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唐辛子に旅して
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2019年3月31日
- 書店発売日
- 2019年3月31日
- 登録日
- 2019年2月24日
- 最終更新日
- 2019年8月5日
目次
Ⅰ はじめに
Ⅱ 日本
1 こしょう?なんばん?
2 なないろとうがらし
3 薩摩蕃椒
4 花岡胡椒
5 三島村黒島は唐辛子の産地だった?
6 種子島・屋久島の唐辛子利用―魔除け・湿布―
Ⅲ 植物学的な視点から
1 獅子唐のあたり
2 クロタネトウガラシ
3 Roketeはロケット?それとも
4 ブートジョロキアはどこからきた?
5 東南アジアに唐辛子の栽培種五種がすべて分布?
Ⅳ 文化的側面に着目して
1 おしりホカホカ
2 すっぱがらい
3 酒と唐辛子の関係(餅麹・ヤシ酒)
4 媚薬かはたまた毒薬か
Ⅴ おわりに
Ⅵ 参考文献
前書きなど
なぜ唐辛子を研究しているのですか?とよく聞かれます。しかし、そのはじまりに特段の理由はありませんでした。作物の起源や伝播に関する研究になぜか無性に魅かれ、とにかく海外へ調査に行ってみたかった。これが原動力です。「キダチトウガラシを研究材料としてみてはどうか」という指導教員からの一言がきっかけで、いつの間にやら唐辛子を一五年以上研究してきました。そして、唐辛子を研究し始めて、その奥深さに気付いたのです。
農学系ですと、研究成果を学術論文として発表することが重要となります。しかし、学術論文を書くときは、できるだけ余計なものを切り捨てて、より単純に、より明解に、そして恣意的な結論にならないように気を付けなければなりません。そのため、海外調査中のおもしろかった体験や、失敗談、脇道にそれる話などを公表する機会があまりありません。そこで、私は鹿児島大学国際島嶼教育研究センターに赴任してから、同センターの広報誌である『島嶼研だより』に「連載 とうがらしに旅して」と題して、よもやま話を寄稿してきました。本書は、寄稿した一八回分の原稿に加筆修正を加えてまとめたものです。
さて、唐辛子とは植物学的にどのようなものなのでしょうか。唐辛子(トウガラシ属植物)は中南米原産のナス科(Solanaceae)植物で、日本で栽培・利用されている唐辛子のほとんどが植物学的にトウガラシ(Capsicum annuum)に属します。辛い品種としては鷹の爪や八房など、辛くない品種としてはピーマンや獅子唐(ししとう)、パプリカなど、食べたことや聞いたことがあるのではないでしょうか。南西諸島や小笠原諸島では、トウガラシとは別種のキダチトウガラシ(C. frutescens)も栽培されており、その果実は非常に辛く、独特の香りや風味をもつことが知られています。沖縄ではキダチトウガラシの果実を泡盛に漬けた調味料「コーレーグース」が沖縄ソーキそばやアシテビチ (豚足) などの薬味に利用されています(写真1)。その他に約二〇種以上の唐辛子が中南米を中心に分布していますが、日本ではそれらを利用することはほとんどありません。
それでは唐辛子は日本へどのように伝わってきたのでしょうか。一四九三年コロンブスが唐辛子を新大陸からヨーロッパへ初めて伝えた後、インドへは一五四二年に、中国へは明朝末期(一六四〇年頃)までに唐辛子は伝わったとされています。唐辛子の日本への伝来時期については、①天文年間(一五三二~一五五五年)、②文禄年間(一五九二~一五九六年)、③慶長年間(一五九六~一六一五年)など諸説ありますが、遅くとも一六世紀には日本へ伝来していたと考えていいでしょう。
以上のように、唐辛子は大西洋を渡ってヨーロッパ・アフリカ・インド・東南アジアを経由して日本へ伝播したと基本的には考えられていますが、私たちが行ってきた植物学的・遺伝学的な研究から「太平洋伝播経路」があったかもしれないことがわかってきました。一六世紀中葉から一九世紀初頭かけてフィリピンのマニラとメキシコのアカプルコとの間でガレオン貿易が行われていたことを考慮すると、唐辛子の一部は新大陸からオセアニアを経由してアジアに伝播し、東南アジア・東アジアの島嶼部を「島伝い」に広がっていった可能性が高い、というものです。この仮説がより強固なものになれば、新大陸起源の作物であるトウモロコシやトマト、カボチャ類、パパイヤ、タバコなどについても「太平洋伝播経路」を再度検証する必要がでてきます。
ここまで読まれて、既にお気づきの方もおられるかもしれません。「唐辛子」という表記についてです。普通はトウガラシと書くと思いますが、植物学的にはトウガラシは一つの種を指すため、本書では、ある地域における呼称や商品名などを除き、すべての種を含めた総称として「唐辛子」を用いたいと思います。
前置きが長くなりましたが、さあ、唐辛子のよもやま話の旅に出かけましょう。
上記内容は本書刊行時のものです。