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もうひとつの唐人お吉物語
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2025年10月1日
- 書店発売日
- 2025年10月3日
- 登録日
- 2025年9月22日
- 最終更新日
- 2025年10月3日
紹介
江戸時代末期、下田に来航したハリス(初代駐日アメリカ領事)の世話役を命じられた一人の女性がいた。後世、小説や舞台で「唐人お吉」として広く知られるようになった斉藤きちである。新渡戸稲造はお吉の生涯に深く感銘し、「からくさの浮き名のもとに枯れ果てし君が心はやまとなでしこ」という歌を贈ったばかりでなく、お吉が身を投げたお吉が淵近くに「お吉地蔵」を建立した。伊豆下田の宝福寺に残る逸話の数々は、お吉が幕末の志士とともに開国運動にも奔走した強くて美しい女性であったことを物語っている。その半生を今に語り継がんとする著者至誠の唐人お吉伝。
目次
第一章 黒船
少女/芸妓/黒船/大地震/白羽の矢/抵抗/裏切り/決心
第二章 世界
石つぶて/孤独/牛乳/世界とクロス/国のため/江戸へ/帰国
第三章 維新
新たな出会い/京都/唐人お吉/同じ夢/維新
第四章 無情
再会/同情/帰郷/唐人まげ/嫉妬/別れ、再び/金本楼/安直楼/火事/無情/説得
第五章 静寂
安らぎ/物乞い/おにぎり/豪雨の舞/静寂/お吉の涙/覚悟/後悔/やまとなでしこ
年譜
前書きなど
新渡戸稲造博士が彼女に贈った「やまとなでしこ」という言葉。
それは、唐人お吉と呼ばれた女性が、本当に実在したのか、本当に物語のとおりの女性であったのか……。それを確かめるべく下田を訪れ、古老の方々の話も聞いて回った末にたどり着いた最大の賛辞であったと思います。
新渡戸氏は敬虔なクリスチャンで、当時としては本当に珍しいアメリカ人のメアリーと国際結婚をされています。
メアリーを通じて人種差別なども実感した新渡戸氏は、東洋と西洋の架け橋になりたいと、終生、その姿勢を崩すことはありませんでした。晩年に差し掛かるころの日本は、軍事国家として戦争に突入する空気に包まれ、その中で、日本と海外を行き来して、戦争回避のために奔走しました。国内からは裏切り者とされ、海外からは日本のスパイではないかとの疑いもかけられ、数々の友人も新渡戸氏のもとを離れました。まさに孤独の淵にいました。
そんな中、「唐人お吉」の大ブームが巻き起こります。アメリカ人のタウンゼント・ハリスのもとに人身御供のように日本人の女性が差し出され、不遇の生涯を終えた──当時の日本の気運を考えれば、お吉さんかわいそう、アメリカ憎し──の象徴のように捉えられたと思います。そんな物語を、新渡戸氏は否定します。タウンゼント・ハリスが敬虔なクリスチャンであったこともあったでしょう。
日本とアメリカの友好関係に悪影響を与えるということもあって、黙認できなかったのです。確認するために下田を訪れた新渡戸氏は、その実像に迫り、否定論者から一変し大ファンになります。(中略)
私は十数年前に仕事の取材で宝福寺を訪れ、「松浦武四郎というお侍に連れられて京都で開国論を説いた」という伝承を耳にするまで、下田に生まれ育ちながら、お吉さんのことを、黒船来航によって恋人とも別れさせられ、ハリスのもとに奉公に行ったばかりに「唐人」と蔑まれ、失意のうちに自らの命を絶ってしまった女性……という認識しかありませんでした。その後は「可哀そうに」と手を合わせる方を目にするたび、強烈な違和感を覚えるようになり、『お吉と龍馬』『伝承秘話唐人お吉』と二冊の本を出版させていただきました。
しかしながら、その後も、「私は可哀そうな女なんかじゃないよ。もっと私のことをわかっておくれよ」という彼女の叫びが聞こえてくるようなことが、次々と私の目と耳に入ってきました。
そこで今回、『伝承秘話唐人お吉』の再版の話をいただいた折、ある仮説を追加させていただくこととしました。もちろん、史実であるなどとは申しません。真実は当時を生きていた人々にしかわかりません。
ただ、脱藩浪人で本来なら史実に残らなかったはずの坂本龍馬が〝物語〟で英雄となったのとは真逆で、町娘だった彼女は〝物語〟によって、ただただ不幸な女とされてしまいました。未だ地元でも、あの女は……と差別の風は吹きやみません。
この物語を読んでいただいた方のうち、一人でも「そうだったかもな」と思っていただけたのなら、本当に嬉しく思います。
この物語が供養に繋がると信じる私にとって、これは、彼女に贈る最後の物語です。
上記内容は本書刊行時のものです。
