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報恩一途 白永傳(著/文) - ボイジャー
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報恩一途

発行:ボイジャー
定価 838円+税
ISBN
978-4-86239-120-9
Cコード
C0032
一般 単行本 法律
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2013年4月
書店発売日
登録日
2013年12月17日
最終更新日
2013年12月18日
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紹介

 本書「報恩一途」は、台湾のハイテク企業グループ「中國砂輪企業股份有限公司 KINIK Company (1560.TW)」の創業者である白永傳 元会長 自らが日本語版を執筆し、台湾と日本の戦前・戦中・戦後の歴史を、経済・産業の面から描いた回想録です。
 1918年に台湾に生まれ、貧しい家庭で育った著者は、懸命に勉強をして日本への留学を果たします。日本で高等教育を履修後、台湾へ帰国。養父よりレンガ工場を継ぎ、世界一流の工業砥石生産会社へ成長させます。さらに半導体ウエハ産業に進出して、同社を上場企業に育て上げます。
 本書は白永傳氏の回想録ですが、実は日本と台湾の百年間におよぶ友好関係の縮図にもなっています。人と人が巡り会い、恩を受けて、その恩を社会に返す。人情に厚く、誠実な経営と社員への手厚い福利厚生など、古き良き日本の「昭和」の経営観を感じさせる内容です。また、台湾元総統の李登輝氏が言う「台湾魂」も、この本の随所で彩りを添えています。
 本書は、2005年10月に日本の国立国会図書館に納本され、2006年3月に「日本自分史大賞国際賞」を受賞しました。また、本書の電子書籍化にあたり、台湾の「義美聯合電子商務股份有限公司 I-Mei Multimedia e-Content Production & Marketing Co., Ltd.」が協力しています。

目次

『報恩一途』の電子書籍化によせて
目次
序 前総統登輝 閣下
序 廣池幹堂 先生
自序
一 幼少時代
 私の生地と家業
 私の家族
 母の死とその後の家族
二 公学校卒業後
 郡守賞の職員会議
 台北へ小僧奉公に
 母校の小使いとなる
 板橋街役場の給仕として勤務
 山本炭鉱事務所勤務時代
 第二商業学校への転校と恩師のお引き立て
 台北での下宿生活
 日本に出発前の帰宅
 日本へ出発、山口へ受験に
 山口高商入学
 米軍潜水艦に撃沈された高千穂丸に乗らず命拾い
三 いよいよ本格的な社会へ
 卒業後は林長壽氏の仕事の手伝い
 坑内大事故発生
 林英昭さんと結婚
 軍工事に徴用される
 帰宅後マラリアで苦しむ
四 終戦後の家業の変遷
 終戦直後の台湾で
 漁業に従事、あやうく命をなくす
 長男「陽亮」出生
 二二八事件の勃発と義父の災難
 次男の出生
五 金敏窯業所の変遷と鶯歌鎮の窰業発展
 再檢討と新しい決意
 金敏窯業所の経営に専念する
 長女の出生
 三男の出生
 人造研削砥石製造へチェンジ
 砥石製造への転換を開始
 炭鉱の紛糾解決と義父の死
六 豊殖公司所有土地紛糾の解決に向って
 会社のこれまでの経営管理を了解
 会社の成立と事業の合法性を調査
 現状と民情の調査
 第一次株主調査
 法と登記を厳守して事務処理
 第二回目の株主訪問
 業佃紛争の原因
 第二次大戦終戦と二二八事件の発生
 計画推進を決断、業佃大会を召集
 業佃大会で次の解決方針を会得
 台湾初の女性鎮長(町長)の誕生
 輔導会に土地献上は不可能と報告
 三峡豊殖公司土地紛糾処理小組の成立
 佃人代表の委員との会食
 千三百余甲歩の土地を再測量
 再測量の結果
 土地代金支払困難者への融資を手配
 紛糾問題処理の終了
七 砥石工場の技術ストライキに合う
 会社の拡大改組と増資
 意外な出来事
 いよいよ問題が表面化
 二度目の決心
 家内と妹六人で義母許しを乞う
 分裂後のいじめ
  事務所を追われる
  営業資料をすべてとられる
  営業用の電話も商標もとられる
  脱税の容疑で調査局の捜索を受ける
八 三井金属鉱業会社目黒研削砥石工場との技術提携成立
九 養母の別邸建築と新規事業の企画
 工場敷地と宅地の物色と買収
 工場敷地の買収を一九六八―一九七〇に完了
一〇 義母を日本への桜の花見旅行に誘う
 昭和電工安西社長ご夫婦の招待宴
 母子田川タイル工場参観
一一 浅間温泉旅館で廖学甲氏がガス中毒に
 廖氏との出会い
 昭和電工を訪問し、翌日は塩尻へ
 翌朝、廖氏のガス中毒を知り、あわて戸惑った
 昭和電工安西社長の入院と川端康成の自殺を知る
 廖氏は再起できず、よき人材を失った
一二 ふたたび義母を日本へ紅葉狩り旅行に
一三 第六信用合作社に関わる
 台北全市の信用合作社に激震走る
 第六信用合作社の状況と対策
 李登輝ご夫婦と出会う
 職員のスキャンダルを解決
 第十信用合作社との合併で命拾い
 第十信用合作社への引き継ぎ
一四 三井金属が台湾へ酸化チタン工場進出を決定
 中国金属化工公司金山工場成立
 公害発生
 思い切った改革に踏み込む
 生産奨励策を実施しベースアップ
 生産量の倍増が会社の命取りに
 操業停止、清算と工員の退職金問題
一五 恩に感謝し恩に報いる
 夢を実現、母校に雨天体育館兼講堂を建てる
 林長壽紀念図書館を建て、義父の名を永遠に殘す
 山本義信氏に会いに
 恩師の李明来、李林倹の両先生と観光旅行に
 林國安校長記念図書館を建て、恩師の名を永遠に残す
一六 台北県工業会の理事から理事長になるまで
 台北県工業会の役員となり、理事長まで引き受けた
 理事長になって改革する
一七 金銭貸借は整然とした会計と書類の保管が大切だと痛感する
 義父の姉の息子の一人の借金にとても悩まされた
 民国六十一年(一九七二)から借金が増え始める
 田舎に居る義母に急遽報告して対策を練る
 トラブル発生
 裁判相手が借金を全否定
 裁判所への提訴と奇妙な結果
一八 入院中の義母の死
一九 妻の三番目の妹婿を救い、思いがけない大儲けをする
二〇 義理の娘と義理の息子を引き受ける
 鶯歌在住の友人の娘が、東京大学文学博士に
 台北二商の一期先輩の子息の希望で
二一 日本モラロジー(道徳科学)との出会い
 道徳科学の講演を聞いて大いに感激する
 モラロジー(moralogy)とは
 台北市道徳科学研究会に入会、常務理事に当選する
 まず自社の工場従業員にモラロジーの講義
 教育界にモラロジーを広めるべく自発的に努力した
 中華文化復興運動総会でモラロジー教育
 心霊改革推行委員会成立、主任委員に任命される
 本部と緊密な関係に
 全台湾各県市に家庭教育講師団を創設する
二二 知徳高級工商職業学校の経営
 開校と当時の状況
 校名を「知徳」と変更し改革する
 学校経営から離れる
二三 沖道ヨガ本部の紛争を解決
 私と沖道ヨガの関係
 紛争の概要
 漆畑夫人から和解の依頼
 和解の日の夜の出来事
 調停書を精読して解決方法を考える
 台北沖ヨガ道場を売ることに
 本部駐車場の買い上げを三島市に申込む
 予想外の問題が起きる
 解決に向かって関係者と話を進める
  はじめはヨガ道場への土地譲渡契約問題から
  次に東京池袋道場明け渡しの解決へ
 天の神より幸運が
  静岡県庁から土地買い上げの電話
  勝手に話しを進められる
  疲れた身体で帰台する
二四 台湾沖ヨガ会に申し訳ないことをした
二五 子孫への置きみやげ
 回想録を書いて子孫の心の遺産に
白永傳年譜
 学歴(日本統治時代)
 経歴(終戦後)
 報恩(本文ご参照)
 褒賞
 国外旅行、視察
 趣味
結婚六十周年感恩慶祝会
追記
夫の回想録を読んで
日本自分史学会大賞受賞

著者プロフィール

白永傳  (ハクエイデン)  (著/文

1918年台湾生まれ、2007年没。「中國砂輪企業股份有限公司」元会長。親日家であり台湾で苦学の末、日本へ留学を果たし、1943年に山口高等商業学校本科を卒業する。若くして継いだ家業を、一代で台湾No.1のハイテク企業グループに育て上げた。後半生では、社会奉仕や道徳教育、家庭教育講師団の設立に尽力する。趣味の音楽では、ピアノ、バイオリンを得意とし、スポーツは、ゴルフ、沖道ヨガでも大活躍するなど、多彩な顔を持つ。

企業紹介
「中國砂輪企業股份有限公司」の前進は、養父の林長壽が1941年に創業した「金敏窯業所」で、台湾の鴬歌地域で最も古いレンガ工場であった。1953年に工業砥石の生産を始め、のちに白永傳が継いでいる。1964年に改組し、現在は台湾に11社の子会社を持ち、世界有数の工業砥石産業のトップ企業として従業員1000人を超える大企業である。台湾の伝統工業が近代化により成長を遂げた、典型的な成功例といえる。

上記内容は本書刊行時のものです。