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喪失と死者
――F. スコット・フィッツジェラルドの短編小説――
- 初版年月日
- 2025年3月31日
- 書店発売日
- 2025年3月31日
- 登録日
- 2025年3月12日
- 最終更新日
- 2025年3月21日
紹介
F. スコット・フィッツジェラルドの作品には、喪失や死者のテーマがなぜか頻繁に登場する。それも、知名度の高い短編作品にはほぼ例外なくそれらが描かれている。死者とは過去に失われた存在であるという意味で、この2つは陸続きのテーマなのだが、問題は彼の作品がなぜこのような傾向を有するのか、という点だろう。人間、誰もが最後は死んでしまうのだから、作品に死者が登場するのも当然だと考えるべきなのか。いや、そんな普遍化が罷り通らないほど、この作家は死者と喪失にオブセッション的に囚われてしまっている。このテーマがなぜこの作家の心を捉えて離さなかったのか。そのような疑問点が、本書を出版する直接的な契機となった。これまでも同様のテーマに着目した研究は存在しているが、本書のように短編作品に特化して考察しているものは、存在していないように見受けられる。
フィッツジェラルドの作品について、これまでの研究は、中長編を惑星に見立てて、短編作品を惑星の周辺を旋回する衛星に見立てる傾向があった。本書は、そんな短編作品にフォーカスした論文集なのだが、衛星という言葉からは、どうも短編作品に対する評価の低さが現れているように感じられる。惑星がなければ衛星の存在は闇に包まれたままになることから、なるほど、それだけフィッツジェラルドの中長編が放つ閃光が強烈であるということなのかもしれない。また、確かに一時期フィッツジェラルドは日々の生活費、娘の学費や妻の入院費を稼ぐために短編作品を怒涛の勢いで量産していた時期もあった。批評家はそれらの短編作品を玉石混交とみなしており、短編作品についてそのような評価が定着してしまうのも致し方がないことなのかもしれない。
しかし、である。衛星には衛星なりの存在意義があるのではないか。惑星の周りに浮かぶ衛星に生命の存在といった重大なヒントが隠されていることがあるように、フィッツジェラルドの短編作品をまずは精査することで、中長編の理解が進み、作家的主題の解明に一歩接近できるのではないか。惑星が帯びる強大な引力をかい潜り、急がば回れ、いきなりゴールを目指すよりも、外堀をまずは丁寧に埋めた方が、本丸に案外容易に接近できるのではないだろうか。そのような狙いを持って世に出た本書を通読して頂くことで、フィッツジェラルドの作家的主題に少しでも接近して頂けるのではないかというささやかな期待を抱いている。(「まえがき」より)
目次
1. 死してなお在りつづけるもの:“Babylon Revisited” と躊躇いの追悼
1.1 死者と抑圧
1.2 二重性
1.3 Charlieと作者
1.4 弔い
1.5 死者が引き起こす道義的責任
1.6 再訪する死者
2. 地中から作家を突き動かすもの:“The Curious Case of Benjamin Button”と父親殺し
2.1 埋葬された過去
2.2 父親
2.3 父親を巡る数奇な感情
3. ロストボールとドライバー:“Winter Dreams”とThe Great Gatsbyの連続性
3.1 “Winter Dreams”とThe Great Gatsby
3.2 The Great Gatsbyの“first draft”としての“Winter Dreams”
3.3 ゴルフクラブの「ドライバー」と「入れ替わり」
3.4 運転手(ドライバー)と「入れ替わり」
3.5 ロスト・ボール
3.6 物語の「入れ替わり」:繰り返される過去
4. 連続する喪失:フィッツジェラルド作品における終わりなき喪失
4.1 主題としての喪失
4.2 フィッツジェラルドと喪失
4.3 “Three Hours Between Planes”における喪失
4.4 他の作品における喪失
5. 漆黒の夜空が放つ光:“The Diamond as Big as the Ritz”における眩いDisillusion
5.1 失われたアメリカン・ドリーム
5.2 変容するアメリカと消えゆく夢
5.3 Double Visionとファンタジー
5.4 両極端の一致
5.5 失望がもたらす希望
上記内容は本書刊行時のものです。