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日常的抵抗への招待
後期新自由主義における子どもと教育
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年3月20日
- 書店発売日
- 2026年4月7日
- 登録日
- 2026年3月11日
- 最終更新日
- 2026年4月2日
紹介
――いま必要なのは、「しっかりがんばる」とは別のあり方である。
活躍、個別最適化、共助を「楽しむ」ようすすめる今日の社会は、「稼〔かせ〕げる」能力を日々バージョンアップするよう、個人にはたらきかけている。更新できなければ、自立支援や学習支援などのケアを受けるよう、データ化を通して、個人に迫る。
「私」は、この価値観を内面化し、他人にも押しつけはじめ、自責他害をさらに強めて、ケアの争奪戦に駆り立てられる。
今日の社会、すなわち後期新自由主義の体制は、第一に、経済成長期の命令型の訓練と管理から、個別最適に学習する自発的な自己調整へのバージョンアップを特徴とする。
第二に、このバージョンアップからはじかれる人々に対しては、市民や地域が国家に代わって支援する「ケア」への注目がある。
たとえば、組織や制度の内部に、はじかれた「ヤングケアラー」の「声を聞く」相談窓口が設置されたり、その業務がNPOに委託〔いたく〕されている。
もちろん、今まさに困っている子どもを支えなければならない状況は、あちこちにある。
けれども、困っている子どもを支援するという真摯〔しんし〕な姿勢は、ともすれば、どんな関わり方をすればよいのかという、方法やマナーの問題に手順化されがちでもある。
保護者も、教師やケアワーカーや研究者も、方法や関わり方に傾注するあまり、その子どもの問題を直接に間接に形づくる社会経済的な構造を問うあり方――日常的抵抗――から遠ざかってしまう。ケアや支援でなんとかしていくほうがてっとりばやい、という考え方が優勢になり、社会問題は個人化されていく――「あなたが、私が、しっかりがんばらなきゃ!」
しかも構造的な問題を問うても周囲から煙たがられるため、稼いで豊かになって困難や困窮を乗り越えるという思考パターンにいっそう染まっていく。稼げない日本になっても、あるいはなったからよけいに、この発想は強化される。
こうして、既存の社会構造はそのままに、ケアや支援は、現場の当事者たちによる関係性や手法で完結してしまうのである。
本書は、ケアや支援がいかに便利使いされ、そこに教育や福祉の業界はどのように加担し、加担させられているかについて、まずは歴史的に把握する。そのうえで、「稼げる個人」とは別のあり方と自由について、アナキズムや政治思想史の知見、各地で行なわれている実際の取り組みなどを紹介しながら、素描を試みる。
「〈われわれ〉を構築する後期新自由主義の力学は、全体性に吸い込む精神統治である。〔…〕能力や開発の賛美に従わない、という重要な日常的抵抗が、〈われわれ〉にはできる。」
――この本は、「稼げる個人」とは別の、存在の自由への招待状である。
目次
【目 次】
序 章
第Ⅰ部 生政治としての支援
・ 第1章 「支援」という包摂――自己責任への主体化
・ 第2章 取り出される「ケア」――ヤングケアラーの構築
・ 第3章 なぜケアが問題化されるのか――生政治としての支援の組織化
・ 第4章 「自立した個人」という福祉国家の原理的課題――ワークフェア子ども版:学習支援を問う
・ 第5章 後期新自由主義が誘う地域支援――「レイドロー報告」の現代的限界
第Ⅱ部 子ども・家庭という戦場
・ 第6章 こども家庭庁の「こどもまんなか」政治――後期新自由主義における「ウェルビーイング」
・ 第7章 戦後民主主義教育とこども家庭庁のつながり――結婚‐出産‐子育ての奇妙な結びつき
・ 第8章 高度経済成長期初頭の家庭における学歴の高度化――学卒労働市場の継時的変化を手がかりに
第Ⅲ部 教育と市民社会の政治
・ 第9章 子どもの「ニーズ解釈の政治」――学力向上とケアの完結体制
・ 第10章 「子どもの権利」の使われ方――ベールをかける物語
・ 第11章 インクルーシブ教育を考える重要な視点――国連主義を超えて
・ 第12章 こども基本法の課題と学校――資本主義的差別をめぐって
第Ⅳ部 日常的抵抗への招待
・ 第13章 別の生のあり方論序説――アナキズムなるものの「陣地戦」
・ 第14章 声の統治と再生――現状を支える/支えない主体
終 章 〈われわれ〉への叛逆――全体性の力学と自由
文献一覧/ あとがき/ 索 引(人名・事項)
前書きなど
〔本書「序章」の冒頭部分から抜粋します。〔 〕内は、読み仮名ルビを付した箇所です。〕
たとえば「子どもの尊重〔そんちょう〕」という言葉や表現は、どのような社会をつくるのだろう。
子どもが尊重されない社会は、子どもの気持ちが大事にされない社会だ。子どもが尊重されないで、周りの大人の意見で勝手に事が進んでしまうのは、子どもにとても失礼だ。子どもを尊重することは大切。その通り。そこで、子どもの尊重という言説〔げんせつ〕が広まっていった。
一方で、教育や福祉研究において、子どもを尊重するという視点は、子どもに向き合う関係の方法に直結しやすく、どんな関わり方がよいのかという視座〔しざ〕に矮小化〔わいしょうか〕されがちでもあった。方法や関わり方に注目が行き、実はその子どもの問題を直接に間接に形づくる社会経済的な構造の問題は、ますます見えにくくなっている。教育や支援でなんとかしていくほうがてっとりばやい、という思考が優勢〔ゆうせい〕になっている。
そうした拙速〔せっそく〕な視座により、どの研究も社会経済的な問題から分離され、個別化する状況になっている。研究者ばかりか保護者も、教育や福祉に関わるケアワーカー自身も、構造的な問題が見えなくなってしまう。その結果、現場の当事者たちによる関係や方法で完結させるかたちでの統治〔とうち〕に、私たちはみずから加担〔かたん〕していくことになる。
国も人も稼〔かせ〕いで豊かになって困難を乗り越える。ずいぶん長い間、この思考パターンを問い直すことがないまま私たちの社会は今の状況に至った。教育や福祉の研究領域は、稼げるようになるために、個々人に力をつけるとかケアを充実させるという前提で、研究が行なわれてきた。社会全体が困窮〔こんきゅう〕モードになっても、あるいはなったからよけいに、その発想は強化されている。困窮した子ども、若者、高齢者、障害者、すべての人々は「ケア」の対象になり、ケア政策に注目が集まる。経済格差に対しては、AIなどを含む情報技術で社会開発して乗り越えようという構えが前景〔ぜんけい〕に登場し、工学などの研究分野も取り込もうとしている。
〔中略〕 本書には、教育化する福祉分野や「ウェルビーイングWell-being」の新自由主義化を含めた新たな研究が収められている。ヨーロッパの研究学界からは、メンタルヘルスが損なわれる問題を解明するには、社会経済状況と深く関わる視座が必要であるとの認識のもと、私にまで研究連携〔れんけい〕が求められるようになった。ここ日本では、そのような反省にもとづく研究は、現時点ではほとんど見受けられないように思われる。本書では、「ケア」がいかに便利使いされ、そこに教育や福祉業界はどのように加担し、加担させられているかについて、歴史的・構造的に把握しようとする。〔以下略〕
版元から一言
引用文および本文中の読みにくい漢字、および固有名詞にはすべて、読み仮名をつけております。本書が、こんにちの若い読者を含めた幅広い読者にむかえられるよう工夫いたしました。
また、視覚障害、読字障害、上肢障害などの理由で紙の書物をお読みになれない方には、本書のテキストデータを提供できます。
上記内容は本書刊行時のものです。





