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ルイザ・メイ・オルコットの秘密 廉岡 糸子(著) - 燃焼社
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ルイザ・メイ・オルコットの秘密

発行:燃焼社
A5判
縦216mm 横163mm 厚さ18mm
重さ 500g
230ページ
上製
価格 2,300円+税
ISBN
978-4-88978-119-9
Cコード
C0098
一般 単行本 外国文学、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2016年1月
書店発売日
登録日
2015年10月19日
最終更新日
2016年4月11日
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紹介

本書ではオルコットの作品群の中から煽情小説、戦時報告書、リアリズムの小説、少女小説などから主に10作品を選んだ。そしてある物語では密かに、またある物語ではおおっぴらに語られるオルコットの「もくろみ」に焦点をおいた。もっとも作品数を限ったためオルコットの意図を充分に述べていないことになろうが、ともあれオルコットを「子どもの友」といったイメージだけでは括れない作家であることを知った。煽情小説ではヒロインが「家庭の天使」を装いつつ狙った男性や周りの人々をペテンにかける様子が鮮やかに描かれていて、刺激的なお楽しみが詰まっている。しかしその物語の根底にあるのは女性は結婚して男性に依存する以外に生きる術がないこと、結婚出来ない場合貧しさにあえぐ状況に陥る女性がいること、「家庭の天使」礼賛はファム・ファタールの温床になることなどだった。かれらは父権的な社会が女性に与える闇に憤り、その不条理に闘いをしかけたのである。  
 ヒロインが闘うことはリアリズムの小説においても同じで、娘たちは人をペテンにはかけないが、地道に生きながら社会が女性に求める規範に闘いを挑んでいる。かれらはファム・ファタールの対極にいるが、守るべき大勢の慣習に逆らっているのは確かだ。『レディとウーマン』のケイトを原点に娘たちは「家庭の天使」の仮面をかぶることなく己の意志を尊重し積極的に行動する。娘たちは「おばかさん」の理想の女性を受け入れず、自分の人生が如何にあるべきか、女性としてどのように生きるべきかを考える。「私の奉公体験」のルイザ、『病院のスケッチ』のトリブ、『若草物語』のジョー、『仕事』のクリスティはケイトが姿を変えたものだ。かれらは皆「家庭の天使」を余所に、己が正しいと信じる道を歩む気概がある。端的にいえば、本書で取り上げたヒロインたちは煽情小説であれリアリズムの小説であれ、皆、女性に抑圧的な社会に挑戦する女たちだ。
 伝統的な生き方に従わないヒロインはオルコットに限らず数多の女性作家のペンから生まれている。例えば先に述べたファニー・ファーンやサウスワースらは理想の女性に背く女たちを描いた。因みにオルコットが敬愛するナサニエル・ホーソン(一八〇四~一八六四)がファーンの『ルース・ホール』を読んだ時次のような手紙を出版社に送った。「慎み深さという制約をかなぐり捨てて、いわば素っ裸で大衆の前に出てきたときには、女性の本は確かな質と価値をもつことになります」と。しかしオルコットは、煽情小説は別として、他の作品では終生「慎み深さという制約」を捨てることが出来なかった。彼女と違ってファーンもサウスワースもそんなことなど何処吹く風だ。一八五〇年にサウスワースの精神的な自伝といわれる『捨てられた妻』が『サタデイ・イヴニング・ポスト』誌に連載された時、編集長は次のような手紙書き送った。「若い人にもお年寄りにも読んでもらえるような、つまり、家庭の居間やテーブルの上に置けないものを作家がー小説家と言うべきでしょうがー書いてもいいとお考えですか、あなたは?」これは父ブロンソンがルイザ・オルコットに、ベア氏がジョー・マーチに宛てた手紙だと思い違いしそうだ。 しかしサウスワースは態度を変えなかった。彼女は夫が蒸発し、堪え忍ぶだけの人生に疑問を抱き、実際の生活と理想との間にあるギャップを身をもって経験していた。それ故編集長の不満など聞く耳を持たなかったのだろう。オルコットもサウスワースと同じ人生観を持っていた。しかし彼女は、『若草物語』が作り上げた家庭小説・少女小説の作家としてのイメージ守ることに終始し、煽情小説執筆の筆を断った。このジャンルで作家の力量を遺憾なく発揮したオルコットを思えば残念な決断だった。彼女が実名をおおっぴらに使い、「父に忠実な娘」の呪縛を解き放って、自由な精神で思うままに「がらくた」を書き続ければ、さらに興味深い小説を物にすることが出来たかもしれない。しかしスターンが指摘するように恐らく「オルコットが『若草物語』とともに入り込んだ場所は心地よすぎてそこを立ち去ることは出来なかった」のだろう。
 それはそれとして「もくろみ」を担ったジョーは自立を求める「アメリカ女性の神話そのもの」になっていること、またこの作品が「アメリカの女性作家の作品に影響を与えている」こと、正続の『若草物語』は出版以降長年に渡って名作の地位を保っていることをオルコットは想像し得ただろうか。 彼女は『若草物語』でようやく「慎み深さ」を可能な範囲で振り切り、ジョーの苦悩や独自の生き方を求める様子を自然な流れにのせて真摯に語った。当然のことながら、男性にああしろ、こうしろと権威づくで指導されて書いた物語ではなく、「男性が書くようにではなく、女性が書くように書いた」のである。そして煽情小説執筆の際には「慎み深さ」を捨て去って、男性が賛美する理想の女性を思いのままに転覆させて読者と彼女自身を楽しませたのである。

目次

まえがき

第一章 不撓不屈の右手

第二章 煽情小説
    【がらくた】への傾倒
     鬱憤ばらし
    「私の奉公体験」――煽情小説の原点となった短編    
      デダムの屈辱     
「暗闇の囁き」
      世間知らず
独房 
警告
     「V,V. 策略と対抗策」
      起死回生
誘惑のテクニック
ファム・ファタール
   「仮面の陰で 女の力」
ガヴァネスの怒り
手玉にとられる男たち 
本音とペテンの狭間
女の底力       
結婚と金勘定
    「暴君馴らし」
手なづけられる王
    『愛の果ての物語』
悪魔に魂を売る

第三章 南北戦争時における病院の現状報告
    『病院のスケッチ』
      ユニオン・ホテル病院 
親族の願い

第四章 リアリズムの小説
    『気まぐれ』
気まぐれの連鎖
覚醒
      世慣れた助言
    『仕事 経験の物語』
      仕事への希求 
恋愛、結婚、天職
      絶望の淵で
先進するルース・ホール

第五章 少女小説
    『若草物語』『続若草物語』
      マーチ家の娘たち
ジョーと煽情小説
      ジョーとベアの結婚
ジョーの先達たち

あとがき

参考文献

前書きなど

ルイザ・メイ・オルコット(一八三二~一八八八) は『若草物語』(一八六八年)と 『続若草物語』(一八六九年)の著者として、特に児童文学の分野で広く世に知られている。正続の『若草物語』はマーチ一家を描いていて、母マーチ夫人に見守られる四人姉妹メグ、ジョー、ベス、エイミーの心の葛藤やかれらの日常生活が描かれている。この作品はオルコット家の初期の暮らしを題材にしたもので、思春期のオルコット自身と彼女の三人姉妹の物語である。続編も母娘の暮らしが語られるが、それに加えて娘たちの結婚へのプロセスも描かれている。いずれもフィクションではあるが、そこに書かれたマーチ家の人々や一家の日常に起こる出来事は概ねオルコット家の人々が実際に経験したことに基づく自伝的な物語である。
 もっとも『若草物語』は二巻で終わらず、さらに『 リトル・メン 』(一八七一年、『第三若草物語』)と『ジョーズ・ボーイズ』(一八七六年、『第四若草物語』)などが加わってシリーズものになっている。これらの物語にも続編で亡くなるベス以外の三姉妹の結婚後の姿が描かれている。しかしそこに焦点は置かれず、特にメグとエイミーは物語に点在する存在に過ぎない。また初めの正続編の中心的なヒロインであったジョーですら脇に退いている。『 リトル・メン 』はジョーが開いた学校で学ぶ少年たちが主人公になっており、その中で現実にオルコットの父親ブロンソン・オルコットが唱える教育理念を実践するジョー夫婦とさまざまな資質を持つ少年たちの姿が描かれている。最後の『 ジョーズ・ボーイズ』は『 リトル・メン 』に書かれた少年たちが青年に成長した姿とその動向が物語の中心で、いずれも正続の『若草物語』と違って自伝的要素は消えている。
 初めの二巻の『若草物語』は人気を博し、数ある家庭小説・少女小説の中で代表的な作品となっている。家庭小説とは家庭を舞台にしてヒロインの日常やその中で生じる出来事や精神的成長などを細々と描くもので、大まかに言えば大人の女性を主人公にしているのが家庭小説、少女を主人公にしているのが少女小説に分けられる。とはいうものの『続若草物語』になると娘たちの結婚が大きなテーマになっているので少女小説とは言い切れず、家庭小説と呼ぶ方が相応しいかもしれない。実のところ『若草物語』に関しては二つの境界線はあいまいでいずれを使ってもよいとも思われるが、『若草物語』のシリーズは特に少女の読者ために書かれたことを思えば、少女小説ととらえてもいいだろう。初めの二つの物語はひとつにまとめられて幾度も映画化され、日本でもアニメ化されており、原作を読まない人にも『若草物語』は名作として知られていると思われる。
『若草物語』以前にもオルコットは子どものための物語を書いており、初期のものとしては『花のおとぎ話』(一八五四年)があげられるが、本格的に少女小説に取り組んだのは『若草物語』以降である。主な作品は『昔気質の一少女』(一八七〇年)『八人のいとこ』(一八七五年)『花ざかりのローズ』(一八七六年)『ライラックの花の下』(一八七八年)などだ。これらは『若草物語』の人気の波に乗って、かつては多くの読者を獲得しており、オルコットは児童文学の作者として生涯揺るぎない地位を保つ作家になった。しかしその実彼女は少女小説執筆にそれほど意欲を持っていたとはいえない。だが、正続の『若草物語』の成功は否応なくオルコットが少女小説の作家であることを強いる結果となり、「若い人のために物語を書くアメリカで最も愛されている作家」とか「子どもの友だち」として、少なくとも一九四〇年代初期まで児童文学作家の範疇から出ることはなかった。
 ところが『若草物語』発表以前の一時期オルコットが最も没頭して書いた物語群があることが明らかにされた。それは大人向けのロマンス、スリラー、煽情小説(sensation fiction)、サスペンスなどで、主に一八六三~六九年の間に書かれている。しかし邦訳は少なく、今以て馴染みのある作品とはいえないだろう。これらの埋もれていた作品群は一九四〇年代初めにレオナ・ロステンバーグとマデレイン・スターンによって見出された。そして ロステンバーグ は一九四三年に「匿名及び筆名によるルイザ・M・オルコットのスリラー」と題する論を発表した。しかし作品群が復刻されるまでにはかなりの年月を要し、一九七〇年代半ばまで待たなければならなかった。 スターンがこれらの作品を編集し、まず一九七五年に『「仮面の陰で」ルイザ・メイ・オルコットの知られざるスリラー集』(Behind a Mask: The Unknown Thrillers of Louisa May Alcott)、その翌年に『「V.V.あるいは策略と対抗策」: ルイザ・メイ・オルコットの知られざるスリラー集』 (V.V. Plots and Counterplots:More Unknown Thrillers of Louisa May Alcott ) が出版され、オルコットの新たな世界を知ることになる。他にもスターン編のそれまで発表された作品も含めた二九話からなる『仮面を剥ぐ ルイザ・メイ・オルコット スリラー集』(Louisa May Alcott UNMASKED Collected Thrillers, 1995)やオルコットがフェミニストであることが顕著な四つの物語を選んだ『フェミニスト オルコット』(The Feminist Alcott, 1996)もある。またエレイン・ショウォールター編の『もう一人のオルコット』(Alternative Alcott, 1997)などがあって、このジャンルの小説がどっと世に出た。これらは短編、中篇が主流で、代表作は「暗闇の囁き」(一八六三年)「 V.V. あるいは策略と対抗策」(一八六五年)、「仮面の陰で あるいは女の力」(一八六六年)などで、そこには『若草物語』では見られない煽情的な要素――陰謀、嫉妬、復讐、殺人――が描かれている。その多くはサスペンス調の軽いお楽しみの読み物として書かれたのだが、作品の根底には一九世紀を生きる女性の苦悩、憤り、恨みなどが通奏低音として流れている。そこに当時の女性観に対するオルコットの視点を読み取ることが出来る。 もっともこのジャンルに長編の『愛の果ての物語』(一九九五年)もあるが、これは他の物語と違って男性に向ける女性の憤りがおおっぴらに描かれていて出版されると『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーのリストにあがった。
 煽情小説以外にも一八五二~六〇年の間に発表された作品を集めた『ルイザ・メイ・オルコットの初期の物語集』も出版され、そこには短編の家庭小説やフェミニズムを意識した物語などがある。もっとも大人向けの作品が全て煽情小説や家庭小説というわけではなく、オルコット自身の従軍看護師の一時期を綴った『病院のスケッチ』(一八六三年)は彼女が病院で経験した事実に基づくレポートである。そこには南北戦争で傷つき病んだ兵士たちと看護師を中心に病院の実態が描かれている。またリアリズムの小説に『気まぐれ』(初版一八六四年、改訂版一八八二年)や『仕事 経験の物語』(一八七三年)などがあり、前者は一時の気まぐれに左右されるヒロインの言動や結婚を、後者は女性と仕事及び働く女性の実情などが描かれ、働く女性が遭遇する当時の現実や女性が抱える問題に焦点が置かれている。この作品はオルコットが現実に根差した小説執筆に挑戦したことを示してる。彼女の作品群を概観してみると大まかに次の三つのジャンルに分けることが出来る。

① 短編・中編の大人向けの家庭小説やロマンス、スリラー、サスペンスを含む煽情小説。
② 経験に基づく報告書や女性の現実を描くリアリズムの小説。
③『若草物語』を初めとする少女小説。
   
もっともオルコットは物語や小説ばかりでなく詩も書いているが、本書ではオルコットの創作活動の中心であった散文の作品群から、特にオルコットが秘密にしていた「もくろみ」が顕著な物語や小説を選び、その意図を明らかにしていきたい。ここでいう「もくろみ」とは一九世紀のアメリカの家父長制社会が作り上げた理想の女性像への抗議である。当時イギリス社会が礼賛する「家庭の天使」はアメリカにおいても女性の理想とされたが、オルコットはそれを受け入れることは出来なかった。「家庭の天使」とは純潔、従順を旨とし、自己犠牲を厭わず、深い信仰心を持つ天使のような女性を意味する。中でも美徳として最も尊ばれたのは自己犠牲で、理想の女性は己の意志や情熱、怒りや野心とは無縁の存在でなければならなかった。 
オルコットはそんな女性観を視座において当時の女性が直面する不条理を明らかにすることを「もくろみ」、それを時に秘やかに、時に露わに作品に織り込んだのである。では彼女はどのように父権社会が作り上げた「家庭の天使」に疑義を呈しているのだろうか。具体的に彼女が秘密にしている「もくろみ」とはどのようなものなのか、さまざまな作品を通して明らかしていきたい。だが、作品を取り上げる前に、まずオルコットの生涯を日記をたどりながら見ておきたい。

著者プロフィール

廉岡 糸子  (カドオカ イトコ)  (

梅花女子大学名誉教授
 著書  『シンデレラの子どもたち』(阿吽社)『大胆不敵な女・子ども』(燃焼社)
     『少女たちの冒険』(共著)(燃焼社)
 共訳書 『赤頭巾ちゃんは森を抜けて』(阿吽社)『家なき子の物語』(阿吽社)

廉岡 糸子  (カドオカ イトコ)  (

梅花女子大学名誉教授
 著書  『シンデレラの子どもたち』(阿吽社)『大胆不敵な女・子ども』(燃焼社)
     『少女たちの冒険』(共著)(燃焼社)
 共訳書 『赤頭巾ちゃんは森を抜けて』(阿吽社)『家なき子の物語』(阿吽社)

上記内容は本書刊行時のものです。