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三人の女 チョ・ソニ(著) - アジュマブックス
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三人の女 (サンニンノオンナ) 巻次:下 二〇世紀の春  (ニジュッセイキノハル)
原書: 세 여자 2

文芸
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四六判
縦188mm 横128mm 厚さ24mm
358ページ
並製
価格 2,400円+税
ISBN
978-4-910276-12-0   COPY
ISBN 13
9784910276120   COPY
ISBN 10h
4-910276-12-2   COPY
ISBN 10
4910276122   COPY
出版者記号
910276   COPY
Cコード
C0097  
0:一般 0:単行本 97:外国文学小説
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2023年8月15日
書店発売日
登録日
2022年7月23日
最終更新日
2023年10月24日
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紹介

韓国で4万部のベストセラー。
1920年代から50年代にかけての朝鮮独立運動・共産主義運動を女たちの視点から、女性作家が描き出す骨太の長編歴史小説を格調高い翻訳でお送りします。
植民地下の朝鮮で青春をともにした三人の女たち、許貞淑(ホ・ジョンスク)、朱世竹(チュ・セジュク)、高明子(コ・ミョンジャ)と、彼女たちの周辺の、朴憲永(パク・ホニョン)や呂運亨(ヨ・ウニョン)、金日成(キム・イルソン)など歴史に名を残した男たちがいきいきと描かれます。
戦時下のソウル、粛清の嵐吹き荒れる平壌、そして愛する娘が暮らすモスクワ――朝鮮共産主義運動史と生涯をともにし、それぞれの終着駅にたどり着いた三人の女たちの物語。
優れた文学作品にして東アジア近現代史、そしてフェミニズムの新たな必読書です。
佐藤優(作家・元外務省主任分析官)解説。
許貞淑が八路軍の政治指導員として太行山へと行軍していた1939年、親友の朱世竹はカザフスタン・クズロルダの流刑地で命をつないでいた。いっぽう転向書を書かされ、京城で静かに暮らしていた高明子のもとにある日、親日雑誌『東洋之光』の社長が訪れ……。
近現代史とフェミニズムの新たな必読書、女性作家による韓国ベストセラー歴史小説完結編。

目次

主な登場人物
第11章 一幕の長い白昼夢 …1939年 京城
第12章 身体が土に埋められたら魂は夕焼けに埋められるのか …1942年 太行山
第13章 あなたのお父さんは朝鮮の革命家なのよ …1945年 ソウル、平壌、クズロルダ
第14章 狐の穴か、虎の穴か …1948年 平壌、ソウル
第15章 あの骸骨の中に一時トルストイやガンジーが入っていたというのか …1950年 ソウル、平壌、クズロルダ
第16章 僕が死んでも、その死が語るだろう …1952年 平壌、モスクワ
第17章 我々は結局、アメリカを発見できなかったコロンブスだった …1956年 平壌
エピローグ 1991年平壌
作者あとがき
解説
翻訳者あとがき 
下巻年表

前書きなど

作者あとがき
 私がこの小説を書き始めたのは二〇〇五年である。小説を書き出す糸口になったのは、許貞淑の発見だった。冷戦時代を過ごした我々世代にとって、独立運動は金九だけだったのと同じように、新女性といえば羅蕙錫しかいなかったので、許貞淑のことを初めて知ったときには驚いた。許貞淑に興味を持って調べてみると、また別の魅力的な新女性の群像が目に入ってくるようになり、その周辺で共産主義運動に命をかけた悲運の男たちも見えてきた。
 しかし、小説を計画どおりに書き進めることはできなかった。許貞淑、朱世竹、高明子に関する資料を探して読み、いよいよ執筆に入ろうとした二〇〇六年九月、たまたま三年任期の公職に就くことになったのだ。私は、歴史本や評伝といった類いの書籍は本棚にしまい込み、資料(ほとんどが国会図書館で複写した新聞、雑誌、単行本だった)とノートをラーメンの空き箱二個の中に入れて青いテープで封をした後、韓国映像資料院に出勤した。
 三年後、家に帰って来て箱を開け資料を取り出して見たが、あきれたことに、三年前に読んでいた二〇~三〇冊の本の内容はほとんど記憶に残っていなかった。容量の小さな私の頭脳に、不慣れな職場の新しい業務ファイルが大量にアップロードされて、既存のファイルを無差別に上書き保存してしまったようだ。ところが、三年という時差の被害を補ってあまりある利点が一方で生まれていた。その間にインターネット検索機能が驚くほど進化して、ちょっとした昔の本よりもウィキペディアが有益なツールになり、国会図書館で複写カードを買ってA4、A3用紙に限りなくコピーした新聞や雑誌を、家でNAVERニュースライブラリーを通して見ることができるようになっていた。その間に歴史小説を書く環境に、それこそ産業革命が起きていたのである。
 しかし、初稿を書いた後、修正を重ねて、やっと終わったと思ったときに、再び意図せぬ変数があらわれた。ソウル文化財団の仕事のために、『三人の女』は再び四年半もの間、後回しにされることになった。二〇一六年九月に財団を辞めた後、パソコンに保存されたファイルを開けてみて途方にくれた。四年前には、これ以上足すことも、抜くこともない、完璧だと思われていた小説原稿が、改めて見ると雑としか言いようのない代物だったのだ。原州土地文化館に二カ月間滞在したことが、公職生活から作家にモード転換する上で決定的な助けとなった。
 全宇宙に妨害されているような執筆過程だったが、決して悪いことばかりではなかったと思う。そんなふうに延び延びになる間に、三人の女の人生が私の頭と胸の中でリンゴのようにゆっくりと熟していった。その間に、私は四〇代から五〇代になり、今度は三人の女の末年を扱う際に、以前に比べてはるかに気持が楽になっているのを感じた。
 この小説で、主人公の三人の女を始め漢字名で登場する人は全員、実在する人物だ。登場人物に関する歴史記録に基づいて、隙間を想像力で埋めた。歴史記録に反する想像力は抑え、「小説」が「歴史」に反することがないよう注意した。
 小説は、三人の女と周辺の男たちの人生と共に、一九二〇年代から一九五〇年代にわたる朝鮮半島の共産主義運動の誕生から消滅までを扱っている。私は、一九五五年に主チュチェ体思想が登場し、一九五六年に延安派が粛清されたことで、朝鮮半島の共産主義は終焉したと考えている。
 三人の女は二〇代を共に過ごした後、ユーラシア大陸の異なる場所へと散らばって行ったが、常に朝鮮近代史の克明な現場のど真ん中にいた。たとえば、朱世竹がスターリン治下で韓人強制移住の惨憺たる現場に投げ出されたとき、許貞淑は延安で毛沢東から革命戦略を学んでおり、高明子は京城で親日雑誌の記者をしていた。解放空間で、許貞淑と高明子は三八度線の北と南におり、許貞淑は金日成の側近、高明子は呂運亨の側にいた。
 この小説は三人の女が主人公だが、歴史も、もう一つの主人公だ。一人の人生のように、歴史にもミスがあり、誤りがあり、偶然があり、幸運がある。目的と正反対の結果が生まれ、偶然のミスが運命を変えることもある。
 ヤルタ会談でルーズベルトがソ連を太平洋戦争に引き込んだのはミスだった。帝国主義日本の侵略が分断の根本的な原因だったとしたら、ヤルタ会談の失策が分断の直接的な動機になり、それを挽回しようとする無駄骨、繰り返されるシーシュポスの重労働が、我が民族の運命になった。しかし、アメリカとソ連は三八度線の臨時分割を終わらせる案も提示したが、それを受け入れなかったのは南北の政治家たちだった。私も、朝鮮半島が強国によって分断されたと学校で学んだ。そんなふうに被害者になりきっていれば自責も必要なく、少しは気も軽くなろうというものだが、私たち自身の愚かさは改善されないだろう。
 小説を書き始めた一二年前に比べ、韓国社会もずいぶん変わった。アルファ碁など第四次産業革命の時代になったが、依然として変わらないのは韓国社会が解放空間、朝鮮戦争の延長線上にあるという点だ。二〇一七年にも相変わらず分断の結果は悪夢となってよみがえり、朝鮮半島をめぐる周辺国の露骨な利権争いは帝国主義のデジャブだ。解放空間のトラウマは、政治的にたやすく激昂し理念で派閥をわける習性の中に生きている。
 韓国社会がそのような外傷後ストレス障害を卒業するためには、一度は左右を一緒くたに混ぜあわせなければならないのではないかと思う。だから盧武鉉元大統領や安熙正氏が大連立を唱えたとき、私はそれを非常に真摯に受け止めた。
 この小説を書き終わった今、解放空間の修羅場をつぶさに見て、朝鮮戦争を直接体験したような気持になっている。それゆえときおり、物騒な時局に対して元老たちが何か懸念する論評を出したりすると、私の考えと酷似していて、もしかして私は老化の過程を飛び級しているのではないかとあわてたりもする。
 三人の女が生まれたのは二〇世紀の入り口だったが、私は彼女たちと共に一〇〇年以上生きたような気分だ。この小説の三人の女が生きた時代は、歴史の最も暗鬱な谷間、比喩や風刺ではなく、文字どおり「ヘル(Hell)朝鮮」、朝鮮という名の地獄だった。しかし、三人の女の人生まで、ただの地獄だったわけではない︒女たちは凜々しく、運命に挑戦し、ドラマチックな人生を生き抜いた。私たちは今、年俸や昇進の問題で鬱々としたりするが、この女たちは、現実をものともせず、命にすら重きを置かず、自らの肉体で歴史に立ち向かった。新しい思想と理念がアドバルーンのように浮かんだ二〇世紀初頭に、彼女たちの人生は地獄の中でも時には春だった。
 小説を書く間、一時代を探索することは楽しかったが、悲痛な事実にずいぶんと泣いた。作家たちはよく、作品を書き終えたときに主人公をやっと手放すと言うが、私も今やっと三人の女を送り出す。三人の女は私の中で一二年もの歳月を生きていた。三人の方の人生を、この方たちの世代の人生を、そしてその時代の歴史を、慰めながら送り出したいと思う。
二〇一七年六月 チョ・ソニ

版元から一言

「優れた歴史小説」佐藤優さんが解説で書かれたとおり、本書は読者の東アジア近現代史の理解度と、その歴史と地続きとなっている現代日本社会の解像度をグレードアップさせながら、文学的感動を与えてくれる名著です。
資本主義社会を生きる私たちに今必要な「教養としての共産主義運動史」を、格調高い翻訳をとおして身に着けられる優れた文学作品です。
本書はまた、男たちの歴史に埋もれた驚異の女性たちを発掘した小説でもあります。ベテラン女性ジャーナリストでもある作家による鋭い論評を交え、血肉のかよった女性運動史を学ぶことのできるフェミニズムの新たな必読書です。

著者プロフィール

チョ・ソニ  (チョ ソニ)  (

1960年江原道江陵生まれ。江陵女子高校、高麗大学を卒業し1982年聯合通信社で記者生活を始める。ハンギョレ新聞創刊に参与し、文化部記者となり、雑誌『シネ21』編集長をつとめた。
韓国映像資料院長とソウル文化財団代表を歴任し、2019年秋から2020年春までベルリン自由大学に訪問研究者として在籍した。
エッセイ『ジャングルではときどきハイエナになる』、長編小説『熱情と不安』、短編集『日の光がまばゆい日々』、韓国古典映画に関する著書『クラシック中毒』、韓国社会全般を眺望する書籍『常識の再構成』を出版。
『三人の女』は2005年に執筆を始めたが、二度の公職生活によって中断され、12年をかけて完成された。
『三人の女』で許筠文学賞、樂山金廷漢文学賞、老斤里平和賞を受賞。

梁澄子  (ヤン チンジャ)  (

通訳・翻訳業。一般社団法人希望のたね基金代表理事。日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表。
著書に『「慰安婦」問題ってなんだろう? あなたと考えたい戦争で傷つけられた女性たちのこと』(2022年・平凡社)、共著書に『海を渡った朝鮮人海女』(1988年・新宿書房)、『朝鮮人女性がみた「慰安婦問題」』(1992年・三一書房)、『もっと知りたい「慰安婦」問題』(1995 年・明石書店)、『オレの心は負けてない』(2007年・樹花舎)等。訳書に尹美香著『20年間の水曜日』(2011年・東方出版)、イ・ギョンシン著『咲ききれなかった花 ハルモニたちの終わらない美術の時間』(2021年・アジュマブックス)。

佐藤優  (サトウ マサル)  (解説

1960年1月18日、東京都生まれ。1985年同志社大学大学院神学研究科修了 (神学修士)。1985年に外務省入省。英国、ロシアなどに勤務。2002年5月に鈴木宗男事件に連座し、2009年6月に執行猶予付き有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―』(新潮社)、『自壊する帝国』(新潮社)、『交渉術』(文藝春秋)などの作品がある。

上記内容は本書刊行時のものです。