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句集 木の精 KUKUNOTI
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2021年9月25日
- 登録日
- 2021年9月28日
- 最終更新日
- 2021年9月28日
紹介
句集名『木の精』は、ククノチと読む。古事記等に記されている「木の神」のことである。本書は、山を歩きその世界に魅了され、大自然から戴く感動や景色を詠むことをこよなく楽しむ著者の第一句集。山の句を主眼に置きながら、日常をテーマ別に編み四部構成とし、自分の感動や様々な思いを刻む。
目次
1.序(夏井いつき)
2-1.落し角
2-2.天動説
2-3.ケロリンの桶
2-4.雪婆
3.あとがき
前書きなど
<夏井いつき 序文>
句集名『木の精』は、ククノチと読む。
古事記等の古い書物には「久久能智」「句句廼馳」とも記される木の神だ。
「クク」は茎あるいは木木の意、「ノ」は助詞、「チ」は精霊あるいは霊力あるものの尊称で、ヲロチ・イカヅチなどの「チ」と同じだという。
それらを理解した上で、「ククノチ」と声に出してみると、雪に立つ山毛欅の匂いがしてくる。雷鳴の過ぎた沢に汲む水の冷たさ、縄文杉の樹間を動く霧の粒子、屋久杉を取り囲む鹿の声や星の声がさわさわと聞こえてくる。
腰までを雪に埋もれて山毛欅見上ぐ
眠らるるか山毛欅の巨人へ春の雪
かるかると木霊二月の?の洞
雷鳴の過ぎたる沢に水を汲む
朝な夕な縄文杉は霧を吐く
鹿の声屋久杉の声星の声
かの歌は木の精(ククノチ)ましら酒匂う
瀑さんとは長年句友として句座を囲んできたが、彼が山歩きを楽しむようになってから、折々、山の写真を見せてもらう。雄大な風景を切り取る視点にも感嘆するが、小さな草花に向けるまなざしも優しい。
かたくりの花開くまで詩を敲く
苔の花明るしトロッコ道暗し
樊?草盛りや並ぶ牛の尻
鳥に揺れ鼠に揺れる草の花
瀑さんは、句材に対して丁寧に根気よく向き合う。出会った季語の何に自分のアンテナが動いたのか。どんな表情を描写したいのか。そこから感じとったものをどう伝えたいのか。彼は、表現に対して妥協しない。自分という軸をしっかりと持っているから、粘り強く季語と交信する。そして、詩を敲くことに倦まない。
龍神の卵の如く福寿草
龍尾触れたか凍滝の崩れ落つ
龍神を鎮めよ千の夕菅よ
個人的好みになるが「龍」の愛唱三句。これからは、福寿草の蕾を見る度に、龍神の卵だと思ってしまうだろう。凍滝の崩れるさまを見る度に、目に見えぬ龍の尻尾を探してしまうだろう。そして、夕菅の花を見る度に、まるで巫女のようにその花を振るに違いない。
塩辛き七草粥よ山小屋よ
炭酸の弾ける如く樹氷鳴る
源流の氷柱甘くて美しい
むささびを見にゆく月の涸れ沢へ
漫歩さんへ
道しるべたる三椏の花明り
黄金週間嵐と本と山小屋と
何処より何時より膝のなめくじら
げじけじの脚を損ねず逃しけり
駒鳥や雲は我等を通過中
花野にて受ける散髪屋の電話
たれかれに渡しておりぬ朴落葉
木の匙に磨研紙あつる良夜かな
隼にブロッケンの環二度裂かる
レノン忌や山男等のハーモニカ
さらなる愛唱句をと書きとめていくと、ここまでで第一章「落し角」の中のかなりの句を抜いていることに気づく。これでは紙幅がいくらあっても足りない。
第二章「天動説」は、長崎や広島の吟行句を交えつつ西日本豪雨にも及ぶ強靱にして繊細な句が並ぶ。第三章「ケロリンの桶」は日常詠。心ほぐれる家族の表情も描かれている。第四章「雪婆」はさらに圧巻。季語の世界を自由自在にワープしていくこの作家の真骨頂だ。
荒星や婆娑羅の如く詩を敲け
瀑さんは、自他の作品に対して、理論的に分析することを己に課しているのだと思う。気の利いたかに聞こえる印象評や小難しい抽象論で俳句を語った気になるのが、たぶんスゴく嫌いなんだろう。一つ一つの句の良さを、問題点を、改善点を丁寧に考えていくことが、その作品に対する最大の敬意だと考えているに違いない。芯から底から誠実なのだ。
そういう姿勢を貫く瀑さんを慕って、句座を囲む仲間たちも年々増えてきた。これからは、俳句の種を蒔き、育てる指導者の一人として、さらなる力を発揮して欲しい。
この序を書くために、今まさに読み終わって、これこそが俳句作家渡辺瀑の句集だと、深く肯う。胸奥に爽快な木の香を抱いているような心持ちでいる。
我が机上に並べておきたい句集がまた一つ増えた。大きな実りの一冊だ。
上記内容は本書刊行時のものです。