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岐路に立つ魚類養殖業と小規模家族経営
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2020年10月14日
- 書店発売日
- 2020年10月14日
- 登録日
- 2020年9月4日
- 最終更新日
- 2021年3月25日
紹介
近年、日本漁業の縮小・衰退が声高に叫ばれるようになってきた。世界的な漁業の食料としての位置づけが高まりつつあり、世界的に漁獲量の上昇傾向が継続する中で、1980年代中ごろ1,200万トンの世界一の漁獲量を占めてきた日本漁業の漁獲量(その3分の1程度はマイワシが占めていた)は2016年には469万トンと、その地位の低下が著しく、“漁業後進国”と言われるような事態が進行している。そして、その原因のひとつに日本漁業の94%程度を占める家族労働力に依存した小規模な漁家経営にあるとする論調も見受けられるようになってきた。したがって、このような非効率的な小規模漁業経営を消滅させ、大規模化、あるいは企業化の方向性こそが日本漁業を再生する道であるとするキャンペ-ンが盛んに行われている1)。こうした主張が強まる中で養殖業においても小規模家族経営よりも規模の大きな企業的経営を政策の基調にすべきだという論調も強くなり、多数の小規模漁家経営による養殖業の在り方に基本的な疑義を投げかける論者も存在する。
このような状況の中で2018年6月に突如として、戦後70年間維持されてきた戦後漁業法の大改定案が水産庁より公表され、ほとんどまともな議論がなされることもなく、2018年12月に国会参議院での与党の賛成多数で改定案が通過した。これによって本書で述べている海面養殖業における漁業協同組合に優先的に免許が付与されてきた特定区画漁業権が廃止され、さらにこれまで免許の際の申請者の適格性の審査、優先順位を決定してきた海区漁業調整委員会の権限も大幅に縮小し、知事が直接、免許を与えるという方式に転換した。この方式は、民主主義が制限されていた戦前漁業法への回帰である。
こうした特定区画漁業権の廃止は、海面養殖への企業の直接的参入を促進させるところに狙いがあるが、漁村の自治、漁協の自治権を奪うものであることは明白である。もちろん私は、企業的経営が悪いといっているのではなく、経済民主主義の立場から現実に94%もの多数を占めている小規模漁家経営を切り捨てるのではなく、彼らを漁業生産力の担い手として位置づける必要があると考えているのである。漁村外企業の養殖漁場への利用に関しては、漁協が自主性を持って漁場利用の調整と管理が行われ、組合員の合意に基づく企業との契約がなされた上で、企業の進出が行われるのであれば基本的に問題がないと考えている。そのためには、戦後漁業法の特定区画漁業権が漁協に管理権を付与されることによって漁場利用に関する利用と調整に果たしてきた役割を積極的・肯定的に評価する必要がある。こうした法制度を消滅させた現在、地元漁業者、養殖業者と漁協がいかにして漁協と漁村の自治を維持していくのかは、今回の改定漁業法の中できわめて難しくなったと言わざるを得ない。
経済民主主義的立場から言えば、「漁業の成長産業化」というスロ-ガンの下に企業的経営、とりわけ大手の独占的企業経営が圧倒的多数を占める漁家漁業と比較して効率的かつ合理的であるとするのは日本漁業の現実を無視した暴論でしかない。非現実的・没歴史主義的な新自由主義的発想からの「企業こそが担い手であり」、「現行の法制度は経済成長を阻む岩盤規制にしか過ぎず」、「これを突き崩すことが必要」という発想は、あまりにも短絡的で無謀なものと言わざるを得ない。
日本は四方を海に囲まれ、古来から人々に豊かな海の恵みである、“おいしい魚、さまざまな海産物”を供給し続け、そして今日、食料供給のみならず国民に“安らぎと生活の潤いの場”として新たな多面的価値を持っている“海と漁村”の環境を保全していくためにも何世代にも渡ってその漁村で暮らしてきた“漁師の眼”が必要である。その“漁師の眼”をル-ル化し、民主化という戦後の大きな歴史的流れの中で結実したものが戦後の漁業法である。
本書では第5章の養殖漁村のいくつかの事例分析の中で小規模家族養殖経営の存続にとっての法制度的枠組みとしての特定区画漁業権によって自主的な「下からの改革」と管理が現実的に行われてきたことを考察している。こうした漁協管理による漁場の利用と民主的調整システムがどのようにして形成されてきたのかを学ぶことは現在の「漁業法の抜本的改定」が行われた状況のもとできわめて重要な意義を持っている。
このような考えから本書のタイトルを「岐路に立つ小規模家族経営と魚類養殖業」とした。現在なお続く厳しい経済環境の下で小規模であるが家族の働き手に支えられながら経営努力を続けている養殖経営も多数存在する。小規模家族養殖経営に光をあて今日の経済環境、とりわけ魚類養殖業の中でも多数の家族経営が層厚く存在するマダイ養殖業を対象に実証的に考察を進める。マダイ養殖業における小規模家族経営の存続条件を明らかにすることは、他の養殖魚種、沿岸漁業の担い手である沿岸小規模家族経営一般に対しても通じるものと考えられる。
小規模家族経営に焦点を充てる背景には、次のような事情もある。それは、今日、世界的に小規模家族経営が見直されつつあり、かつての規模の大きな企業的農業(漁業を含む)こそが生産の中心であるという時代は終わりつつあるということだ。2014年が「国際家族農業(漁業)年」として国連に公認され、国連世界食料保障委員会専門家ハイレベル・パネルによる「家族農業(漁業)が世界の未来を拓く-食料保障のための小規模農業への投資」の報告は、「小規模農業(漁業)のためのビジョンを基礎にした「小規模経営投資国家戦略」を提案している(「ここでいう農業には、耕種、畜産、林業、および養殖業が含まれる(p20)」)。さらに2019年から10年間を「家族農業(漁業)10年」と決議を行った。こうした国連での動きによってもわかるように、今や小規模家族経営の存続は国家戦略として世界的な共通認識となりつつある。
(はじめに)より
目次
岐路に立つ魚類養殖業と小規模家族経営
~マダイ養殖業の市場構造と産地・養殖経営動態の実証的分析~
はじめに
分析の順序
序 章
第1節 課題
第2節 分析視角と方法
第3節 従来の魚類養殖業の経済・経営研究の整理
―何がどう分析されてきたか―
第4節 序章のまとめ
第1章 養殖マダイの市場構造
第1節 市場拡大と現段階
第2節 養殖マダイの価格問題
第3節 卸売市場と価格形成
(1)養殖マダイ鮮魚
(2)養殖マダイ活魚
(3)愛媛県の供給力の優位性を支えている条件
第4節 末端消費とス-パ-流通
(1)家庭内消費の動向と地域性
(2)市場流通から見た地域性
(3)ス-パ-の販売と末端流通
第5節 第1章のまとめ
第2章 大手中間流通業者の競争構造と流通の組織化
第1節 大手中間流通業者間の競争構造
(1)養殖マダイ鮮魚の市場の寡占化
(2)養殖マダイ活魚市場の独占的競争
(3)小括
(補)大阪市中央卸売場の動向
第2節 大手中間流通業者と流通の組織化
(1)大手中間流通業者=大手産地問屋
-ヨンキュウ(株)の事例-
(2)漁業協同組合連合会系統組織
-三重県漁業協同組合連合会の事例-
第3節 その他の中間流通業者の経営対応
(1) H水産の事例
(2) O社の事例
第4節 第2章のまとめ
第3章 “むら”と漁業協同組合に関する理論的諸問題…
-養殖漁村を分析する方法論に関して-
第1節 “むら”と漁業協同組合
(1)はじめに
(2)漁村社会学における共同体論
(3)漁村共同体と漁業協同組合
(4)漁業経済学分野での共同体論
(5)小括
第2節 魚類養殖業と法制度
(1)特定区画漁業権と漁業協同組合
(2)養殖漁場の環境保全と「持続的養殖生産確保法」
第3節 漁村地域の再生と漁業協同組合の機能
(1)漁村地域の現状
(2)開発政策と農山漁村
(3)漁村地域と内発型的発展論
(4)地域再生と漁業協同組合の機能
(5)小括
第4節 第3章のまとめ
第4章 魚類養殖業とマダイ養殖業
第1節 概観
第2節 魚類養殖業の階層構造とマダイ養殖業
第5章 マダイ養殖業の展開と産地構造
第1節 生産・供給構造-第Ⅲ期2000年以降-
第2節 養殖漁村の危機と小規模家族経営
第3節 マダイ養殖産地の構造
1.大型産地-愛媛県-
(1)愛媛県内の産地構造
(2)家族経営中心の2つの漁村
-遊子漁協地区と吉田町漁協地区
(3)遊子漁協地区の事例-漁協管理型養殖漁村-
(4)吉田町漁協地区の事例
-小集落共同体自治を基盤とした養殖漁村-
(5)企業型養殖経営の漁村
2.小規模産地―三重県-
(1)三重県内の産地構造
(2)事例養殖漁村の概要
(3)志摩・度会地域の養殖漁村
1)「伊勢まだい生産者部会」-共同出荷型協業組織
2)古和浦漁協地区の事例
-共同体的平等原理に基づく小経営維持型
(4)熊野灘地域の養殖漁村―三木浦地区の事例
小企業的・小規模経営併存型
第4節 第5章のまとめ
(1)愛媛県と三重県の位置づけ
(2)愛媛県の小規模家族経営
(3)三重県の小規模家族経営
(4)三重県の協業型販売組織の現段階的意義
第6章 総括と展望
(1)養殖マダイ市場構造の現段階(第Ⅲ期)
(2)市場の独占的競争と寡占化
(3)インテグレ-ションと漁協の対応
(4)小規模家族経営の存続条件と漁協の役割
(5)養殖漁村地域の再生と漁業協同組合
あとがき
上記内容は本書刊行時のものです。