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異端と孤魂の思想  ー近代思想ひとつの潮流ー 綱澤 満昭(著) - 海風社
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詳細画像 0

異端と孤魂の思想 ー近代思想ひとつの潮流ー

発行:海風社
B6判
300ページ
上製
価格 2,000円+税
ISBN
978-4-87616-039-6
Cコード
C0030
一般 単行本 社会科学総記
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月
2016年5月
書店発売日
登録日
2016年3月28日
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書評掲載情報

2017-02-17 南海日日新聞  朝刊
評者: 仲川文子

紹介

日本の近代思想の中で、著者は島尾敏雄、岡本太郎、橋川文三、深沢七郎、赤松啓介らの思想を「異端の思想」、そして東井義雄、小林杜人のそれを「孤魂の思想」として位相を与えている。
島尾はヤポネシア論、岡本太郎は縄文土器、橋川文三は日本浪曼派、深沢七郎はムラ社会、赤松啓介は性の民俗学、それらを柳田国男の民俗学との対峙によって、著者はそれぞれの「異端」を鮮鋭に浮かび上がらせている。
一方、東井義雄と小林杜人について著者は、日本人の最も情緒的な感情である肉親の情に思想が敗北する「転向」へと向かった二人を孤独な魂、すなわち「孤魂」と名付けている。
どちらも近代日本の精神史から日本人とは何者かを探り当てる上で、いわゆる学校のテキストから抜け落ちた、いや故意に隠されたものだと著者は断じている。
そして、巧妙に隠された思想を補完することによってしか、日本人の精神を深く理解することはできないと言っているのである。

目次

島尾敏雄の故郷観とヤポネシア論
 国家が創出する幻想としての故郷  9
 島尾敏雄にとっての故郷  11
 柳田国男にとっての故郷と国家  14
「奄美」を故郷にしたかった島尾  22
 ヤポネシアという視点  30
 谷川健一が指摘する柳田民俗学の欠陥  37

岡本太郎と縄文の世界
 柳田国男の功罪  53
 岡本太郎と縄文土器の出会い  56
 岡本の「縄文」と島尾の「奄美」  60
 偶然性が生む「祈り」と「美」  63
 芸術家 岡本太郎の思想  67
 岡本太郎にとっての伝統  75
 宮沢賢治と岡本太郎  81

橋川文三私見
 橋川文三ふたたび  95
 日本浪曼派への接近  98
 日本浪曼派の問題点とイロニー  108
 農本主義と日本浪曼派について  112
「米つくり」の思想  115
 昭和維新への思い  122
 朝日平吾の精神  123
 渥美 勝の桃太郎主義  132
「阿呆吉」  138

深沢七郎のこと
「楢山節考」と母親像  149
「ムラ」の維持と人間  156
 深沢の「庶民」  165
 深沢の死生観  174

東井義雄の思想
 東井義雄のおいたち  183
 東井の思想と時代背景  187
「学童の臣民感覚」  192
 東井の沈黙  197
「村を育てる学力」  204
 国家の教育に符合した東井の思想  213

断片的赤松啓介論
 赤松啓介と柳田国男  223
 赤松が柳田民俗学に投げかけたもの  233
 赤松の性に関する民俗学  237
「非常民」の民俗学  247

小林杜人と転向
 吉本隆明のいう「転向」  257
 小林杜人の転向  263
 杜人を転向へと向かわせたもの  275
「転向」への決意  283

あとがき  293

前書きなど

あとがき

 中央の権力から一度でも批判、攻撃、排除された人間は、よほどのことがないかぎり再び中央には戻れない。それでも、この腐った汚泥に呑み込まれても、そこで生きるというなら、それもよかろう。しかし、この権力によって構築されている現実世界で、諸々の矛盾に巻き込まれながら、生きることには、並外れた覚悟と勇気が要ることだけは確かである。
 どうにもならぬ現実に反旗をひるがえし、抗がって生きるとき、人は思想を創造することがある。現実に抗うという意味は、権力に抗うことだけを意味しているのではない。現実世界にどっぷりと漬っている多くの大衆にも抗うことをも意味している場合があるということを忘れてはなるまい。
 権力からも見放され、大衆からも見放されて生きるところにいわゆる草莽というものの存在理由がある。孤独を恐れたり、死を恐れて草莽のよって立つところはない。彼らは、はじめからずるがしこく、要領よく、詭弁を弄して生きることはできない。
 草莽は晴耕雨読の生活を日常としてはいるが、いつなんどき、黒々とした巨大なものが彼らを襲うかもしれない。その時、草叢にいても草莽は志を抱いて自分の全精力傾けてふるい立たねばならないのである。
 どうせこの世で地を這い、口に入るものはなんでも入れてきたのである。いま、ここで死を恐れてどうする。志が高ければ高いほど、その覚悟はできているはずだ。
 こういう草莽に対しても、権力は攻撃の手をゆるめることはない。自分に逆らう人間は、すべてが異端であり、鬼なのだ。彼らは邪道を歩み、闇に通じる道を常に選択し、誤った仕事をしていると断定する。
 昼や光が夜や闇を支配することをもって正義とする権力は、自分たちとその従属下にある者だけを正義人と称し、それ以外の者を悪徳の人、鬼、異端者と呼ぶ。そこにはいささかの妥協もない。
 草莽の志は、支配権力の能力を超えたところにある。正しい歩きぶりをすればするほど、権力が作為した世間の道徳や倫理と衝突する。支配者が勝ち、正しい歩きぶりをしている異端者は、もはや死ぬまで元に戻ることはない。
 宮中の年中行事の一つに、大晦日の夜、鬼を追放し、疫病を蹴散らすという「追儺」というものがある。これは、のちに、一般大衆の世界にも拡大し、節分のセレモニーとなった。この「追儺」について、次のような説明がある。

「追儺は元々が中国の行事であったが、奇妙なことに『儺』の字義には、『疫鬼』もなければ『悪鬼』もない。『節度正しく歩む』が『儺』の持つ本来の意味である。追儺は疫鬼を追い出すためではなく、節度正しく歩む者を排除するのが、行事の真相であったのかもしれない。……(略)……このように眺めると、悪いヤツに擬される鬼は、実は節度正しく行なう姿勢を崩さなかったために、滅ぼされた神であったのではないかと考えることができる。」(沢史生『閉ざされた神々』彩流社、昭和五十九年、二八三頁)
 
 この説明によれば、正義は鬼、もっぱら鬼の側にあるのであって、正しき歩きぶりを示す鬼が権力にとっては、邪魔であり、恐怖なのである。悪行をもって日常としている権力者にとって、正義ほど怖いものはない。常に鬼を製造し、退治して心を癒している。次々と製造される鬼は強力な鬼ではない。豆つぶてをくらって逃げだす程度のものである。反権力を赤裸々に見せる鬼も恐怖の対象とはならない。
 いつの世もそうであるが、勝者、支配者の傲慢さと偽善がすべてを覆いつくしている。国家の細胞の一つ一つが、そのための道徳になり、倫理になり、規矩となっている。
 そのようなものが網の目のように張りめぐらされた空間のなかで、弱者、貧者は常に呻吟している。そのなかでの悲痛な叫びを吸引し、思想にまで高めなければならないのであるが、思想を表現する言葉そのものが支配者のものであるところに隘路がある。
 異端の思想の創造の困難さの一つはそこにある。草莽の発言の難しさもそこにある。
 国民国家形成のために、国民全体の共通語、つまり標準語は不可欠のものである。その枠内に入らぬものは、異端の言語、裏の言語つまり、方言として放擲されてきた。
 それぞれの地域で、それぞれの時代に生れ育ったものは、それぞれ固有の特徴をもち、それぞれの文化を形成してきた。しかし、それらは次第に中央権力の規準によって、かき消されていった。
 極論すれば、そのような雰囲気のなかで、学問が、芸術が、スポーツが展開され、思想もその枠内でつくられてゆく。このような包囲網のなかで、裏や斜めの思想を紡ぎ、それを携えて歩むことは、尋常なことではない。
 あらゆる支配圏から排除されても生きる強力な鬼が出現するその姿を私たちは待つ以外にないのか。
 地を這い、草を食み、泥水を呑んでも、その志は高く、孤高を持していなければならないことがわかっている人を待つしかないのか。
 そのような人がこの日本列島にも、奇跡にちかい数で存在することがあった。私はその人たちから多くのことを学んだし、これからも学ぶであろう。
 最後になったが、このような出版事情の時に、上梓の機会を与えていただいた海風社の作井文子氏に深甚なる謝意を表しておきたい。
      
    平成二十七年十一月十四日   
                            綱澤 満昭

著者プロフィール

綱澤 満昭  (ツナザワ ミツアキ)  (

綱澤 満昭(つなざわ みつあき)
1941年 満州(中国東北部)に生まれる
1965年 明治大学大学院修士課程修了。専攻は近代日本政治思想史
現在 姫路大学学長
     近畿大学名誉教授  

主要著書 『日本の農本主義』(紀伊國屋書店)
     『農本主義と天皇制』(イザラ書房)
     『未完の主題』(雁思社)
     『柳田国男讃歌への疑念』(風媒社)
     『日本近代思想の相貌』(晃洋書房)
     『鬼の思想』(風媒社)
     『愚者の精神史きれぎれ』(海風社)
     『思想としての道徳・修養』(海風社)
     『宮沢賢治の声―啜り泣きと狂気―』(海風社) など。

上記内容は本書刊行時のものです。