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アフガン・緑の大地計画
伝統に学ぶ潅漑工法と甦る農業
- 出版社在庫情報
- 絶版
- 初版年月日
- 2017年6月
- 書店発売日
- 2017年7月10日
- 登録日
- 2017年7月26日
- 最終更新日
- 2019年12月17日
書評掲載情報
2017-07-30 |
読売新聞
朝刊 評者: 稲泉連(ノンフィクションライター) |
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紹介
戦乱の続くなか、旱魃と洪水で荒廃に瀕した農地と沙漠が、伝統工法で甦る。安定潅漑は、偉大な「投資」である。過酷な自然に、日本の伝統的な工法から学びつつ挑んだ15年の技術と魂の記録。
目次
総論-アフガン東部の干ばつと対策
PMSが取水方式にこだわるわけ
干ばつの発生機序
中小河川沿い地域の問題と対策
大河川沿いの問題とPMS取水方式
最も経済的な「投資」-干ばつ難民、干ばつと治安
クナール河流域の気候条件と干ばつ
「緑の大地計画」における安定潅漑)
技術編-「適正技術の試み」
Ⅰ 基礎的な技術(資材の工夫)
Ⅱ 治水・潅漑に挑む(主な構造物への応用))
山田堰と「緑の大地計画」-温故知新
アフガニスタンにおける水資源・潅漑政策-地域社会のオーナーシップが復興への鍵となる
前書きなど
はじめに
2000年に顕在化したアフガニスタン東部の大干ばつは、今なお進行している。ペシャワール会の支えるPMS (Peace Japan Medical Services=平和医療団・日本)では、医療活動に加えて灌漑事業を重視、2002年、「緑の大地、15ヶ年計画」を打ち出して現在に至っている。その経緯については、既刊の拙著やペシャワール会報で詳細が報告されている。今回、現地人材育成が課題となり、まとめられた「作業の手引き」が、本書である。
この間灌漑事業に寄せられた募金は30億円に迫り、東部アフガンの一角、ジャララバード北部穀倉地帯の復活を目前にしようとしている。その領域は、16,500haの耕地、60数万人の農民の生活を保障するもので、今なお努力が続けられている。
計画実施に当たり、技術・物量の壁に突き当ったPMSは、日本・アフガンの伝統的な工法を基礎に、手探りで独自の方法を発展させてきた。その集大成がここに記載されている。
一般に河川を扱う工事は日常生活で接する機会がなく、専門的で難解になりがちである。私たちの場合、専門知識が全くない状態で始めたこともあって、一般の方々には却って理解しやすいと思う。
また必要上、写真を豊富に載せて解説を加えている。現場で観察し、現場で働いた者として、写真の一枚一枚に言い尽くせぬ思いがある。難しい土木用語を抜きにしても、ペシャワール会=PMSの灌漑事業の軌跡は十分に嗅ぎ取っていただけると信じている。
元になった総論的記述はペシャワール会報121号(2014年10月発行)から、
技術編ではJICA共同事業報告書(2015年6月報告)から、現地事業体のPMS(Peace Japan Medical Services)がまとめたものを、JICA国際協力専門員・永田謙二氏の助言を参考に加筆修正した。永田氏は、水問題をアフガン農村社会のダイナミズムの中で捉え、流布する平板な見方を払拭し、「地域重視」を提唱する。今なぜ伝統技術なのか、アフガンの現状の中で理解する貴重な視点であり、その論文を本書に敢えて加えていただいた。写真と図表は2003年から2017年まで、現場報告用に撮影・作成されたものである。
本稿は優れて地域性の濃い技術紹介である。どこにでも適用できるものではないが、アフガン東部のクナール河流域に関する限り、当面は十分に凌げる。特に心がけたのは、以下の点である。
⑴ なるべく単純な機器で対処できること
⑵ 多大のコストをかけないこと
⑶ ある程度の知識があれば、地域の誰にでも施工できること
⑷ 手近な素材を使い、地域にないものをできるだけ持ち込まない
こと
⑸ 壊れても地域の人で修復できること
⑹ 水はごまかせない。水のように正直なこと
現地では、日本のような等高線地図もなく、GPSなどは殆ど役立たない。電力がふんだんに使える地域は皆無である。機器は入手しにくく、壊れると維持しにくい。いきおい、人間の五感を使い、手足を動かす観察、測量、施工が主流である。例えば、現場で最終的に頼りになるのは水準測量器よりも水盛りパイプであり、コンピューター制御による水門調節などは不可能で、水門番が川の変化を見て手動で開閉を行う。
我々がある程度の成功を収め得たのは、現地で長い診療経験があったことが大きい。日本でごくありふれた医療機器も、現地では望むべくもない。高価な薬剤は使えない。そんな状態であっても、聴診や視診などの理学所見をしっかりとり、顕微鏡検査など最低限の機器を使って機転を利かせれば、現地で圧倒的に多い感染症等の診断・治療はできる。多大のコストをかけずとも、かなりの救命が可能である。
灌漑事業や農業も、徹底した経験科学に基づく点で、医療に似ている。他に手段がなかったと言えばそれまでだが、「この地域、この時代」で知恵を絞った積もりである。「伝統工法」と言っても、その時代と地域で入手できる道具と素材を活用し、試行錯誤を重ねて確立された一つのスタイルである。伝統は変化しながら現在に連続する。昔から学ぶとすれば、それは形式の単純な模倣ではない。先祖たちのたどってきた自然に接する態度と洞察であり、翻って不易のものから流行の現在を見直すことである。
辛いことも少なからずあったが、全体に楽しい任務だったと思っている。仕事を通して「川から見る自然と人間」が身近になり、自然を無視しがちな人間観や、さかしい利害から自由で、得がたい体験になった。
他に方法がなかったとはいえ、専門の方々にはお恥ずかしい次第で、ご理解と助言を仰ぎたい。最後になるが、本事業は、日本の募金者のべ30万人と、現地農民、現地地域長老会、日本農村工学会(農業土木学会)、JICAアフガニスタン事務所やFAO(国連食糧農業機関)等、実に多くの方々が関わっている。最も重視した取水設備については、山田堰土地改良区(福岡県朝倉市)の協力で、日本の沃野を拓いた先人たちの知恵が力となった。これら立場を超えた無数の協力の、貴い結晶が本書である。現地60万農民に代り、改めて頓首礼を述べ、ここに記された集大成――事業の結実を以て、尽くせぬ感謝を伝えたい。
上記内容は本書刊行時のものです。