち上げたマーケティング会社を約40年にわたって率いた元経営者です。
さまざまな「大人の部活」が立ち上がり、楽しさを軸とする利他的な行動で支え合いながら「ひとりではできないこと」をみんなで実現していくokatteにしおぎの不思議なおもしろさは、マーケッターとしての常識を根本から覆すものでした。
そのメカニズムを解明したいという思いで進学した大学院で得た知見も生かしつつ、okatteにしおぎの生成史と現在地が「コモンズ」という視点を軸に綴られています。
同時に、母との関係に悩んだ過去や、夫の急死、子どもの不登校、親子関係の再構築などについても率直に語り、一人の女性の半生記としても読みごたえがあります。
まちづくりや場づくり、コミュニティづくりに関わる方はもちろん、不動産活用の新たな選択肢に関心のある方、社会デザインやソーシャルビジネスに関心のある方など、多くの読者とめぐり合えることを願っております。
上記内容は本書刊行時のものです。





