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青森キリスト者の残像 木鎌 耕一郎(著) - イー・ピックス
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在庫あり

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取引取次: 日キ販
直接取引:なし

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青森キリスト者の残像 (アオモリキリストシャノザンゾウ)

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四六判
縦188mm 横127mm 厚さ12mm
重さ 270g
236ページ
並製
定価 1,500円+税
ISBN
978-4-901602-54-9   COPY
ISBN 13
9784901602549   COPY
ISBN 10h
4-901602-54-3   COPY
ISBN 10
4901602543   COPY
出版者記号
901602   COPY
Cコード
C0016  
0:一般 0:単行本 16:キリスト教
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2015年3月1日
書店発売日
登録日
2015年4月3日
最終更新日
2019年11月22日
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紹介

本書は、青森とキリスト教の出会いを網羅的に扱ったものではなく、いくつかの事象を抽出して検証し、紹介したものである。多くの場合出会いは隠されている。それを知ろうとしてもわずかな「残像」をたよりに推察するしかない。

目次

第一部 青森とキリシタン
  第一章 津軽氏とキリシタン
    第一節 青森とキリシタンを結ぶ二つの局面
    第二節 津軽為信のキリスト教への接近
    第三節 津軽藩の成立
    第四節 イエズス会報告に見る津軽父子
    第五節 イエズス会報告に見る信建の受洗
  第二章 先行研究の概観
    第一節 シュタイシェン『キリシタン大名』
    第二節 浦川和三郎『東北キリシタン史』
    第三節 石戸谷正司「津軽藩候とキリシタン」
    第四節 高木一雄『東北のキリシタン殉教地をゆく』
  第三章 キリスト教接近の「動機」
    第一節 南部氏の怨霊
    第二節 怨霊と現世利益信仰
    第三節 時代状況
  第四章 キリスト教接近の「契機」
    第一節 問題の記述
    第二節 一五九一年前後の為信の動向
    第三節 高山右近との接触
    第四節 高山右近の役割
    第五節 ヴィセンテ修道士との接点
    第六節 名護屋での接点
    第七節 伏見での接点
    第八節 「契機」の小括
第二部 明治期における青森のキリスト者たち
  第五章 幕末から明治初期におけるキリスト教宣教の概観
    第一節 第二の出会いの背景
    第二節 カトリック、聖公会
    第三節 長老派、改革派
    第四節 ハリストス正教会
  第六章 弘前におけるメソジスト派の宣教
    第一節 本多庸一、菊池九郎、ジョン・イング
    第二節 政治への参加
  第七章 八戸におけるハリストス正教会の宣教
    第一節 源晟
    第二節 八戸光栄会
    第三節 政治活動、宣教の不振
  第八章 カトリックの宣教師たち
    第一節 マラン神父の東北旅行
    第二節 アリヴェ神父の受難
    第三節 宣教師の巡回
    第四節 アリヴェ神父のその後
第三部 青森飢饉とウェストン
  第九章 青森におけるウェストンへの顕彰
    第一節 青森ウェストン祭
    第二節 戸来家の顕彰活動
  第十章 ウェストンの生涯
    第一節 日本との出会い
    第二節 山と信仰
  第十一章 青森の飢饉と寄付活動
    第一節 明治三十五年の大凶作
    第二節 日本人の寄付活動
    第三節 ベルリオーズ司教の投書
    第四節 寄付活動をめぐる疑念
    第五節 疑念の背景
  第十二章 外国人による救済事業
    第一節 基金の設立と現地調査員の派遣
    第二節 ウェストン一行の調査と救済活動
  第三節 ウェストンのもうひとつの功績
◉あとがき
◉参考・引用文献一覧

前書きなど

 出会いはいつも偶然である。嬉しい出会いもあれば、傷つく出会いもある。われわれは、そのような大小様々な出会いの積み重ねによってのみ、自己の人生を豊かなものとすることができ、成長へと促される。そして、歩んできた道を振り返った時、偶然に過ぎなかったはずのいくつもの出会いが、決定的な意味をもっていたことに気づかされる。
 出会いはまた、常に具体的である。出会う両者それぞれが、個性をもっていることに加え、その地の気候、風土、生活習慣のあり様、またそれぞれの時代の特徴が反映されていく。そうした具体性により、出会いはユニークな事象を生み出す源泉となる。
 他方で、多くの場合、出会いは隠されている。とりわけ、出会いによって個人の内面に生じた変化は、その者の心の奥深くに沈み、それを知ろうとしても、わずかな「残像」をたよりに推測するしかない。歴史上のある人物が経験した出会いがどのようなものであり、その者にとって何を意味したかを探ることは、限られた道具をもとに、鉱脈を探して穴を掘る鉱夫の仕事に似ている。
 本書は、青森とキリスト教の出会いについて記したものである。(本書「まえがき」より抜粋)

版元から一言

 キリスト教が日本にもたされたのは1549年で、江戸幕府により禁教令が出されるまでは主にキリスト教は「西の国」で布教されました。そのため、歴史上の資料も「西の国」に関するものは多くあるものの、「東の国」、みちのくの地でのキリスト教の研究資料はごく少ないのではないかと思います。
 筆者は、様々な文献を調査し、青森県におけるキリスト者たちの残像を探し求めながら、その残像すらも消え果てぬうちに次代へつなぐ資料として残すべく、青森におけるキリスト者の足跡をまとめ上げたのが本書です。
 「西の国」のように歴史上強い光があたらなかった故に、その残像もかすかなものに違いないけれど、丹念に研究し、まとめ上げられた誠実な資料に仕上がっています。
イー・ピックス 熊谷雅也

著者プロフィール

木鎌 耕一郎  (キカマ コウイチロウ)  (

1969年、神奈川県生まれ。南山大学文学部哲学科、同大学院文学研究科神学専攻博士前期課程修了。八戸大学商学部助手等を経て、現在、八戸学院大学人間健康学部教授、弘前大学人文学部非常勤講師。専門は、キリスト教学、西洋思想。著書に『津軽のマリア 川村郁』(聖母の騎士社 2009年)、訳書に『聖なる住まいにふさわしき人 エディット・シュタイン列聖のドキュメント』(同 2002年)、科研費報告書に「エディット・シュタイン列聖をめぐるカトリックとユダヤ教の宗教間対話に関する研究」(2004~2005年度 若手B)、「エディット・シュタインの手紙公開をめぐる論争に関する調査と文献研究」(2007~2008年度 基盤C)がある。

上記内容は本書刊行時のものです。