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翰苑 2017.10 vol.8
- 出版社在庫情報
- 絶版
- 初版年月日
- 2017年10月
- 書店発売日
- 2017年10月26日
- 登録日
- 2017年9月26日
- 最終更新日
- 2021年5月18日
紹介
【特集】柳田国男と民俗学
日本を代表する宗教学者 山折哲雄による「柳田國男の魅力」講演録
思想から民俗学を捉える綱澤満昭の「柳田民俗学と風景論」
柳田が、特赦事務において実際に見聞した凄惨、悲愴な奥美濃山中 の子殺しの事件について、後の柳田の民俗学のあり方とどのように関わっているかを論考した永池健二「柳田国男と『特赦の話』」
異類婚姻譚から柳田民俗学を投射した渡瀬茂「かぐや姫の結婚」
など渾身の論考ずらり!!
目次
巻頭エッセイ
地獄を覗く/綱澤満昭
【特集】 柳田国男と民俗学
講演録 柳田國男の魅力/山折哲雄
柳田民俗学と風景論/綱澤満昭
柳田国男と「特赦の話」―民俗の思想の「根」を求めて/永池健二
かぐや姫の結婚―柳田國男の異類婚姻譚説を学ぶ/渡瀬 茂
【論考】
慶応期における播州三日月藩の「農兵隊」「農兵別隊」について/竹本敬市
二〇世紀後半以降からの障害児(者)福祉と幼児教育及び学校保健の変遷からみえてくる課題/上田ゆかり明治・大正期における子どもの歌―唱歌「蛙」と童謡「青蛙」の音楽的比較/白石愛子
【連載】
道徳教育と人権教育の方法論的関連性/和田幸司
前書きなど
編集後記
今年はある政治問題を機に「忖度(そんたく)」という言葉が、一躍注目を浴びることとなった。国会の議論でも日々飛び交い、外国人特派員を混乱させたこの言葉、いったいどういった意味があるのだろう。『日本国語大辞典』によると、「他人の心中やその考えなどを推しはかること。推量。推測。推察」と記されている。平安中期の漢詩集『菅家後集』では「舂韲由造化忖度委陶甄」、福沢諭吉の『文明論之概略』では「他人の心を忖度す可らざるは固より論を俟たず」と使用されている。現在は「上役の意向を推し量る」といった意味で使用されているように思うが、歴史的にはどうなのだろうか。
数年前に、江戸時代元禄期の朝廷事情を西本願寺を中心として検討したことがある。朝廷に参内した西本願寺門主寂如の下乗位置をめぐって、霊元上皇と関白近衛基煕の確執へと発展した事件である。朝廷復古をめざしていた霊元上皇はその制度化のひとつとして西本願寺の下乗位置を制限した。一方、親幕派であった基煕は唐突な治定による混乱を懸念していた。基煕は事件が東本願寺を巻き込んでの争論となっている点、西本願寺門徒が騒動を起こしかねない状況、京都所司代の意思などを踏まえ、上皇に諫言を行う。しかし、上皇は政務移譲を引き換えに、誓詞血判を命じるなど朝廷内掌握力を強める政治的戦略に出る。こうした状況下において、本事件解決は基煕に一任されていく。基煕は上皇の納得のいく形で、幕府と朝廷の関係が悪化しないように事態を収束させる必要があった。
このような状況は『基煕公記』という近衛基煕の日記に詳細に記されている。所蔵されている陽明文庫文庫長である名和修先生のご高配によって、史料閲覧を行うことができた。事件の状況から鑑みても、「忖度」が当時において現在的意味として使用されているならば、日記に「忖度」という文言が散見されてもよいはずだが、今一度、読み返してみても見つけることはできなかった。それよりも「叡慮(えいりょ)」という文言が数多く記述され、いかに「叡慮」を尊重しながら、上皇の権威を傷つけることなく、解決を図っていくかという並々ならぬ努力が文面から理解できた。もしかすると、現在使用されている「忖度」と近世や中世で使用されていた「忖度」とは若干の違いがあったのかもしれない。
さて、基煕の「叡慮」を傷つけずに、幕府と朝廷の関係悪化が起きないように収束させた方法について付言しておこう。それは「今度之願も西本願寺自身之願にて無之、門徒之輩御歎申候時義ニ候ヘ者、御憐愍之御沙汰一筋ヲ以テ被仰出候様ニ、幾重ニも御詫申上候」(「基煕公記」元禄四年五月一七日条)というものであった。門徒の歎きに対する上皇の憐愍によって解決をしたのである。つまり、民衆たちの力である。基煕はこの間のことを「連日辛苦心神如無」と述べているが、朝廷はこの事件をきっかけに徐々に基煕を中心とした合議制に移行することになる。
私たちは、歴史から学ばねばならないことがもっとあるのではないだろうか。民衆たちが本事件において対置させられていたように、「忖度」の局面が合議制へと変化していったように、今を変革していく何かを私たちは見つけることができるのではないだろうか。私たちはその努力をしていないだけなのではないだろうか。
閑話休題。今号は山折哲雄先生の講演録をはじめ、「柳田国男と民俗学」という形での特集記事を組むことができた。ぜひ、ご味読いただきたい。また、論考も今年度より研究所員になられた先生方、研究所外の先生方からの玉稿も所収することができた。八号をむかえ、ますます充実した内容となっている。これも学校法人弘徳学園の援助、協賛広告を頂戴した企業様のお力添えによるものである。この場をお借りして、お礼を申し上げたい。また、海風社作井文子様には編集へのご示唆ご助言を頂戴し、刊行へのご尽力を頂戴した。心から感謝の意を申し上げたい。ありがとうございました。(和田幸司)
上記内容は本書刊行時のものです。