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時をかける台湾Y字路
記憶のワンダーランドへようこそ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2019年10月31日
- 書店発売日
- 2019年10月30日
- 登録日
- 2019年6月19日
- 最終更新日
- 2019年10月29日
書評掲載情報
2022-01-29 |
東京新聞/中日新聞
朝刊 評者: 東山彰良(作家) |
2020-04-27 |
毎日新聞
夕刊 評者: 高橋咲子 |
2020-03-22 | 産經新聞 朝刊 |
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紹介
右に行こうか、左に行こか ──まるで人生の岐路を象徴するようなY字路。
日本で出会った台湾人との結婚を機に台北に移住した著者は、
台湾のあちらこちらで出会うY字路の魅力にとりつかれ、
Y字路形成の理由や歴史を調べはじめた。
すると、原住民族が暮らしていたころから清代、
日本時代、戒厳令時代、そして現代に至るまで、
Y字路にはそれぞれの時代の出来事や人々の息吹が
地層のように積み重なっていることがわかってきた。
実際に現地を訪ね歩き、古地図と重ね合わせ、資料をくりながら、
忘れられた記憶と物語に耳を傾ける。
著者が訪れた百数十カ所のY字路の中から、
特に魅力的な約50カ所のY字路を、
写真や古地図をふんだんに使いながら紹介する。
目次
まえがき
Ⅰ 台北、Y字路さがし。
1 Y字路さがし時間旅行──同安街とN記者
旅のはじまり
夢のY字路
ファーストY字路
「踏切り感」のY字路
「紀州庵」の川遊び
〔道草Y字路〕瑠公とY字路
2 水の旅──最古の水路・霧裡薛圳を辿って
ぶちぬき屋根のY字路
ビオトープY字路
ヤンヤンのY字路
泰順公園のY字路
3 タイムカプセル、ひらく─南昌路をあるく
地球儀のみえるY字路
南菜園のY字路
4 石とY字路とわたし─「辺界」に出会う
石隠れのY字路
境界Y字路
オアシスY字路
5 味覚の記憶地図──師範大学から永康街へ
死体拾いのY字路
連雲街のY字路
〔道草Y字路〕アメリカ西海岸なY字路
6 忘却のタイムスリップ──わすれ形見のY字路
老街入り口のY字路
凶悪事件現場のY字路
7 台北の下を水は流れ──安和路をめぐる旅
橋を渡るY字路
誠品書店裏のY字路
上埤頭の神さまY字路
象のY字路
〔道草Y字路〕Forgotten Time:被遺忘的Y字路
8 北門ちゃん──都市計画のY字路
「北門ちゃん」のY字路
夜更けに濡れるY字路
9 艋舺の動く城──台北下町物語
動く城なY字路
皮を剥いだY字路
萬華林宅のあるY字路
違法増築のY字路
市場前のY字路
北斗七星のY字路
〔道草Y字路〕高橋才治郎の梵鐘
10 風水なY字路──台北府城いまむかし
風刺漫画家のいたY字路
電影街のY字路
台湾一有名なY字路
11 カフェー桃源──女たちのY字路
民族運動のY字路
赤線地帯のY字路 184
処刑場のY字路
〔道草Y字路〕下奎府町のY字路
12 描かれたY字路──台湾アイデンティティを探して
「小故宮」と呼ばれた骨董店
台湾アイデンティティの模索
「台湾には文化がない」
〔道草Y字路〕名前のない通りにいます。
Ⅱ 台湾、Y字路ところどころ。
1 Y字路の部屋貸します。──新荘
2 福和橋のフリーマーケット──永和
3 板橋に、お城?──板橋
4 戯夢人生──三芝
5 Y字路のあたまとしっぽ──三峡
6 台湾の見世物小屋・日本の見世物小屋──内湾
7 台南一の肉まん──台南
8 ラブのリバー──高雄
あとがき
前書きなど
Y字路をめぐる最初の記憶は、小学生時代にさかのぼる。
わたしが当時住んでいたのは、山口県の山陰側にある小さな温泉まちである。時は1980年代前半、明太子工場から流れでる鮮血のように生臭い排水がじかに川へと流れこみ、出で湯は歓楽的な喧騒のように湧いて、ほのかに開いたキャバレーのドアの隙間から、これも明太子のような紅い灯の向こうに白い乳房と太ももが透けてゆらめいてみえた。
家から遥か彼方にあった小学校からの帰り道、明太子色の川にかかる橋を渡ると、そこにY字路があった。
Y字路の左右どちらを進んでも、海をのぞむ高台にある我が家までたどり着くが、低学年のころは通い慣れた右側の通学路を歩くのが常だった。しかし学年があがると、左の道を途中まで共にできる友人があらわれた。少しの時間でもたくさんその子と一緒にいたくて、左の道をよく帰った。しかし学校から定められた通学路は右の道だったから、左をゆくには罪悪感がつきまとった。そのうえ、左の道から家にたどり着くまでは、右の道から帰るよりもずっと過酷な「心臓破りの坂」があった。野犬の群れに追われたことさえある。それでもよく、こっそりと左側の道を選んで歩いた。
行きはよいよい、帰りはこわい。右に行こうか、左にいこか?
これがわたしのY字路についてのコンブレーである(20年ほど後にふたたびわがコンブレーを訪れたが、すでに川は明太子色でなく、家から学校までは印象ほど遠くなかった)。
思えばこれまで無数のY字路にさしかかり、右か左かを選んできた気がする。13年前も、わたしは大きなY字路の前に立っていた。そして結婚という事件に背中を押されて「台湾」へとつながる道のほうに歩を進めた。それまでは台湾で暮らすようになるなんて、思ってもみないことだった。
台湾にきてから、わたしの人生観を大きくゆさぶる出来事があった。初めて会った夫の大伯父からかけられた一言である。
「わたしは、忘れられた日本人なのです。」
台湾の日本時代に生まれた大伯父は、日本帝国軍人としてフィリピンへも出征していた。日本が台湾を植民地にしていたことは朧気ながら頭にあったが、日本人として生まれ日本人として大きくなったのにもかかわらず、終戦ですべて失った人たちがいること、そして日本ではそれらのことがほとんど知られることなく、学校で教えられてもいないことに言いあらわせないほどショックをうけた。加えてなにも知らない無知な自分を、恥ずかしく腹立たしく思った。
台湾のことをもっと知りたくて、本を読んだり日本語世代と呼ばれる方々の勉強会に参加して話を聞くようになった。知ったことを伝えたいという思いがつのり、執筆活動を始めた。そんなときわたしの眼前に現れたのが、台湾のY字路たちだった。
MRT古亭駅ちかくのとある居酒屋を取材した帰り、ふとお店のほうをふりかえったら、そこがY字路になっていた。木造の日式住宅と中華風の派手な廟とキリスト教の教会と多様な文化がミックスして混沌とした面白さがあり、夜だったことも相まっていかにも横尾忠則さんのY字路シリーズを思わせた。写真を撮って、SNSに「横尾さんの絵みたいなY字路発見」と投稿したら、ある台湾人の友人がコメントをくれた。
「どうしてそこがY字路になったかというと、右側の通りはかつて川だったからだよ」と友人はY字路成立の理由を教えてくれた。古い地図をさがして確認すると、なるほど確かに川が流れている。台北には他にもたくさんのY字路があるけれど、それらはどうしてY字路になったんだろう? そんな好奇心が温泉のように湧いてきて、他の場所についても調べ始めた。Y字路の成り立ちから埋もれた物語を発見していくにつれて、普通の三次元だった台北のまちが突如、IMAXの眼鏡をかけたように「失われたとき」を帯びた四次元的なものとして立ち現れてきた。かくしてわたしはY字路と恋に落ち、台北じゅうを歩き回りはじめたのである。
思いがけなかったのは、台湾のY字路たちが一見黙ってそこにいるように見えながら、驚くほど饒舌なことだ。Y字路と向きあっていると、台湾のみならず、日本が、故郷が、そしてわたし自身がどこから来てどこへ行くのかをおしえてくれる。Y字路が語りかける言葉を聞くために必要なのは、歴史にたいして静かにそばだてる目と耳、それだけである。
さあ、記憶のワンダーランドへようこそ。
版元から一言
過去の歴史、記憶、記録がとても軽く扱われがちな、いまの日本にあって、
忘れられた歳月を拾い、伝えていくことを自らの使命と感じ、
「Y字路」という地形から台湾の歴史や文化にアプローチしていく栖来さんの手法は
これまでになかったものです。
まるで一編の小説を読むかのような洒脱な筆致も魅力的です。
上記内容は本書刊行時のものです。