版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊
聖書の経済学 ロナルド・J・サイダー(著) - あおぞら書房
.
詳細画像 0 詳細画像 1 詳細画像 2
【利用可】

書店員向け情報 HELP

書店注文情報

在庫ステータス

在庫あり

取引情報

取引取次:
トランスビュー     書店(直)
トランスビュー     八木     ト・日・他     書店
直接取引:あり(トランスビュー扱い)

出版社への相談

店頭での販促・拡材・イベントのご相談がありましたらお気軽にご連絡ください。

聖書の経済学 (セイショノケイザイガク) 格差と貧困の時代に求められる公正 (カクサトヒンコンノジダイニモトメラレルコウセイ)

このエントリーをはてなブックマークに追加
四六判
縦188mm 横130mm 厚さ30mm
重さ 490g
460ページ
並製
定価 2,800円+税
ISBN
978-4-909040-05-3   COPY
ISBN 13
9784909040053   COPY
ISBN 10h
4-909040-05-6   COPY
ISBN 10
4909040056   COPY
出版者記号
909040   COPY
Cコード
C0016  
0:一般 0:単行本 16:キリスト教
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2021年5月15日
書店発売日
登録日
2020年9月19日
最終更新日
2022年7月7日
このエントリーをはてなブックマークに追加

紹介

聖書は経済における機会の平等を求めている。すべての個人と家族が、「まっとうな生活を維持するために必要な基礎の上に立つ」という意味での機会の平等である。まじめに働けば安心して暮らすことができ、社会の一員として胸を張って生きていける資源をだれもが保有できる経済こそ、聖書が指し示す公正な経済だ。

いま世界では、最底辺でおよそ十数億の人びとが飢えと貧困の中で暮らしている。それよりは少しましなレベルで、さらに十数億の人びとが人間的な生活の希望を持てずに苦しんでいる。いまではその多くが、格差が拡大する「先進国」で暮らしている(日本も例外ではない)。富と貧困の格差は、国家間でも各国の国内でも拡大してとどまることがない。いったいこれはどこまで進み、どのような結末を人類にもたらすのだろう。

貧しく弱い人びとに特別な思いを寄せる神の思いは、昔もいまも変わらない。神は人間の社会を評価するとき、その社会が貧しく弱い人びとをどう扱っているかを見る。イエスの言葉は、富を持ちながら飢えた人に食べさせず、裸の人に服を着せない者に、いまも厳しい警告を発している。

本書は、旧約時代のイスラエルに存在した「機会の平等」を担保する思想、格差の拡大と定着を防ぐ律法、弱者救済の制度、イエスの言葉と行動、最初期の教会のクリスチャンたちの実践などから「聖書の経済学」を論じ、21世紀のグローバル化した市場経済の歪みを正すためのライフスタイルと政策を提言する。

本書の初版が出版されたのは40年以上前の1977年。「富と繁栄は神からの祝福」と考える人々にとっては耳の痛い内容だったようで、出版当初から米国では強い批判が巻き起こったが、以来版を重ね(その都度ページ数を増やしながら)出版され続けている。クリスチャニティ・トゥデイ誌は本書を、「20世紀で最も影響力のあったキリスト教書100選」「社会正義を説くキリスト教書ベスト5」に選んだ。現在、世界の9カ国語で翻訳出版されている。

本書はRICH CHRISTIANS IN AN AGE OF HUNGER第6版の全訳。『飢えの時代と富むキリスト者』(聖文舎、絶版)は第2版の翻訳。

[目次]
第1部 経済格差はどこまで広がるのか
第1章 餓えと貧困に苦しむ人びと 
第2章 裕福な国に住む少数者 

第2部 聖書は経済について何を教えているか
第3章 神と貧しい人びと 
第4章 神が求める経済の正義 
第5章 私有財産と富の蓄積 
第6章 社会構造の中にある罪 

第3部 なぜ世界から貧困がなくならないのか
第7章 貧困の複雑な原因 
第8章 グローバル市場経済と貧困 

第4部 それでは私たちはいかに生きるべきか
第9章 分かちあうシンプルライフ 
第10章 教会から始める社会変革 
第11章 公正な世界をめざす政治行動 

解説 福音派における社会意識の勃興
事項・人名・聖書箇所・ギリシャ語さくいん

目次

第1部 経済格差はどこまで広がるのか
第1章 餓えと貧困に苦しむ人びと 
第2章 裕福な国に住む少数者 

第2部 聖書は経済について何を教えているか
第3章 神と貧しい人びと 
第4章 神が求める経済の正義 
第5章 私有財産と富の蓄積 
第6章 社会構造の中にある罪 

第3部 なぜ世界から貧困がなくならないのか
第7章 貧困の複雑な原因 
第8章 グローバル市場経済と貧困 

第4部 それでは私たちはいかに生きるべきか
第9章 分かちあうシンプルライフ 
第10章 教会から始める社会変革 
第11章 公正な世界をめざす政治行動 

解説 福音派における社会意識の勃興
事項・人名・聖書箇所・ギリシャ語さくいん

前書きなど

本書の初版の出版から40年以上経つ。この間、世界は大きく変わった。
共産主義が崩壊した。市場経済が浸透し、世界貿易が拡大し、新しいテクノロジーが登場し、貧困が減少した。21世紀を迎えたときには、それまでの100年間に戦わされてきた政治と経済の主要な議論に決着がつき、「民主的資本主義」の勝利が明らかになっていた。共産主義が主張していた国家による財産の所有と計画経済は非効率的で、全体主義的で、機能しないことが証明された。他方、市場経済は莫大な富を生み出した。欧米諸国だけではない。ほとんどの国が市場経済を採用した結果、貧困が劇的に減少した。1990年から2014年のあいだに、国際的な貧困レベル(1人1日当たりの収入が1・25ドル)以下で暮らす人の数が50%以上も減ったのだ。
世界だけでなく、私の考えも変わった。経済学について、より多くのことを学んだ。その学びをふまえて、選択肢が共産主義か民主的資本主義の二つしかないなら、私は民主的な政府と市場経済を支持する者である。だが、市場経済の問題や不公正を容認するつもりはない。聖書が現在の民主主義や市場経済を支持していると言いたいわけでもない。
この40年に生じた劇的な変化は共産主義の崩壊だけではない。悲しいことに、変化のうちの多くは良いものではなく悪い変化だった。エイズという恐ろしい病気が貧しい国々で爆発的に蔓延した。イスラム過激主義のテロリストが世界の政治を変えた。環境破壊が危険なレベルに達した。特に開発途上国でそれが言える。
経済の拡大によって温室効果ガスの排出が急増し、地球の未来を脅かす気候変動をもたらしている。物質主義と消費主義が浸透し、聖書的倫理観が損なわれ、家庭の崩壊が急増している。相次ぐ企業合併のニュースは、経済の中央集権化が進んでいることを如実に示している。今日の市場経済の仕組みと動向を誠実に評価するなら、このような危険性の高まりを無視することはできない。
ほとんどの国に、生活の基盤となる資本を持たず、市場経済の恩恵を享受できていないマイノリティが存在することも忘れてはならない。そうした人口が多数を占める国さえある。
市場志向経済は、現在知られている他のどんな経済体制よりすぐれていると私は考えている。私有財産制はすぐれた仕組みであり、だれもがある程度の資産を保有すべきだと考えている。そう考えるからこそ、その欠点を修正することに努めるべきだと思っているのである。

私の聖書理解も、ある重要な一点で変わった。私は長年、聖書が平等(equality)や公平(equity)について何を語っているかを考えているが、聖書が収入や財産の絶対的平等を説いてると考えたことはない。それはいまも変わらないが、以前はいまよりも、異なる集団のあいだに存在する収入や財産の配分の格差を問題にしていた。
いまの私は、聖書が説いている経済的平等(economic equality))あるいは公平(equity)について、神が求めているのは経済における機会の平等だと確信している。すべての個人と家族が、生計を維持するのに必要な資源(農業社会における土地、事業を営むためのお金、自立の基礎となる教育など)を利用できるという意味での機会の平等である。まじめに働けば人間らしい暮らしができ、所属する共同体の一員として胸を張って生きられる、そのために必要な資源をだれもが手にすることができる経済こそ、聖書が指し示している経済だと考えている(詳しくは4章で論じる)。そして、その意味での平等が実現すれば、社会にはびこる問題や悪を正すことにつながると考えている。
いまも世界では、最底辺でおよそ12億人が悲惨な貧困の中で暮らしている。それよりは少しましなレベルで、さらに12億の人びとが、まともな生活の希望を持てずに苦労している。そのような中で、彼らに特別な思いを寄せる神の思いは、昔から変わらない。何百もの聖書のテキストが教えているのは、神は人間の社会を評価するとき、その社会が最も貧しい人びとをどう扱っているかを見て評価する、ということだ。同様に、イエスの言葉はいまも、富を持ちながら飢えた人に食べさせず、裸の人に服を着せない者は地獄に落ちるという厳しい警告を発している。

変わらない経済状況と変わらない聖書の教えに対し、変わったのは、貧しい人びとに力を与える方法に関する私たちの知識だ。アジアの多くの国が、市場経済の基本的な枠組みの中で、最も貧しい人びとを助ける政策を実施することに成功している。その結果、何億もの人が貧困から脱している。
過去40年の成功例の一つは、マイクロローン(小口融資)の爆発的な普及だ。絶望的貧困に苦しむ何百万もの人びとが、75ドル、200ドル、500ドルといった少額の融資を受け、ささやかな事業を始め、家族の暮らしを向上させることに成功している。
私はクマール夫人の楽しげで自信に満ちた笑顔が忘れられない。私が訪ねたとき、彼女は南インドのバンガロール近郊の貧しい村で、一部屋だけの小さな家に住んでいた。ブリッジ財団(インドの福音派クリスチャンであるビネイとコリーンのサミュエル夫妻が設立したマイクロローン提供組織)が、彼女と夫のビジェイに219ドルの小口融資をしていた。夫妻はそれで安価な小型音響システムと自転車を買った。クマール夫妻はそれを使い、周辺の村々で結婚式や葬式などに音響サービスを提供する事業を行っていた。私が訪問したときには、保有する機器は3台に増えていて、従業員も数人雇っていた。
クマール夫人は、新たに購入した照明器具と3台目の音響システムを積んだ自転車を誇らしげに見せてくれた。彼女が住むわらぶき屋根の小さなセメントの家には、水道は引かれていなかったが、多くの改善がうかがえた。家族の収入も大幅に増えていた。何よりも重要なのは、クマール家に新たな尊厳と希望と自信が生まれたことだった。
貧しい人びとは、自分で稼いで生活したいと願っている。彼らは膨大な社会資本を持っている。支えあう家族、勤労意欲、誇り、高潔さ。しかし、彼らは助けを必要としている。それこそが支援団体が行っていることである。
もちろん、経済的支援だけで貧困を終わらせることはできない。7章で述べるように、間違った選択や行動のせいで貧しい人もいれば、不公平な制度のせいで貧しい人もいるからだ。
先進工業国に住む私たちはお金を持っている。何をすべきかを知っている。だが、与える心があるだろうか? 1960年には、世界の裕福な20%の人びとは、貧しい20%の人びとの30倍の富を持っていた。2005年には、その格差は50倍に広がっていた。それなのに、裕福な人びとがその所得から貧しい人びとに与える寄付の割合は大きく低下しているのである。
裕福なクリスチャンの多くが、イエスが教える人生の喜びと充足に至る道を見失っているのは悲しいことだ。受けるより与えるほうが幸いであるとイエスは教えた。真の喜びと永続する幸福は、この逆説的な教えに従うことで得られるという事実を、私たちは無視しているのである。
世界中で、裕福な人びとは富を得て幸せになろうと空しい努力を続けている。そして、もはや偶像崇拝の域に達した物質主義によって、ストレス、アルコール依存、家庭生活の破綻、心臓発作などの病に倒れている。
私たちはそんな生き方から離れ、イエスが与えてくれる真の喜びをつかむことができる。それは、受けることによってではなく与えることによって得られる喜びだ。幸福は得ようとして得られるものではない。自分を与えるとき、思いがけない贈りものとして与えられるものなのだ。私自身がこの真理の証人だ。この本を読んだ多くの人が、私がこの本に書き、実践しようとしてる生き方は困難で痛みを伴うと思い込んでいる。だが私の人生は幸福に満たされている。この本は、真の喜びと充足へと至る道案内の書でもある。

毎年、死ぬ必要のない何百万人もの人が死んでいる。それは、裕福な私たちが聖書の明確な教えを無視しているからだ。聖書には、神は私たちの信仰が本物かどうかを、私たちが貧しい人びとをどう扱っているかによって測ると書かれている。そこで本書は、第1部で飢えと貧困の悲劇的な現状を報告し、第2部で、貧しく抑圧された人びとに対する神の憐れみについての聖書の教えを説明する。そして第3部で、何が原因で貧困が生じているのかを論じる。
最後の第4部では、世界の現状は変えることができるという希望と、貧しい人を助けるためにできる具体的な方法を紹介した。それは私たち自身を助ける行動でもある。。喜びと幸せは与えることによって生まれる。自分のために使うお金を減らすことで、私たちが助けなければ死んでしまう隣人の命を救い、生活を変えることができるのだ。
私たちは、莫大な富と深刻な貧困が同時に存在する時代に生きている。私たちは貧しい人びとに力を与えるために何をすべきかを知っている。問われているのは、実行する意思があるかどうかがだ。裕福な国に住むクリスチャン(この本を読む多くの読者が該当すると思われる)は惜しみなく与える者になれるだろうか? 貧しい人びとが人間らしく暮らすために必要な資本を分かちあえるだろうか? 私たちが貧しい人びとと手を携えることができれば、この先20年で、世界の貧困を劇的に減らすことができるだろう。本書が、読者の生き方と社会を変える一助になれば幸いである。

版元から一言

日本では「福音派」と聞くと、たとえばトランプ元大統領を支持する人びとのような、信仰も政治も保守的な(しばしば過激な)右派を連想しますが、本書の著者は、保守的な信仰を貫くいているからこそ政治や経済については左派的な主張と行動を続けています。

1973年、30代半ばであった著者は、約40名の福音主義者とともにシカゴに集い、「社会問題を憂慮する福音派キリスト者のシカゴ宣言」を発表します。それが翌年の世界的な「ローザンヌ誓約」へとつながり、キリスト教信仰が個人の道徳世界から社会問題へと踏み出す大きな起点となりました。それ以後、著者は生涯一貫して、社会的責任を担って歩む隊列の最前列を歩み、福音派という枠を超えてキリスト者のネットワークの中心にあり続けています。

本書の訳者の御立氏は、30年ほど前にフィラデルフィアのサイダー家を訪問した際、サイダー博士と息子さん娘さんと一緒に、近所の老人ホームを慰問したことがあります。あえて貧しい人びとが多く住むインナーシティに居を構え、質素な暮らしを実践する一家の姿が印象深かったといいます。本書の内容とは関係ありませんが、『四次元主義の哲学』(春秋社)の著者セオドア・サイダーは著者ロナルド・J・サイダーの息子さんです。老人ホームを一緒に訪問したのが若き日の哲学者だったのか、もう一人の息子さんだったのかは、残念ながら記憶にないそうです。

著者プロフィール

ロナルド・J・サイダー  (ロナルド ジェイ サイダー)  (

[著者]ロナルド・J・サイダー(Ronald J. Sider)
1939年生まれ。神学者。社会活動家。イェール大学で修士号(神学)、博士号(歴史学)を取得。パーマー神学校(旧イースタン・バプテスト神学校)で40年以上にわたり神学、ホリスティック・ミニストリー、公共政策を講じた。
人種差別、軍国主義、経済至上主義、社会的不平等、性差別などの克服を訴えた1973年の「シカゴ宣言」(社会問題を憂慮する福音派キリスト者のシカゴ宣言)で中心的な役割を果たした。以来、社会正義を追求するキリスト者の運動を思想と実践の両面で支え続けている。
著書多数。『聖書の経済学』(原題Rich Christians in an Age of Hunger)は、クリスチャニテイ・トゥデイ誌によって「20世紀で最も影響力のあったキリスト教書100選」、「社会正義を説くキリスト教書ベスト5」に選ばれた。最新刊は『イエスは戦争について何を教えたか』(原題If Jesus is Lord)(邦訳あおぞら書房)。現在、クリスチャニティ・トゥデイ誌客員編集委員。米国フィラデルフィア在住。

後藤 敏夫  (ゴトウ トシオ)  (解説

[解説]後藤敏夫(ごとう・としお)
聖書神学舎卒業。麻溝台キリスト教会、大韓イエス東京福音教会協力牧師、キリスト教朝顔教会牧師などを経て、現在、日本キリスト召団・惠泉四街道教会(千葉県)牧師。著書に『終末を生きる神の民』『神の秘められた計画』(以上、いのちのことば社)、訳書にヘンリ・ナウエン『イエスの御名で』、ハワード・A・スナイダー『神の国を生きよ』(以上、あめんどう)、ジム・ウォリス『よみがえれ、平和よ!』(新教出版、共訳)などがある。

御立英史  (ミタチ エイジ)  (

[翻訳]御立英史(みたち・えいじ)
翻訳者。編集者。訳書にロナルド・J・サイダー『イエスは戦争について何を教えたか』(あおぞら書房)、ヨハン・ガルトゥング『日本人のための平和論』、デイビッド・ローワン『DISRUPTERS 反逆の戦略者』(以上、ダイヤモンド社)などがある。

上記内容は本書刊行時のものです。