書店員向け情報 HELP
出版者情報
在庫ステータス
取引情報
神奈川の「戦後80年」
過去から未来へ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2025年8月8日
- 書店発売日
- 2025年8月6日
- 登録日
- 2025年5月23日
- 最終更新日
- 2025年8月5日
紹介
神奈川の高校・大学教員のほか県下各地域で独自の活動に取り組んでいる多様な執筆者30 人以上が、それぞれの視点で「戦後80年」を考え、歩き、記録し、継承するための実践を丁寧に紹介。それらの活動実践を、未来に向けて、戦争体験の継承につなげるべく編集した1冊。
「横浜ローザ」など表現活動を通じて戦争を伝え続ける五大路子さんのロングインタビューほか、貴重資料多数。
目次
はじめに:小川輝光
いま、この場所で、私が戦争を表現する理由――インタビュー 五大路子さん
〈私が感じた戦争を表現し、観客が想像を通じて戦争を実感する、それが私の戦争の伝え方〉
現役高校生が五大路子さんのお話を伺って、考えたこと、感じたこと: 佐藤未来
第1部 神奈川の「戦争」
「戦争」を歩く
路上観察から考える戦後80年:河北直治
――田奈部隊填薬所(現こどもの国)に動員された杉島和三郎さんの証言から
第1章 江の島砲陣地踏査報告:市川賢司
第2章 小坪洞窟砲台(海面砲台)爆発事故:塚越俊志
4つの空襲と記録
第3章 空襲証言はなぜ、1970年代になって「表象化」したのか:鈴木 晶
――「横浜の空襲を記録する会」の発足から
第4章 平塚空襲とその記憶の継承:伊勢龍介
――Z世代の実践と試行錯誤
第5章 川崎大空襲 そして中原の戦災を語り継ぐ:對馬 労
第6章 小田原地方の空襲:矢野慎一
――「小田原の会」の調査より
「戦争」と兵士にせまる
第7章 横浜の兵士と家族の戦争体験:羽田博昭
第8章 曾祖父の歩んだ道 武井武夫と日中戦争:桐生海正
――祖母が大切にしていた資料が物語ることとは
第9章 高座海軍工廠と台湾少年工:藤田賀久
《コラム》傷痍軍人箱根療養所:矢野慎一
第10章 現在の若者が「トラウマ」から戦争と個人を考える:小川輝光
――松本茂雄のシベリア抑留体験を通じて
「戦争」と教育
第11章 総力戦下の幼稚園児・少国民・女学生の「錬成」:上田誠二
――神奈川県大磯町を事例として
第12 章 横浜商業高校学校史料から考える敵性語について:智野豊彦
《コラム》ロケット戦闘機の燃料製造に動員された父」:水野俊平
第2部 神奈川の「戦後」
「戦後」を歩く
戦後の苦難―神奈川の復員・引揚を歩く:鈴木 晶
第13章 氷川丸の戦争:鈴木 晶
――華やかだけではなかった、病院船、引揚船時代を中心に
第14章 「敗者」たちの戦後:坂口可奈
――シンガポールからレンパン、そして日本へ
第15章 マニラ大聖堂の再建に尽力した神奈川県知事:藤田賀久
――内山岩太郎と戦後アジア
移民世界と抑留
第16章 「敵国人抑留」と横浜外国人社会の変化:小宮まゆみ
第17章 捕虜虐待と戦犯裁判:福永徳善
――「終わらない戦争」を語り継ぐヨコハマ
《コラム》箱根のドイツ海軍兵士:矢野慎一
第18章 横浜が生んだ日僑運動:坂口可奈
――鳥谷寅雄の戦後と海外移住協会
《コラム》横浜華僑・安楽家の足跡:伊藤泉美
――震災と戦災を乗り越えて
地域の連続と展開
第19章 公害から河川文化の発見へ:小川輝光
――工業都市川崎と多摩川の地域文化史
《コラム》虚無と現実:高橋 梓
――太宰治「トカトントン」をめぐって
第20章 戦前の別荘は、戦後社会とどのように向き合ったのだろうか?:加藤 将
――葉山町を事例にして
第21章 第1 海軍燃料廠跡地の再開発:矢野慎一
第22章 港北ニュータウンから見る「横浜」:柴 泰登
――垣間見える「世界」との接点
第23章 戦後の川崎市桜本:中山拓憲
――在日コリアンの多住地域から多文化共生の街へ
第24章 厚木基地と周辺地域の戦後80 年:塚田修一
第25章 「ただの市民」が戦車を止めたのはなぜか?:上野信治
――相模原「戦車闘争」
「戦後」と教育・子どもたち
第26章 「混血児」と呼ばれた子どもたちの生存・教育・労働:上田誠二
――神奈川県大磯町から世界をみる
第27章 台湾出身元日本兵の戦後経験:神田基成
――呉正男さんの肖像
《コラム》蒲鉾屋と世界史:小川輝光
――生甲斐のための「史学」
《コラム》神奈川と私のライフ・ヒストリー:岩下哲典
第28章 Yokosuka1953:木川剛志
――戦後混乱期、横須賀。混血児として生まれた少女の、生き別れた母を探す
第3部 戦争と戦後を「継承」する
若い世代が戦争遺跡を歩くのは、はて?:鈴木 晶
継承する場所・ヒト・モノ
第29章 三崎とビキニ事件:小川輝光
――海を越えて核の記憶を継承するために
《コラム》戦争句から世界と日本をみる:松本智之
――「忌日一年」連載をとおして
第30章 旅から平和をつくる:富士国際旅行社(太田正一・山田夕凪)
――富士国際旅行社の挑戦
《コラム》神奈川第1 抑留所を語り継ぐ集い:小宮まゆみ
第31章 川崎市平和館:暉峻僚三
――私たちごととしての非平和と、平和への転換を考える場所
第32章 平和は願うものではなく、つくるもの:谷口天祥
――ブックレビュー
多文化共生の街づくり
第33章 川崎市桜本地区「まちがミュージアム」プロジェクト:加藤恵美
第34章 戦後日本のインドシナ難民受入事業:神田基成
――いちょう団地のキムさんの半生
《コラム》神奈川で生きる沖縄ルーツの人たち:鈴木 晶
――鶴見・川崎を中心にして
あとがき:鈴木 晶
編集後記:藤田賀久
前書きなど
「戦後80 年」――。
本書は、この言葉が含んでいる独特の時間意識を中心にしながら、そこから広がる世界を描こうとしています。
私たちが暮らす日本社会では、今年「戦後80 年」という言葉が、一般に広く使われています。各地で、アジア・太平洋戦争を中心とした第二次世界大戦の記憶を思い出し、改めて歴史に刻もうとする取り組みが行われ、報道されています。それだけ、この社会にとって「戦争」は現在(いま)を形づくってきた重要なできごとだったといえるでしょう。
ただ、ごく一般的に考えたときに、80年ものあいだにわたって1つの出来事の「後」が続くという意識は、あまりありません。つまり、この意識はかなり独特なものだと言えます。たとえば、「戦後」という言葉が生きているのは、「平和」を希求し「戦争」への道を防ごうとする取り組みが、担い手は変わっても社会として受け継がれ、続けられたからです。また、この「戦後」は同じようには続きません。「戦後50 年」のころに比べて「戦争」を生き抜き「戦後」という時間を文字通り体験してきた人は、大きく減っています。1945 年に20 歳だった人は、2025 年に100 歳ですので、兵士として従軍した経験や大人として銃後を支えた体験などは、直接聞くのが難しくなりました。つまり、「戦後80 年」固有の「戦後」があります。さらに、視点を日本以外に向けてみると戦前の日本が植民地にしたり、戦時中に占領したりしたアジア各地は、1945 年以降も戦争は続いていました。その結果、「戦後」という意識は、日本と同じようにはありませんでした。このように「戦後」という意識は、ある特定の社会条件や時間的な限定をもって成り立つものなのです。
本書では、その「戦後80 年」という時間の感じ方、捉え方を念頭に、現在における「戦争」の継承の問題を考えていきます。戦争体験者が減るなかで、「戦後」と呼ばれる80 年間にどのように人びとは戦争を語り継いできたのかを検討します。そして、戦後80 年の時点に立つ私たちは、「戦争」をどのように受け継ぎ、これからの未来を形づくっていこうとしているのかを問いたいと思います。このような課題にこたえる本書には、すべての文章を貫く2つの視座があります。その1つは「神奈川」という地域の歴史をしっかりとふまえること。もう1つは他ならぬ「私」が戦争を継承していく方法を考えるということです。
まず「神奈川」という地域をふまえるということについて考えてみましょう。本書は『神奈川から考える世界史』『神奈川の関東大震災』という、これまでに私たちが出版してきた「地域から考える世界史プロジェクト神奈川版」の第3 弾の本でもあります。この一連の本のコンセプトは、身近な地域を歩き、歴史を通じて世界とのつながりを考えることにあります。神奈川という県は、首都圏の一角を占め、900万人を超える多くの人口を有しています。海外を含め県外出身者が多く暮らす場所でもあります。執筆者も県外出身者が少なくありませんが、何かしらの縁をもった県内各地を歩き、人びとと土地のなかに眠る「戦争」の記憶と対峙しました。そのような神奈川の「戦争」の記憶には、外港の歴史が長い横浜に限らず、世界とのつながりを持つものが少なくありません。他県には見られない世界の中の神奈川、この地域の特色が浮かび上がることでしょう。
もう1 つの視座は、戦争を継承する主体として「私」に着目している点にあります。本書には、たくさんの「私」が登場します。ただ、その「私」は教科書に載るような誰でも知っている有名人とは限りません。むしろ市井の一個人ということが少なくありません。それは戦争や戦後の時代を生きた「私」であったり、戦争と向き合おうとする執筆者としての「私」であったりします。「戦争」を体験した個人の経験が、「戦後」の時々の個人によって「継承」される実践があったということに改めて着目したいと思います。「戦争の継承」には、語り継ぐなり、受け継ぐなり、何らか「私」によって「表現する」ということが必要です。ここで「表現する」というのは、文化芸術のみならず、誰かに自分の経験や考えを伝えたり、文章に書き留めたりすることも含めています。
「戦後80年」という時間のなかで、読者の皆さん自身もどのような「継承」をするのか、先行事例から考えてみていただけたらと思います。
そのために本書の冒頭には、横浜で戦争を「表現」し続けてきた俳優・五大路子さんのロングインタビューを配しました。五大さんの実践に最初にふれてもらい、継承する当事者としての「私」を立ち上げながら、本書を読み進めてみてほしいと思ったからです。
「地域(神奈川)に根ざし、「私」が戦争を継承する」―。
そう聞いてもピンとこないかもしれません。そこで、この文章を書いている私(小川)を例に考えてみたいと思います。私の場合、戦争をくぐり抜けて命がつながったからこそ、歴史に関心を持って文章を書いている「私」がいると思っています。父方の祖父母は北海道の開拓村で天理教の分教会を運営していました。戦争最末期に食糧難のなかで信徒に食料を分かち、祖父は栄養失調と貧困で病死したと聞いています。私の父親が生まれたばかりことです。戦後の混乱期も教会は物心ともに人びとの拠り所となり「家族」同然のつながりが生まれました(帰郷の際にそのような人びとと出会いました)。祖母は貧困のなかで子どもたちを育て、父親は大学進学を機に横浜へと来ました。他方、母方の家族は1944 年に東京から空襲を避けて郷里の山形県へと一家転住をします。
空襲にあわず命はつながりましたが、生活は苦しかったと聞きます。母親は保育士となるために横浜にきて、父母が出会い神奈川で私が生まれることになります。教育熱心な母親によって、個性的な教育や平和学習に熱心に取り組む学校に入れられることになった私は、次第に歴史と教育に関心を持つようになりました。今、神奈川という地域に根ざして、戦争にかかわるこの文章を書いたり、学校の授業で戦争のことを取り上げたりしている基底には、私個人の「戦後80 年」とのかかわり方があります。それは、主体的に選んだだけではなく、命の継承と同様に受け継いでいる面もあります。なので、本書にかかわるということは、私なりの戦争の「継承」を表現しているとも言えます。兵士の戦場体験などは登場しませんが、これが私と戦争のつながりです。
特別な人が、特別な体験を語るだけではないと気づいた時、現在を生きているあなたにも何か戦争とのつながりを見出せるのではないでしょうか。
この本を書いた私たちは、「戦後80 年」の現在(いま)と将来にわたり、多くの人に本書を読んでほしいと思っています。なかでも、未来のために学校で戦争学習・平和学習を進める学生・生徒のみなさんや、その学習を支援する先生たちに、何らかの素材提供になればという思いで作りました。各章冒頭に付けられている「問い」に、授業との関わりで気になったり、何か関心を持ったりしたことがあれば、ぜひそこから読み始めてみてください。
最後に、本書の構成を紹介しておきます。本書は、「戦争」を考える第1 部、「戦後」を考える第2 部、「継承」を考える第3 部の3 部構成で成り立っています。各部の扉には、その部で検討したいことの概要と登場するできごとの年表を付けました。各章・コラムは独立したものですが、全体像を考える時、他の地域や世界と比べる時に活用してみてください。また、各部の最初にフィールドワークをすることを想定した文章や地図を載せています。ぜひ、自らの足で地域をめぐってもらえたらと考えます。
第1 部の「戦争」では、県内で起こった4つの大きな空襲の記録と継承を取り上げます。さらに、「戦後80 年」の現在では体験を聞くことが難しくなった、兵士の記憶に迫ります。遺されている兵士の証言や資料から、どのように彼らのリアルな姿に迫ることができるのか考えます。また、本書では学生・生徒のみなさんが当事者として読みやすい教育の問題を随所で取り上げます。第1 部でも戦争が教育にどのような影響を与えたのかみていきます。
第2 部の「戦後」では、神奈川を拠点に世界へと視野を広げて検討します。まず、東南アジアまで膨張していった大日本帝国が崩壊した後の引き揚げや、海外に残された「戦争」の記憶を掘り起こします。また、横浜は戦前から外国人社会が形成されていましたが、戦争を挟んでどのような経験が蓄積されてきたのか、基地が多く「戦争」が身近だった神奈川ではどのような生活や文化が築かれたか考えます。「戦後」の日本は高度成長期を経て「経済大国」として飛躍していきますが、神奈川県内の各地が現在の姿となったのか、「戦争」との連続と「戦後」の展開の視点で捉えます。
引き続き教育についても、通常の教育の歴史では追えない「戦後」の展開を紐解きます。
第3 部では「継承」そのものを扱います。「継承」にかかわる場所を歩くとともに、現在の若者がどのようにかかわっていこうとしているのか紹介します。そして「継承」にかかわる「表現」の仕方に着目をします。デジタルアーカイブ、俳句、旅、語り継ぐ集い、資料館、読書など多様な歴史実践を提示していきます。おそらくこの「表現」の世界は無限に広がり、新たな「戦争」を継承する主体と社会を生み出していくことでしょう。また、多文化共生の街づくりとしても先進地である神奈川を事例に「継承」を考えます。一見「戦争」とは直結しない街という環境のなかにも、戦争があったからこそ現在の姿が浮かび上がります。「戦後80 年」は時間であり、文化なのです。
このように、本書は実に多くの執筆者、協力者に支えられています。一つの地域から広がる多様な世界を読み取っていただければ、と願います。 ―― 2025 年の夏に
版元から一言
神奈川県に30年以上住む者として、子供たちや未来に向けて「戦争を継承する」とはどういうことか、「戦後80年」に考えてみるヒントになればいいと思って刊行しました。「戦後100年」の2025年に同様な本を刊行できたらと思います。
関連リンク
https://kaiin.hanmoto.com/bd/isbn/978-4-86722-105-1
https://kaiin.hanmoto.com/bd/isbn/978-4-86722-118-1
https://kaiin.hanmoto.com/bd/isbn/978-4-86722-121-1
https://kaiin.hanmoto.com/bd/isbn/978-4-86722-136-5
https://kaiin.hanmoto.com/bd/isbn/978-4-86722-142-6
上記内容は本書刊行時のものです。
