書店員向け情報 HELP
出版者情報
書店注文情報
在庫ステータス
取引情報
マイノリティだと思っていたらマジョリティだった件
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2022年10月5日
- 書店発売日
- 2022年10月5日
- 登録日
- 2022年8月9日
- 最終更新日
- 2023年3月7日
書評掲載情報
2023-03-15 | プリコラージュ 春(4-5月)号 |
2022-12-31 | アックス 150号 |
MORE | |
LESS |
紹介
偏見や制度による規格・線引きがあるために、そこからはみだした人たちは「マイノリティ」「障害者」「変人」と呼ばれ、異者・弱者として扱われます。本書の執筆者たちは、その意味で「マイノリティ」や「障害者」「変人」などと思われがちですが、「フツウ」のあなたと、まったく別世界の人でしょうか?
この生きにくい社会のなかで、一生懸命、もがいて、生きにくさと戦って、生きているあなたは、この本に出てくる人たちとどこか似てはいないでしょうか?
「フツウ」からはみださないようにがんばっているあなたと、「フツウ」からはみだして、差別され「障害者」「変人」「要配慮者」などと名付けられる彼らを分けているのは、幻想の線に過ぎないのではないでしょうか?
何らかの社会的ハンディをかかえながらも、自分の生を自分なりの形で生き生きと生きていることを伝えるエッセイを、「かわいそうな人の感動する話」ではなく、あなた自身の生と重ねて読んでいただければと思います。
目次
はじめに
Ⅰ フツウの世界からはじかれて暮らすことになりましたが、元気でやっています
地獄から社会を眺めて(小林エリコ)
僕はサイボーグ(松井彰彦)
素顔をさらす、さらせない、どちらも自分(西倉実季)
調整、説明、証明をめぐるコスト(吉野 靫)
Ⅱ フツウと違う家族も悪くない、フツウにこだわらなければ
「沈没家族」で育った土と今の僕(加納 土)
狂人の領地(ナガノハル)
家族を感じ、家族を思う(村山美和)
私たちの家族はどう見えますか? ――知的に障害があるといわれた私たちが育む家族 (田中恵美子)
社会が敵だったときからのこと(塔島ひろみ)
Ⅲ 居場所がないので、つくってみました
テント村にて(小川てつオ)
自分の家を自分で考える(丹羽太一)
1万キロ離れた国での居場所(アベベ・サレシラシェ・アマレ)
居場所放浪記(石川浩司)
マジョリティだったり、マイノリティだったりする私――権力の誤配をただし続けていくために(前川直哉)
おわりに
謝辞
前書きなど
ラッシュ時の駅では、同じ方向に、同じスピードで、無言で、決して止まらずにどこかへ向かうものすごくたくさんの人の流れができていて、もし目的の方向が同じなら、その流れに乗るのがもっとも速い。
その流れを
「ときどき立ち止まって止めてみたくなる。そう思うことない?」
高校のとき、隣の席の山田がそんなことを聞いてきた。
わたしは、心の中で反発した。
無器用なわたしに、そんな余裕はない。流れに乗っても前の人の足を踏んじゃったり。ついていくのに精いっぱいだ。
山田は、授業中は寝ていて不真面目なくせに抜群に頭がいいしスポーツもできる。
だから「流れに乗れる」が前提の山田の話が鼻についた。
できる人はいいな、わたしとは考え方のモトが違うや。と思った。
人の流れって、なんなんだろう。
もしわたしよりもっとドンくさくて流れに入れない人が流れを見たとき、どうだろうか。その人に、山田とわたしの区別がつくだろうか。
実は立ち止まって流れに抗いたい山田に、ついていくのがやっとのわたし。
本当は山田とわたしより、その人とわたしの方が近い存在かもしれない。
山田とその前を歩くスーツの人より、意外にその人と山田の方が気が合うかもしれない。
それでも、そんな区別おかまいなしに、流れは一大勢力となってその人を踏みにじる。弾き飛ばす。
だからその人にとっては山田もわたしも、流れのなかにいる固まりの一部。「多数派」だ。
「多数派」軍団は怒涛となって行進する。
ときどき足を踏んだり踏まれたりしあいながらも、立ち止まらずに歩き続けてどこかへ向かう。
この先に、わたしの居場所が、山田の居場所が、あるんだろうか。
でももしそこが自分の目指した場所ではなかったとしたら?
わたしたちはどうして、なんのためにその流れに乗ったんだろう。
*
本書に登場する人たちの多くは、一見この、人の流れの「外」にいる。
ショーガイシャ。
不適応者。
家庭に問題ありの人。
マイノリティ。
うろんな目で見られ差別され、排除されたり子ども扱いされたりする。そんなカワイソウな人たちの話に、本書は見えるかもしれない。
だけど彼らはあなたとどこか似てはいないか。
この生きにくい社会で、精いっぱいがんばってなんとか日々をくぐり抜けているあなたと、似てはいないか。
悩みがばれないようビクビクしながら仲間たちと遊ぶあなたと、居場所を求めてつい夜ごとふらふら飲み歩いちゃうあなたと、「やめとけ」と言われても大きな夢に向かって走り続ける頑固なあなたと、そんなフツウのあなたとどこか、似てはいないか。
彼らを「異者」として切り捨てる線。その線は同時にあなたをフツウという安全地帯にかくまってくれる。ちょっと変わった癖も、大きすぎる背中のホクロも、隠してくれる。強烈な個性も、薄めてくれる。
けれど、安全地帯を囲うその線は、逆にあなたを縛り、圧迫してはいないだろうか。
安定した、静穏な生活のための、上手に生きていくための方便の線が、あなたを追い込み、生きにくくしてはいないだろうか。
その線はあなたにフツウを強いる。でもあなたはそも、果たしてフツウでなきゃダメなのか?
フツウにこだわらなきゃ、そんな線無視しちゃえば、もしかして、全然、あなたはあなたらしい人生を送れるかもしれない。のではないか?!
何らかのハンディを抱えながらも、自分の生を生き生きと、自分なりの形で生きていることを伝える14編のエッセイを、本書は収める。フツウとは少し違ったミニ自分史を、あなた自身の生と重ねて読んでいただければと思う。
(ミートゥー!)とこっそり叫びながらでも。
上記内容は本書刊行時のものです。