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土と生きる
川辺川ダム水没予定地に暮らし続けた夫婦
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2019年8月1日
- 書店発売日
- 2019年8月5日
- 登録日
- 2019年7月23日
- 最終更新日
- 2019年8月7日
紹介
「自分のふる里は 売りたくはない。捨てたくもない。」(尾方茂さんのメモから)
建設計画発表から半世紀、事実上の中止から10年。川辺川ダムの水没予定地・熊本県五木村頭地に暮らし続けた尾方夫妻を追って。
*
農家にとって「土」は生産活動の基本。だが現代の私達の暮らしはどんどん土と、疎遠なものになりつつある。
考えてみると、人間が生きていく上で必要な衣食を生み出してくれるものは土である。
人間は、ありとあらゆる生物の何億年の営みの中で生かされているのである。そのことを私達現代人は忘れかけている。
今、宅地造成などによって、耕作土はどんどんと捨てられている。
今回の農地造成の時には、どうなるのであろうか。何百年、何千年たった営みの中で作り上げられた土であるのに、また振り出しに戻り、作りなおすとしたら何千年という歴史がかさむことだろう。
はたして、今のようなやり方でいいのだろうか。
今は、土というものの有難さが忘れかけられているように思われる。
金さえあれば、なんでも手に入る時代になったからだろうか。 (尾方茂さんのメモから)
前書きなど
「終わりに」より
五木村に通うようになって17年になる。多い年で20回、少ない年で5回ほど、その都度、尾方さんには大変お世話になった。当初は頭地地区ばかりを撮影していたので、村に着いたらまず尾方さんの家にあいさつに行き、お茶を飲みながら雑談して、それから撮影に出かけていた。通い始めて2年ほどたった頃から、母屋に泊めてもらったり、国道を挟んで建つ2階家を借りるようになった。遠くから通っていたので、荷物を置いておくところがあるのは大変助かった。
尾方さん夫妻は、いつ行っても笑顔で迎えてくれ、居心地がいい。好意に甘えてしまうところもあったが、帰り際に「今度いつ来るね」と尋ねられることもあり、訪ねていくことを楽しみにしてもらえていると思えた。冬は、布団を敷いて電気毛布で温めていてくれた。
朝食と夕食は一緒に食べることが多かった。朝食は、夏場は台所のダイニングテーブルで、冬場は居間の炭火の掘りごたつで、卵焼きに焼き魚か煮魚を出してくれた。夕食は居間の掘りごたつを3人で囲んで、焼き肉をしたり、鍋をつついたりして、自分の田舎に来ているような気分になっていた。いつもチユキさんに御飯のおかわりを求められ、おなかいっぱい食べるので、五木に行く度に体重を増やして帰っていたのを思い出す。
帰りには、シイタケや柿など自ら作ったものを持たせてくれた。尾方さん夫妻には、本当にお世話になり、ありがたかったことばかり。尾方さん宅という拠点があったからこそ、五木村の撮影を続けることができたと思う。
いつカメラを向けても、茂さんは気にすることはなかった。チユキさんは、写真に写るのはあまり好きではなかったが、何か作業をしていたらカメラを向けてもお構いなし、自由に撮影させてくれた。思い返せば、お二人の撮影は楽しい時間だった。
2015年10月、前の月に続いて村を訪れると、茂さんがひとり暮らしをしていた。そこで初めてチユキさんが村を出たことを知った。チユキさんが元気な頃、離れに泊まると、毎朝、母屋からチユキさんがやってきて、「小林さん、めし!」と大声で叫ぶ、懐かしい声が思い出された。
五木村で茂さんに会ったのは、2017年3月が最後だった。茂さんがいつものように「ようきたな」と言って、自家製のお茶を入れてくれたのを覚えている。村を出たお二人とは、残念ながら疎遠になってしまった。そんな中、2019年4月に茂さんが世を去った。あまりお礼を言えていなかったが、茂さんのご冥福を祈るとともに、この写真集をお世話になった茂さんとチユキさんに捧げる。
上記内容は本書刊行時のものです。