版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊 ラノベ
才女の運命 インゲ・シュテファン(著/文) - フィルムアート社
.

才女の運命 男たちの名声の陰で

四六判
280ページ
並製
価格 2,000円+税
ISBN
978-4-8459-1930-7
Cコード
C0098
一般 単行本 外国文学、その他
出版社在庫情報
在庫あり
書店発売日
登録日
2020年1月27日
最終更新日
2020年4月1日
このエントリーをはてなブックマークに追加

紹介

トルストイ、シューマン、ロダン、アインシュタイン、フィッツジェラルド……

歴史に名を残した男たちの傍らで、才能に溢れた女性たちが過ごした波乱の生涯、苦悩の日々。



かつて女性は就くことのできる職業も限られ、チャンスを与えられず、正当な評価を受けることもできない……そのような時代が長らく続きました。「偉人」と呼ばれ、後世に名を残した多くの人々が男性であることからも、それを伺うことは容易です。そしてそのような風潮は現代においても、全てが覆されたとは言えません。

本書で紡がれるのは歴史に名を残す「偉人」のパートナーとして翻弄されながら、それでもなお自らの創造性を発揮しようとした女性たちの物語です。

彼女たちはそれぞれの分野で特異な才能の持ち主でしたが、家庭に入ることで夫や子どもの身の回りの世話に忙殺され、社会的な規範に押し込められ、あるいはパートナーの身勝手さに振り回されることで、自身の夢から閉ざされることを余儀なくされます。

ジェンダーの問題が社会全体の課題として強く認識されるようになった今日でも、同じような状況はあらゆるところに存在しているはずです。25年ぶりの復刊となった本書は、そのような状況に屈することをよしとしなかった気高き女性たちの孤独な闘いと魂の記録を通じ、人がその性差に束縛されず個人として生きることの価値、そしてそれを守ることの義務を問い直す一冊です。


【本書で取り上げる“才女”たち】
◎レフ・トルストイの妻 ソフィア(文学者)
◎カール・マルクスの妻 イェニー(政治活動家)
◎ロベルト・シューマンの妻 クララ(作曲家・演奏家)
◎オーギュスト・ロダンの愛人、ポール・クローデルの姉 カミーユ(彫刻家)
◎アルベルト・アインシュタインの最初の妻 ミレヴァ(物理学者)
◎ライナー・マリア・リルケの妻 クララ(彫刻家)
◎ロヴィス・コリントの妻 シャルロッテ(画家)
◎オットー・ヒンツェの妻 ヘートヴィヒ(歴史学者)
◎カール・バルトの妻 シャルロッテ(神学者)
◎スコット・フィッツジェラルドの妻 ゼルダ(小説家)


「『ミューズ』の美名のもとに、男性から社会的・創造的搾取を受けてきた女性たちを呪縛から解き放つ名著、待望の復刊!」
鴻巣友季子さん推薦!


 有名な男性の陰でずっと生きてこられて、どんなお気持ちですか。エレーヌ・ド・コーニングはあるときそんなふうに尋ねられた。一九三三年から一九八六年に癌で世を去るまでの五十年間、戦後アメリカでもっとも重要な画家の一人となったヴィルヘルム・ド・コーニングとの間に別離と再会をくりかえし、波乱に富んだ結婚生活を送ってきた女性画家は、その質問に対してそっけなくこう答えた。

 「わたしは彼の陰にいるのではなく、彼の光のなかに立っているのです。」

 有名な男性とともに生きてきた多くの女性たちは、エレーヌ・ド・コーニングと同じように考えてきたのだろう。彼女たちは夫の名声が発する光を浴び、その光が自分の上にもふりかかるのを楽しんできたのかもしれない。

 この本で取り上げた女性たちも、夫(や愛人)の名声をいくらかは楽しんだだろうし、なかには有名だったからこそその人を夫に選んだ、という女性もいる。しかし、彼女たちはすべて、多かれ少なかれ、最終的には光ではなく、夫の陰に生きなければならないという辛い体験をした。光があるところには必然的に陰が生じるものだし、この陰は結局妻たちの上に投げかけられる。たいていは彼女たちがまだ生きているうちに、そうでなくても死んでから、男性の天才にばかり興味を示し、女性などはさっさと忘れてしまう後世の人々によって。

(中略)

才能ある女性はどこにでもいるものだ。だからこそ、この本が日本でも読者を見いだしてくれるように願う。

(「日本語版への前書き」より一部抜粋)

目次

※刊行までに変更になる可能性もございます
光と陰 日本語版への前書き
新版のための前書き

男の傍らの女たち 自己主張と自己犠牲の間で

「生死をかけた闘い」
ソフィア・アンドレイェヴナ・トルストヤの日記

「わたしたち女性にはこうしたあらゆる闘いのなかでも、いっそう困難な闘いが割り当てられるのです、というのもそれはより細かい部分に関する闘いなのですから…」
イェニー・ヴェストファーレン゠マルクスの生涯

「わたしが自分の人生の重点を自分自身ではなく、他の人のなかに求めなければならないということ…」
クララ・ヴィーク゠シューマンの人生と作品

「これは女性の搾取であり、女性芸術家を破滅させる行為です…」
カミーユ・クローデルの生涯と作品

「わたしは、女でも男のようにキャリアを積むことができると思う…」
ミレヴァ・マリチ゠アインシュタインの生涯

「彼女はまるで男のように大理石をつかむ」
クララ・ヴェストホフ゠リルケの生涯と作品

「わたしが一番力にあふれていた時代をわたしはロヴィスのために捧げました…」
シャルロッテ・ベーレント゠コリントの生涯と作品

「彼女は夫の仕事を支える代わりに、むしろ自分の論文を書いていたのです…」
ヘートヴィヒ・グッゲンハイマー゠ヒンツェの生涯と仕事

「女性が自立していない、価値の低い地位に置かれているなどと、いったい誰が言うのでしょう…」
カール・バルトの傍らにいたシャルロッテ・フォン・キルシュバウムの生涯

「わたしの考えは、ネズミを追う猫のよう…。」
ゼルダ・セイヤー゠フィッツジェラルドの生涯と著作

参考文献
訳者あとがき

前書きなど

有名な男性の陰でずっと生きてこられて、どんなお気持ちですか。エレーヌ・ド・コーニングはあるときそんなふうに尋ねられた。一九三三年から一九八六年に癌で世を去るまでの五十年間、戦後アメリカでもっとも重要な画家の一人となったヴィルヘルム・ド・コーニングとの間に別離と再会をくりかえし、波乱に富んだ結婚生活を送ってきた女性画家は、その質問に対してそっけなくこう答えた。

 「わたしは彼の陰にいるのではなく、彼の光のなかに立っているのです。」

 有名な男性とともに生きてきた多くの女性たちは、エレーヌ・ド・コーニングと同じように考えてきたのだろう。彼女たちは夫の名声が発する光を浴び、その光が自分の上にもふりかかるのを楽しんできたのかもしれない。

 この本で取り上げた女性たちも、夫(や愛人)の名声をいくらかは楽しんだだろうし、なかには有名だったからこそその人を夫に選んだ、という女性もいる。しかし、彼女たちはすべて、多かれ少なかれ、最終的には光ではなく、夫の陰に生きなければならないという辛い体験をした。光があるところには必然的に陰が生じるものだし、この陰は結局妻たちの上に投げかけられる。たいていは彼女たちがまだ生きているうちに、そうでなくても死んでから、男性の天才にばかり興味を示し、女性などはさっさと忘れてしまう後世の人々によって。

(中略)

才能ある女性はどこにでもいるものだ。だからこそ、この本が日本でも読者を見いだしてくれるように願う。

(「日本語版への前書き」より一部抜粋)

上記内容は本書刊行時のものです。