版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊 ラノベ
いのちき まつばら まなぶ(著/文) - 石風社
.

いのちき 松原農園だより

発行:石風社
四六判
縦188mm 横128mm 厚さ20mm
255ページ
並製
定価 1,200円+税
ISBN
978-4-88344-291-1
Cコード
C0095
一般 単行本 日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2019年11月15日
書店発売日
登録日
2019年10月18日
最終更新日
2019年11月5日
このエントリーをはてなブックマークに追加

紹介

生き難い世の中をいかに豊かに、楽しく生きるか――

公務員を辞め、新規就農して平飼い養鶏をはじめた家族の、楽しくも悪戦苦闘の日々が描かれます。

著者は宮崎県北浦町にて松原農園を運営し、「松原農園通信」という小冊子を2013年3月から毎月発行しています。

本書には、養鶏や稲作、自然農法など農業に関わるものをはじめ、子育て、教育、家族と地域との連携といった、幅広く暮らしに関わるものなど、5年にわたって重ねられた著者の思考と実践の軌跡が、エッセイという形でまとめられています。

目次

いのちの輝き 二〇一三年
地域と共存する農業/息子のつくえ/地域の皆さんに生かされて/子育て/テレビ取材/子供は好奇心でいっぱい/自家のお茶/環境は作られる/ムカデにかまれた/石拾い/田舎暮らしで真の豊かさ実感/たまごの話/お米がみのる/夏休み/上杉鷹山に学ぶ/働く子供/気ままなニワトリ/いのちの輝き/子供の環境/今年を振り返って

豊かさ 二〇一四年
余剰産物の利用が「豊かさ」につながる/買った方が……/楽農は子供とともに/テレビ/月に一度の楽しみ/シフォンケーキのプレゼント/眼前主義を改めよ/子供が生まれました/防犯の向こう/餅と子は……/たまごのはなし/平和教育/ヤギの乳搾り/雄鶏から学ぶ/こどもの笑顔/農園の一日/始めること、続けること/台風と稲刈り/忠犬からカプリ/頼り頼られる社会に/ゲーム機は買わない/子は親のいうことを聞かない/親鳥への成長/中学生の職場体験/子供の口に消しゴムが……

働く子供の里づくり 二〇一五年
働く子供の里づくり/鳥インフルエンザについて考える/医療と健康/孫守りデイサービス/備える暮らし/送ることば/日曜日の朝は/物々交換のつながり/環境と人のつながりを考え続けて/3DSというゲーム機/二〇一四年の収支/ネット通販詐欺/集落で一軒だけの(早期)米作り/直球勝負/農とのかかわり/獣に負けない体制づくり/ゆでたまご/生かされて生きる/働き者の里/ニワトリのフン/賭博と保険/たまご販売、千日/星空/歩いて延岡へ/落書き/ゆりかご/毛無い鶏/政府は必ず嘘をつく/たまごの変化/秘密基地つくり/フッ化物洗口/不食(たべないでも生きられる)/感謝の日々

子育ては親育て 二〇一六年
こだわって生きる/おいしい年末/ニワトリが先かたまごが先か/三歳までは……/お金も水も/農事とは/お手伝いは自立への道/福の神を呼び寄せよ/たまごの賞味期限/しあわせを感じる時/鷹の爪団/フレンドリー(ふれん鶏?)/今年のお茶/打ち出の小槌とドラえもん/地震(揺れの恐怖に耐え忍ぶこころ)/持続可能な経営/相手の生き方に合わせて/小麦の収穫/今年も米作り/苦労したことが無いのね/ジガバチ/舌耕/やねだん/子育ては親育て/ちいさな一歩/山歩き/樫の木の励まし/二歳の働き者/米作り二〇一六/勇気づけと勇気くじき/今年はくず米価格が去年の二倍以上/できちゃった!

自然との語らいの中で生きる 二〇一七年
玄関先のちいさな世界/一人の正月/川辺川を守る県民の会・二十年/ミランコビッチ・サイクル/しば刈り/幸せになる/お風呂でミカン/息子を信じなさい/トリもいろいろ/農業は楽しく/なおらい/自然食品/農園五周年/食料確保/「もったいない」の心を形に/買わないとおきめなさい/ダイコンはえらい!/問題の根本は、私たちの生き方、暮らし方/偶然であって、必然である/ひだりぃどん/自然との語らいの中で生きる/兵役拒否とトルストイ/イワンのばか/母の介護/獣たちへの結界/由布岳登山/つけものほーし/養い、養われる/月日は流れる/同じ田んぼの米を食う/卵白洗顔/夢を叶える宝地図/七転び八起きとは/喪中はがき/キャラメルクリーム/たまごを産まない

国・社会を変えるには 二〇一八年
ど根性ガエル/朝は朝星、夜は夜星/農業委員会奮闘記/身体の反応/介護について/断水と漏水/国・社会を変えるには/借金をしないで生きたい/雑用

前書きなど

 一九九七年(平成九年)四月に福岡市で、「環境共育を考える会」という市民グループを立ち上げた。
 「共育」とは私の造語だ。市民がお互いに学び合う教育とは、教える側も教えられる側も共に育つという意味でこの字を使った。今では、この文字を良く見かける。
 会費・会則なしという破天荒な会だったが、私が福岡を去るまで活動は続いた。
 毎月第三木曜日の夕方、旧・福岡市青年センター(現・あすみん)などの施設を利用し、環境を中心として、福祉、教育、経済など、様々な社会問題に対しての学習会を開き、秋と春には、「森を元気にしよう!!」を合言葉とした、森林ボランティアのイベントを行ってきた。
 そんな中、森林ボランティアのイベントを手伝いたいと女性がやってきた。それが妻だった。
 二〇〇五年十月に結婚式を挙げた。当時、私は四十三歳、妻は二十九歳。
 翌年の十一月に長男・広明が生まれた。その子供の顔を見て、「この子に何をしてあげられるのだろうか」と考え、夫婦でこれからのことを話し始めた。
 冬は里山保全の活動に連れだし、春からは棚田をお借りして、無農薬の米作りをしていた。子供たちは、田や山で生き生きと遊んだ。
そんな子供たちの成長を見つめながら、「農的生活」ではなく、日々の生活の中で、生きる力、生き抜く力を身に着けた方が良いのではと思う様になってきた。

 そして、二〇一二年(平成二十四年)四月に二十八年間勤めていた九州大学を退職して、家族を連れて郷里・宮崎県延岡市北浦町で新規就農した。
 リアス式海岸で海と山の間に農地が広がるこの地で、私たち家族が生きて行く、生計を立てるため、自然養鶏を経営の中心として選択した。
 自然養鶏とは、開放的な鶏舎でニワトリを少数、平飼いで、自家配合の発酵飼料と緑餌で飼い、そのたまごを直接消費者に販売するといった家族経営型の小規模養鶏で、農地面積が少なく、資本もない私には、最適な選択だったと思う。
 では、なぜ、安定した職を捨ててまで、郷里に帰ったのと問われると答えに窮してしまう。はっきりと「これだ」という理由が見つからない。
 しいて言えば「なにか大きな力によって、呼び戻された」という言葉が一番、ぴったりなのかもしれない。

 きっかけは、父の「米作りをやめる」の一言だった。
 国家公務員として国立大学に勤め、大学に入学したこともない私が大学という教育・研究現場で、「人を育てる」大学のすばらしさに感嘆し、天職と思って生き生きと働いていたが、いつの間にか国立大学が独立法人となり、「成果」とか「実績」とか新しい言葉がささやかれ始め、これまで学生さんと向き合い、若者の成長を身近に感じられる職場環境が、どんどん世知辛い職場環境へと変化していくのに耐えられなかったのだろうか。
 我が子を見ていると、もっと身近にいて、生きて行くすべを日々の生活の中から、その蓄積として学び取ってほしいと思った。
 実学、生きるための勉強を子供たちと一緒にしたいと思った。
 年老いた両親のそばで、子供たちにも祖父母の姿を見ながら成長してほしいと思った。
 さまざまな理由があるが、今となっては、理由など無意味なのかもしれない。

 集落の一番奥地にあった田んぼに父がクヌギを植え、二十年が経っていた。そのクヌギを利用して、その下でニワトリを養い、その上のジャングル状態の宅地を購入して、深井戸を掘り、水を手に入れた。そうして、冬に自山の杉を自分で切り倒し、山で自然乾燥させ、地元木挽棟梁にお願いして、玉切り、搬出、これを地元製材所に柱と梁にしてもらい、棟梁に三十坪の平屋の家を建ててもらった。屋内の電気・電話配線、上下水道の配管、薪ストーブの設置などは、休みを利用して福岡から度々帰り、自分で作業し、ようやく完成した。

 新規就農して、一、二年で経営を軌道に乗せてみせると思っていたが、世の中、そんなに甘くない。一年目は、少しの退職金の蓄えを当てにしていたが、二年目からはその蓄えもなくなり、どうして生きて行くかといった生活基盤の確立が最優先となった。
 福岡から田舎に帰ったのを機に、子供たちと一緒に海や山で遊びたかったが、日々の生活に追われ、それどころではなく、土日は子供たちまで動員しての農作業の日々が続いている。
 二〇一二年から六年を経て、ようやく、「これで生活が続けられるかなー」といった感覚になったが、それまでの生活が苦しかったこと。
 しかし、その苦しい生活の中でも、大きな力の作用とでも言うべきか、様々な方のめぐり合わせのおかげで、私たち家族は今日まで、何とか生活できて来たことに素直に感謝したい。
 ほんのちょっとのタイミングのずれでもあれば、私たち家族の今の生活はなかったと思うことがしばしばあり、過去を振り返れば、まさに「偶然であり、必然だった」ということの繰り返しだった。
 妻にもずいぶんと負担をかけてしまったが、愚痴や過去のこと等いっさい口にせず、本当に私を助けてくれた。
 子供たちも本当に、良く生活を助けてくれている。五右衛門風呂の風呂焚きも、ヤギの世話も、毎日の日課として、取り組んでくれている。感謝の気持ちでいっぱいだ。

 二〇一三年三月から、当園のたまごをお買い上げ頂くお客様方に私たちの信条、生活、農園の様子などを知って頂こうと、毎月、A4用紙の裏表を使用した、「松原農園通信」を発行してきた。
 その通信のタイトルは「いのちき」である。

「いのちき」とは、大分県や私たちの住む宮崎県北部
・北浦町で使われている方言で、「暮らし向き」とか、「生計」といった意味の言葉だ。
 用例としては、
「いのちきすっとは、やえこっちゃねえ(暮らしていくことは大変だ)」
とか、
「どけでんこげでん、いのちきせんなね(どうにかして、生きて行かなければ……)」
などがある。
 
 新規就農して、この地で生きること、生き続けることを多くの皆さんに発信したいとの思いを込めて、この言葉を表題にした。
(「まえがき」より)

著者プロフィール

まつばら まなぶ  (マツバラ マナブ)  (著/文

 1962年、宮崎県北浦町に生まれる。
 1981年、宮崎県立延岡工業高校・電子科を卒業後、(株)東芝、県漁連、北浦漁協を経て、1984年、九州大学工学部・航空工学科に文部技官として就職。その間、環境保全市民グループ「環境共育を考える会」を主宰。2012年、九州大学を退職し、家族を連れ郷里・北浦町に移住。自然養鶏を中心として、体験学習、無農薬栽培の米、麦、野菜作りを営む。
 著作 『うみがめレイチェル』(石風社・1999年)

上記内容は本書刊行時のものです。