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戦争が生んだ小学校 -有賀千代吉の「愛の教育」-
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2024年8月15日
- 書店発売日
- 2024年11月10日
- 登録日
- 2024年7月10日
- 最終更新日
- 2025年3月5日
紹介
敗戦、焦土のなかで立教小学校創設に力を尽くした教育者、有賀千代吉(1895~1987)の物語。
有賀千代吉は、戦前カナダ・バンクーバーの日系社会でジャーナリスト、牧師、日本語学校校長として活躍したクリスチャンだった。キリスト教主義の立教学院は、戦時中に軍国主義に抗しきれなかったことから幼児教育の必要を痛感し、戦後の再建を小学校創設から始めた。この大事業を託されたのが有賀千代吉だった。千代吉は四半世紀をカナダ社会に献身しながらついに市民権を与えられないまま、真珠湾攻撃と同時に危険な日本人指導者39人の一人としてカナダ政府に逮捕されてしまう。そして2年間の収容所生活の後、捕虜交換船による日本帰還を決断するが、寄港地のシンガポール(当時昭南島)で軍国主義の空気を嫌って途中下船、ここで敗戦を迎え、1年半後に無一文で祖国に戻った。立教学院が無名の千代吉に小学校創設を要請する経緯は不思議な巡り合わせに満ちている。クリスチャンとして培った強い信念と天性の際立つ個性によって「愛の教育」を実行した千代吉は、13年間で小学校の基礎を築き退職し、7年後に全財産を立教学院に寄贈すると、再び北米大陸に去って行く。その知られざる生涯を、埋もれた歴史の中から掘り起こす。
目次
はじめに/序文/目次
第1章 汝の若き日に汝の造り主を記(おぼ)えよ
第2章 心ここにあらず (1895~1921)故 郷/クリスチャンになる
第3章 新天地カナダ (1921~1924)カナダの現実/バンクーバーの日本人社会
第4章 覚 醒 (1924~1929)説教台に立つ/伝道活動
第5章 指導者として (1930~1941)大陸日報社支配人/ヘネー日本語学校
第6章 静かな日曜日の朝に (1941~1943)開戦/捕虜第二十九号
第7章 日本へ (1943~1946)交換船/シンガポール
第8章 立教小学校創設 (1946~1961)理想に向かって
第9章 天に宝を (1961~1973)最後の使命(ミッション)/日本を去る
第10章 イースターへの道 (1969~1987)カナダへの憶い/同窓会、再始動へ /終焉
エピローグ リドレスの行方(1988~2013)
資料編(主要参考文献/地図/年表/人物・事項索引)
刊行に寄せて/あとがき
前書きなど
(有賀)先生は、子供は神様からの預りものだから大切に育て、決して手をあげたりしてはならないと常に言っていたと教頭であった伊藤高清先生からお聞きした。僕らの小学生時代は軍隊から復員してきた教師が多く、公立小学校では先生の言うことを聞かない生徒にはすぐにビンタがとんでくるのが日常茶飯事で、親もそれを当たり前のことと考える風潮があった。有賀先生は、採用した教師がその種の教師であることがわかると即座に辞めさせたそうで、そういえば在学した六年間で何人もの教師が突然やめていった。子供を守ることについて先生は勇猛果敢であった。先生は監督庁に逆らって、神様から預った子らを学業成績で評価することはできないとの信念のもと、三年生終了まで成績表は作らなかった。これを不満とする某大学法学部の高名な教授は一年終了で子供を公立小学校に転校させたが、先生の信念はゆるがなかった。
「刊行に寄せて」(1回生 吉羽真治)より
版元から一言
主人公は小学校在職の13年間に、時に謎の行動をとることがありました。その最たるものが、巣鴨プリズンに収監されていたA級戦犯12名への「度を越した」回数の慰問と差入れです。その全員から贈られた色紙が立教学院資料室に残されています。彼らは戦争責任で裁かれ世間から白眼視される存在でしたから、この色紙の存在は研究者たちの頭をずいぶんと悩ませたようです。これに対し、主人公は小学校退職の際に次のような文章を残していました。
「愛された経験を持っている人たちは、愛することを知っている。かつて私も三年の間、同じ生活をした。そして訪ねて来る人を拝む様な気持ちで迎えたことを忘れることが出来なかった。あの物凄い厳重な幾つかの門を、身体検査を受けながらも、未知の人々の顔に慰問の言葉をかけたかったのも、私はそうして貰った時のうれしかった経験を持っていたからであった。そして、学校を、愛情のかたまりにしよう、と考えたのも、そうしなくては、私は生きていかれなかったからであった。」
主人公は、自分がカナダの強制収容所で慰問を受けた時の感激を常に胸に抱き続けていたのです。「愛の教育」の源はここにもあったのです。このように、小学校設立の物語は13年間の中だけでは収まりません。その「収まらない」背景を掘り起こしたのが本書です。本書が学校関係者だけでなく、誰が読んでも興味をひかれる内容になったのはこのことによります。これまで見過ごされていた前半生、特にカナダ時代について、主人公の全著作から大事な「思い出」を選び出し、100年前の新聞文化面に掲載された「短信」情報、残された手紙等を丁寧に積み重ねて物語を進める本書のスタイルは独特で、読者を飽きさせることがありません。さながら大河ドラマのようです。各章に付けられた註、資料編の索引、地図、年表も丁寧で、本書の資料的価値を高めています。
上記内容は本書刊行時のものです。