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草萌ゆる 種田 山頭火(著/文) - 創風社出版
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草萌ゆる 山頭火一草庵時代の句

発行:創風社出版
四六判
198ページ
並製
価格 1,500円+税
ISBN
978-4-86037-283-5
Cコード
C0092
一般 単行本 日本文学詩歌
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2019年10月11日
書店発売日
登録日
2019年10月16日
最終更新日
2019年10月16日
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紹介

尾崎放哉と並び称される、自由律俳句の代表的俳人、種田山頭火。放浪の人生のなか、句を詠みつづけ、自ら終の住処と定めた愛媛県松山にて没した。その山頭火没後80年を期に編まれた一草庵時代の句集。山頭火の最後の自筆句帖、山頭火遺稿『愚を守る』、さらに山頭火主宰の「柿の会」の句と松山時代の「層雲」投句を添え纏められた。松山に残された山頭火の遺墨も収める。

目次

1.序
2.一草庵時代の句(種田山頭火)
3.付録
 3-1.『愚を守る』山頭火遺稿・跋(髙橋一洵)
 3-2.「松山ゆかりの山頭火遺墨」(山頭火を支えた人々)
 3-3.山頭火年譜
4.参考文献
5.あとがき

前書きなど

 山頭火逝きて八十年を迎える。自選一代句集『草木塔』以降の一草庵時代の句を知りたいという山頭火ファンの声は絶えない。いくつかの出版物で紹介はされているが、まだ未整理のようだ。貴重な山頭火の最後の自筆句帖(その三)が残されている。昭和十五年八月三日から十月六日の句作である。この句帖より山頭火が〇印を付けている句を山頭火一草庵時代の句の基とした。句帖(その一)(その二)の所在は不明である。そのため山頭火が一草庵へ入庵した昭和十四年十二月十五日からの句は、山頭火没後、昭和十六年刊の山頭火遺稿『愚を守る』に掲載された松山時代の句を整理し収録した。さらに、山頭火主宰の「柿の会」の句と松山時代の「層雲」投句を添え、山頭火一草庵時代の句を纏める。
 百句より一句を選ぶ山頭火の厳選の意をくみ、句集名は付けないこととした。松山を死に場所と決めた山頭火は、一人一草の簡素で事足りるとし、〝おちついて死ねさうな草萌ゆる〟と一草庵を詠む。この句より『草萌ゆる』の著名を頂いた。ご存知のとおり「一草庵日記」は、八月三日から十月八日の日記である。山頭火句帖は同じくも八月三日より始まっている。日記とあわせて松山での最後の山頭火の句を味わって頂きたい。

著者プロフィール

種田 山頭火  (タネダ サントウカ)  (著/文

1882(明治15)山口県西佐波令村(現・防府市)に生まれる。本名は種田正一。
1913(大正2)『層雲』に初入選。「山頭火」の号を用いる。
1916(大正5)酒造業が破産。妻子を連れて熊本に移住。
1919(大正8)心機一転、上京。アルバイト生活を送る。
1920(大正9)妻サキノと戸籍上離婚。
1923(大正12)関東大震災に遭い、熊本に帰郷し仮寓。  
1924(大正13)泥酔して市電を止め、報恩寺で参禅の道へ。
1925(大正14)出家得度。僧名「耕畝」。 
1926(大正15)すべてを捨てて行乞流転の旅に出る。
1932(昭和7)第一句集「鉢の子」刊行。
山口県小郡町に草庵「其中庵」を結庵。
1933(昭和 8)第二句集「草木塔」、1935(昭和10)第三句集「山行水行」、1936(昭和11)第四句集「雑草風景」、1937(昭和12)第五句集「柿の葉」刊行。
1938(昭和13)山口・湯田温泉に「風来居」を構える。
1939(昭和14)第六句集「孤寒」刊行。
10月1日松山へ。
10月6日四国遍路へ 11月21日松山へ帰る。
12月15日 松山市内の「一草庵」に入庵。
1940(昭和15)句会「柿の会」を結成。
自選一代句集『草木塔』を発刊。
第七句集「孤寒」刊行。
10月11日末明、脳溢血(診断は心臓麻痺)で死去。享年59歳。

上記内容は本書刊行時のものです。