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KIJIMA TAKASHI, NEW YORK, 1960
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2025年5月26日
- 書店発売日
- 2026年6月1日
- 登録日
- 2025年11月17日
- 最終更新日
- 2026年7月26日
書評掲載情報
| 2026-08-07 |
日刊ゲンダイ
評者: GRAPHICで紹介されました。 |
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紹介
《『esquire JAPAN』で4pの特集が組まれました》
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植田正治に師事し、土門拳に見出された写真家・杵島隆。
1960年ニューヨークで撮影された幻のシリーズ、66年の時を経てついに写真集化
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1960年、ひとりの日本人写真家がニューヨークの街に立った。
日本写真史を代表する二人の巨匠との接点を持ちながら、
そのどちらにも収まりきらない独自の道を歩んだ杵島。
広告写真の革新者として知られる39歳の彼は、
タイム・ライフ社による「1959年度最優秀企業広告賞」の受賞をきっかけに渡米。
約2か月の滞在のなかで、
イースターパレード、ハーレム、摩天楼の谷間、路上に生きる人びと、
そして青年や子どもたちの姿を撮影した。
アメリカに生まれ、日本で育ち、
特攻隊員として敗戦を経験した杵島にとって、
ニューヨークは単なる異国ではなかった。
そこは、自身の出自、戦後日本、広告写真、リアリズム、
そして未来へのまなざしが交差する特別な場所だったのだ。
この写真集でとりわけ印象的なのは、子どもたちに向けられた視線である。
無邪気さの奥に、社会の変化がにじむ。
小さな表情の向こうに、1960年という時代の輪郭が浮かび上がる。
黒人と白人、女性と男性、若者と大人。
自由と平等へ向かおうとする都市の気配が、
子どもたちの表情や身ぶりのなかに刻まれている。
「いまこうして『1960年のニューヨーク』が一冊の本になってみると、
時を経て、杵島が同地から送ったお土産の小包を受け取ったような気がする。
ニューヨークで感じた胸の高まりが記された手紙とともに。」
――森岡督行「編集を終えて」より
『esquire JAPAN』で4pの特集が組まれ、
この写真集をきっかけに杵島隆の評価が再び高まっています。
*初版限定。カバーをめくった表紙の文字は、一冊ずつ存在感のあるシルクスクリーンで手仕上げしています。
目次
・KIJIMA TAKASHI, NEW YORK, 1960
・編集を終えて 森岡督行
・年譜
版元から一言
わたくし、キッチンミノルの師匠である杵島隆は、戦前のアメリカに生まれ、日本で育ちました。
自身の国籍や民族意識に深く悩み、戦中には特攻隊に志願。多くの仲間を見送り、敗戦を迎えます。戦後は植田正治に師事し、土門拳に見出され、本格的に写真家としての道を歩みました。広告写真の第一人者として、また作家として、数多くの作品を世に残した写真家です。
今回の作品に出会ったのは、去年のことでした。
杵島先生の作品を見せてもらおうと、奥様である杵島節子さんのご自宅を訪ねた時です。
晩年の「蘭」に代表される、隙のない構図や完璧なライティングとは違い、この作品には、ゆるさを残しながらも、みずみずしい感性と、一瞬を切り取る迫力がありました。
そして、当時の空気が生のまま閉じ込められているように感じ、私はすこぶる興奮したのでした。
撮られたのは1960年。場所はニューヨーク。
まだベトナム戦争が泥沼化する前。公民権運動が高まり、ニクソンとケネディが熾烈な大統領選を繰り広げていた、アメリカが大きく揺れ動きながらも活気に満ちていた時代です。その真っ只中に、39歳の杵島隆はカメラをぶら下げて立っていました。
しかし、杵島先生がカメラを向けたのは、ただ華やかなニューヨークではありませんでした。
子どもたち、寂しげな街角、労働者、路上に生きる人びと。華やかさの外側にあるものへ、先生のまなざしは向けられていました。
そこには、青年期から終生消えることのなかった、先生自身の思いがにじみ出ているように感じます。
混沌とした時代を生きる私たちにとって、この写真は何を語りかけてくるのか。
この一冊に閉じ込められた1960年のニューヨークの空気と、杵島先生のまなざしを、ぜひページをめくりながら体感してみてください。
上記内容は本書刊行時のものです。





