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日本で過ごした二十ヶ月 H・G・ホーキンス(著/文) - 創風社出版
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日本で過ごした二十ヶ月 (ニホンデスゴシタニジュッカゲツ)

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発行:創風社出版
A5判
価格 1,000円+税
ISBN
978-4-86037-337-5   COPY
ISBN 13
9784860373375   COPY
ISBN 10h
4-86037-337-5   COPY
ISBN 10
4860373375   COPY
出版者記号
86037   COPY
Cコード
C0098  
0:一般 0:単行本 98:外国文学、その他
出版社在庫情報
在庫あり
書店発売日
登録日
2023年9月28日
最終更新日
2023年9月28日
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紹介

明治25年(1892)から明治27年にかけて、旧制松山中学校で英語教師を務めたヘンリー・ガブリエル・ホーキンスは、帰国後、日本での見聞を滞在中(明治25年7月10日江戸湾着~明治27年4月離日)の二十ケ月を記した小冊子『Twenty Months in Japan』にまとめ、刊行した。本書はそれを翻訳したものである。
 明治25年の夏の松山は、若き日の正岡子規、夏目漱石、碧梧桐、虚子らがいた時期であるが、その当時の松山の様子を、異国人ホーキンス先生が客観的に語っているという、興味深いものである。その観察は克明で、かつ教師としての温かい眼差しで、当時の松山とそこに暮らす人々の様子がありありと描かれている。

目次

1.太平洋ロイヤルメイル蒸気船「エンプレスオブジャパン号」
2.江戸湾と横浜
3.会議が開かれる ―目新しい光景と音―
4.山の保養地にて
5.パスポートが無ければ
6.日本の家屋
7.外国人の日本での暮らし
8.松山―温泉の町
9.祝宴―日曜日の街
10.礼拝参加
11.小川に沿って
12.新年の祝い
13.雪と雪像
14.城への散策
15.夏の暑さ
16.祭りと祝日―神輿
17.山腹の家
18.第三宇和島丸乗船記
19.年老いた神主
20.絵画
21.聖書を携え町や寺院や島へ
22.伝道活動と学校生活
23.私を憎むものは私の父をも憎む
24.友となった少女たち
25.神戸港から阿蘇火山へ
26.内海にて
27.温泉の街
28.イエズス会の回想
29.火山への道のり
30.山腹を登り頂上へ
31.郊外の山を越えての小旅行
32.古美術品
33.日記より
34.生徒の作文 (「清」「中間」「司馬温公」)
35.日本を離れ帰国の途へ
36-1.参考資料1 三四 生徒の作文の原文
36-2.参考資料2 河東碧梧桐の英作文原稿
37.著者略歴
38.あとがき

版元から一言

この本は明治二十五年秋、アメリカから旧制松山中学の英語教師として松山にやってきたホーキンス先生の日本滞在記である。

著者プロフィール

H・G・ホーキンス  (エイチ・ジー・ホーキンス)  (著/文

ヘンリー・ガブリエル・ホーキンス
1866年10月5日 アラバマ州チョクトー郡で生まれる。5歳で洗礼。
1884年 アラバマ大学にて学士取得。
1885年 ホーキンス一家は父の死後、ミシシッピ州クラーク郡エンタープライズに移る。ここで2年間職に就いたが、伝導への道を選ぶ。
1890年 エンタープライズで牧師の資格を得、さらに神学を学ぶためビルト大学に入学。
1892年 日本の松山の公立中学で英語教師となり教鞭をとった。その後日本での見聞を『日本で過ごした二十ケ月』という小冊子にまとめ刊行する。(1901年)
1897年12月 ジャクソンのウィルソン司教から長老(教職者)に叙階された。
1899年 マディソン郡で牧師として務める。
1939年10月13日(金) ヘンリー・ガブリエル・ホーキンスは姪(養女ステラ・ギャロウェイ)2人の兄弟、3人の姉妹を残して没す。ホーキンスは、ホィットワース・カレッジ、ポート・ギブソン女子大学、メンフィス女子大学で、学長を務めた。ミシシッピ会議歴史協会の会長も務め、ミシシッピ州メソジスト教会史などを手掛けた彼の名誉を称えたホーキンス財団が設立された。

上記内容は本書刊行時のものです。