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東南アジア、日本の水産技術協力
- 出版社在庫情報
- 在庫僅少
- 書店発売日
- 2020年3月10日
- 登録日
- 2020年1月7日
- 最終更新日
- 2024年9月25日
目次
はじめに
第1章 水産分野における国際協力と課題
1.はじめに
2. 水産外交から出発した国際協力
3.複雑化する国際協力の現場
4.SDGsの実現を目指した新たな指針
第2章 淡水養殖業の普及にみる日本の水産協力の新たな発展
1.普及からのアプローチ
2. カンボジア王国、
淡水養殖改善・普及計画(FAIEX-Phase I)
―農民間普及の成功体験とモデル化-
3.マダガスカル、北西部マジュンガ地区
ティラピア養殖普及(PATIMA)
-脆弱な普及システム下の農民間普及―
4.ラオス、南部山岳丘陵地域
生計向上プロジェクト(LIPS)
―クラスター・アプローチと融合した養殖普及―
5.農民間普及を利用した淡水養殖普及の意義
第3章 貧困農村地帯における淡水養殖の振興
―養殖未発達地域における種苗生産経営の育成―
1.はじめに
2.FAIEXの経験を踏まえた農民間普及の前進
3.種苗の需要拡大と種苗生産経営の安定
4. 淡水養殖業の多面的発展と産業化
第4章 フィリピン沿岸域資源管理と広域管理組織の展開
―イロイロ州バナテ湾・バロタックビエホ湾の事例 -
1.はじめに
2.広域資源管理組織の課題と調査
3.BBBRMCIの組織と活動
4.沿岸域管理の地方自治体への回帰
第5章 沿岸域資源管理における広域連携組織と漁村組織の連携
―BBBRMCIの経験を踏まえて-
1.はじめに
2.バナテ町におけるBFARMCの活動
3.バロタックビエホ町におけるBFARMCの活動
4.BBBRMCIの活動の成果と限界―BFARMCの視点から-
第6章 沿岸域資源管理と監視体制
―バンタイ・ダガットへの期待と現実―
1.はじめに
2.イロイロ州の沿岸域管理と取り締まり活動
3.バロッタクビエホ町のバンタイ・ダガット
4.バナテ町のバンタイ・ダガット
5.アニラオ町のバンタイ・ダガットとMPA管理
6.参加型の沿岸域資源管理の成果と限界
第7章 住民参加と地域社会への貢献
1.水産分野における国際協力の意義
2.淡水養殖振興にみる技術協力のパッケージ化の成果
3.持続的な沿岸域資源利用と管理体制の確立
4.地域及び住民のニーズにあっていたか
あとがき
索引
図・表・写真一覧
前書きなど
はじめに
第2次大戦後、日本は水産分野における国際技術協力を積極的に進めた。それは食料増産の必要性を背景に、自国の遠洋漁業船団が操業するための漁場を確保する狙いから、企画・実施されたという経緯がある。今でも当時の名残を色濃く残す国際協力の場面、関係者の発想に出くわすことがある。
しかし、1970年代から90年代にかけて、アジア開発途上地域から日本の技術協力に対する要請内容には大きな変化がみられた。漁撈技術に対する要請が激減し、養殖業の振興、水産開発に必要な科学技術分野での協力、高度な食品製造業に対応する技術の移転、食品の安全衛生に関する調査研究、資源管理や水産業振興に関する政策、漁港・市場などのインフラ施設への投資と管理、総合的な漁村振興方策など、要請内容はしだいに複雑多岐になっている。今日では水産分野独自の技術協力よりも、地域社会への貢献に関わる内容、自然環境と調和させた水産業の発展を目指した技術協力にシフトしている。
一方、日本では水産業及び関連産業の衰退が著しく、国際協力の場で中核的な役割を果たしてきた高度専門技術者の数が激減し、食品関連産業でも以前のように現場に即応できる科学的知識と技術をもつ人材は少なくなった。水産系の大学・学部で教育を受ける学生はその数が減り、卒業しても水産分野に就職する割合は低下する一方である。日本の水産分野に従来型の国際協力に携われるほどの人材はもはやない、と言える。
政策・行政分野でも同様である。確かに日本の水産政策及び行政による、水産業及び関連産業の振興に関する経験・知見の集積は膨大である。かつては、その一部がアジア開発途上国の水産開発に貢献する場面が見られた。だが今日、アジア開発途上国はもとより、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどの水産先進国に対し、政策的助言で影響力をもつのは欧米諸国である。水産業及び関連産業の分野における国際協力は、もはや個別産業分野の科学的知識や技術的蓄積だけで成り立つものではなく、高度に発展し、複雑化したグローバル経済システムのなかで機能する総合的なものが求められている。残念ながら、日本の水産分野の技術協力で対応できるレベルをはるかに超えている。
技術分野にしても政策・行政分野にしても、現在では、中国及び東南アジアによって構成される東アジア水産先進地域から日本が学ぶべき分野や事柄のほうが多くなっている。これらのアジア水産先進国は、従来の枠組みにこだわらない最新の科学的知見や技術を導入し、産業を動かしていく際に求められる様々な世界標準に対して柔軟に対応している。最近では、日本が持ち込もうとする技術協力が、時代遅れ、的外れであるとの認識を抱かれることは少なくない。
本書を企画した背景には、以上のような筆者の事実認識と問題意識が強く働いている。
日本の水産分野の技術協力が相手国の実情や要請に合致しにくくなっているのは確かである。だが、地域漁業の振興や貧困削減といった相手国の主体性を踏まえた分野では十分に貢献する場面はまだある。それは水産分野というより、水産業を含む地域社会に関する協力であることが多いように思う。本書が扱うのは、そうした分野の技術協力のプロジェクトの活動内容である。ただ、地域社会に関する支援内容には社会文化的な要素が色濃く反映されるため、プロジェクトの案件形成や運営には想像以上の難しさがある。
日本の技術協力プロジェクトの計画・実施過程に関する分析、さらには事後評価手法やその妥当性に関する研究は少なくない。また、JICA(国際協力機構)、開発援助機関、さらにはNGOが行うプロジェクトの案件形成の際に行われる開発調査や事前評価は、そのマニュアル化が進み、地域の複雑な事情や対象分野の問題状況は把握しやすくなっている。ただ、PDM(Project Design Matrix)等には盛り込まれにくい対象地域の社会文化的な事情、対象資源及びそれをとりまく生態系がもつ特徴、さらには受け皿(カウンターパート)の抱える事情は様々である。水産分野ではそれらの与件をどのように扱うか、体系だった議論がなされていないようにも思われる。
本書は、筆者が関わることができた水産分野の国際協力プロジェクト等の形成過程の特徴を分析し、当該地域の水産業及び漁村社会の発展にいかに貢献したか(貢献できなかったかも含む)、を明らかにすることを企図したものである。
本書の構成は大まかには三つによって構成される。
事例分析に先立って第1章では、2010年にJICAが設定した課題別指針をもとに、日本の水産分野の技術協力の特徴を分析した。漁業(水産)開発から漁村開発へとシフトした戦略がとられるようになり、漁村の振興を軸に、水産資源の保全管理の活動を組み立てるという枠組みになった。この段階では、技術協力の成果を持続的にするために、キャパシティー・ディベロップメントが重視されるようになった。
2章及び3章は、従来の淡水養殖普及支援と異なり、淡水養殖普及の実質的な担い手になる種苗生産農家を対象にした技術協力を取り上げた。農民間普及(Farmer-to-Farmer)の手法を応用しながら彼らが周辺農家に種苗を安定的に供給し、あわせて飼養及び池管理技術などを普及する。いわゆる、地方分権型の水産業振興と生計向上活動を組み合わせた技術協力である。カンボジア、ラオス、マダガスカルの事例を取り上げた。農民間普及の手法が養殖分野にマニュアル化されて、国際協力の現場で活かされた点に大きな特徴がある。
4章と5章では、フィリピンのパナイ島にて実施された「イロイロ州地域活性化・LGUクラスター開発プロジェクト」を対象に、その成果を多角的な視点から検討した。フィリピンでは、地方分権化が進み、様々な権限と責任が地方自治体(Local Government Unit、 LGU)に委譲されている。しかし、規模の小さいLGUが単独で沿岸域管理を実施するのが難しいため、複数のLGUが協力して資源管理組織を設立する動きがあった。また、半閉鎖性海域など隣接するLGUが共同で管理しなければならない海域では、こうした連携が効果的と判断された。プロジェクトが支援対象とした、バナテ湾・バロタックビエホ湾の資源管理組織はLGUの水産行政を担い、広域管理を行った。なお、筆者はプロジェクト開始前から、そして終了後も、この地域で長年にわたって定点調査を続けている。より包括的に日本の技術協力の貢献を検討できる位置にいる。
第6章は、バナテ湾、バロタックビエホ湾で実施されている沿岸域資源管理に関わる取り締まり活動を対象にした調査分析である。沿岸域での違法操業が絶えない地域では、資源利用計画を策定するよりも取締の強化を優先すべきだとする意見が少なくない。また、取締のあり方はしばしば地方政治の争点になり、同地で実施されたJICAプロジェクトにも少なからず影響を与えた。違法漁業をどのように取り締まるかについて合意を得ることは容易ではない。自治体の沿岸域資源管理計画に取締体制の充実が含まれてはいるが、監視機関(バンタイ・ダガットと呼ばれる)には十分な装備も、取締船すら持たないことがある。ただ、十分な体制が整っていないなかでも、沿岸域資源の持続的利用の実現を社会正義ととらえて活動を続ける人々や組織がある。本章は、バナテ湾、バロタックビエホ湾の沿岸域資源の利用実態を監視活動の視点から紹介し、JICAプロジェクトの位置付けを考えてみたい。
第7章はまとめである。本書が取り扱うのは、日本が世界各地で実施してきた水産分野の技術協力のほんの一部にすぎないが、今後の水産協力のあり方を検討する際の助言のようなものを含めてみた。参考にしていただければ幸いである。
これまで国際協力の現場では様々な方々にお教えいただき、中でも、JICAで水産関係のプロジェクトに長年にわたって携わってこられた方々には大変お世話になった。開発途上国の水産業と漁村社会についてはもとより、技術協力の進め方、プロジェクトの組み方など、多岐にわたる内容を学ぶことができた。
なお、本書を作成するにあたり、国際協力の現場に私が立ち会い、経験したプロジェクト活動の一端から得た内容をもとにしている。ただ、本書で紹介するプロジェクトについて分析する視点も内容も、私の責任の範囲内にとどまるものである。
上記内容は本書刊行時のものです。