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ラオスの基礎知識 山田紀彦(著) - めこん
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アジアの基礎知識 5

ラオスの基礎知識

発行:めこん
A5判
縦215mm 横155mm 厚さ20mm
重さ 548g
330ページ
上製
定価 2,500円+税
ISBN
978-4-8396-0313-7
Cコード
C0330
一般 全集・双書 社会科学総記
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2018年9月
書店発売日
登録日
2018年8月16日
最終更新日
2018年10月1日
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紹介

歴史・文化・社会・政治・経済・外交・・・ラオスについての基本的な情報がバランスよくまとめられた概説書。情報の少ないラオスを理解しやすいように、写真、図表、地図を多用。

目次

1ラオスはどんな国か
忘れられた国から訪れるべき国へ
地理、気候、季節
季節や自然とともに生きる
地域と居住地による三区分
都市と農村の異なる顔
外国人にとってのラオスの魅力
ラオス社会の構成要素:一〇のキーワード

2三つの地域と主要な都市
北部
中部
南部

3歴史
ラーンサーン王国
フランス植民地時代
独立闘争から内戦へ――国民意識の形成
社会主義国家建設から市場経済化へ
一九九一年の憲法制定:ラオス史における分岐点
新時代の国民国家建設:後発開発途上国脱却から上位中所得国へ

4民族
多民族国家ラオス
ラオ族と少数民族の関係
主要民族の特徴と居住地
抗仏闘争と内戦における少数民族

5宗教と文化
仏教国家ラオス
生活の一部である仏教と精霊信仰
党と仏教の関係
キリスト教
ヒート・シップソーン(一二の慣習)
バーシー

6政治
社会主義国家ラオス
ラオス人民革命党
人民革命党による国家、社会管理メカニズム
二〇一五年の憲法改正
国会/県人民議会選挙
国会の役割:「ゴム印機関」から国民の代表機関へ
中央と地方の関係:地方が強い一党独裁体制
村の政治:ラオス政治の原型

7経済
基本的な特徴
経済成長を支える外国投資
天然資源への依存
経済開発の負の側面
近代化と工業化の象徴:通信衛星と鉄道プロジェクト
労働者の不足と質の問題
衰えない公務員の人気

8外国との関係
社会主義から全方位外交へ
ベトナム:次世代へと引き継ぐ価値ある特別な関係
中国:依存か? それとも利用か? 深化し続ける関係
韓国:高まるプレゼンス
タイ:好き? 嫌い? 微妙な関係
プレゼンスが低下する日本
関係改善をねらうアメリカ
名実ともにASEANの一員へ

9社会
ブランド化する教育
変化する嗜好
飲み、食べ、話し、音楽が響く社会
SNSの普及
声を上げる人々――古くて新しい現象

参考文献
文献案内
索引

【コラム・ラオスの10人】
カイソーン・ポムヴィハーン
ペッサラート
ヌーハック・プームサワン
プーミー・ウォンヴィチット
スパーヌウォン
スワンナプーマー
カムタイ・シーパンドーン
チュームマリー・サイニャソーン
ソムサワート・レンサワット
トーンルン・シースリット

前書きなど

忘れられた国から訪れるべき国へ


かつてラオスは東南アジアの中でもっともマイナーな国と言われ、一時は「忘れられた国」と揶揄されたこともあった。つい一〇年前までは「ラオスに行く」と言うと、「北海道の羅臼(らうす)?」や「アフリカのラゴス?」と聞き返された。メディアで取り上げられることもほとんどなかった。
私が初めてラオスを訪れたのは二〇〇〇年一〇月である。そのときも友人にラオスに行くと言うと、「それどこ?アフリカ?」と聞かれた。大学院時代にベトナムを研究していた私はもちろんラオスという国を知っていたが、ラオスに関する知識はほとんどなく、当時の多くの人が抱いていたように、ラオスは私にとっても「謎の国」だった。
一九九九年にアジア経済研究所に入所し、半年後に突然ラオスという研究対象国を与えられた私は、二〇〇〇年四月からラオス研究を始めた。ゼロからのスターであるため、政治、経済、歴史、文化など、とにかくラオスについて知ろうとインターネットや図書館で文献を調べたが、その少なさに愕然とした。タイ、ベトナム、インドネシアなど、東南アジアの他国については当然あるような日本語の概説書や専門書がほとんどなかったのである。英語の文献や論文の数は日本語以上に豊富であったが、その数は他の東南アジア各国と比較すると圧倒的に少ない。研究所の先輩の知恵を拝借しようにも、ラオスの専門家は一人もいなかった。
アジア経済研究所は一九六〇年に設立された開発途上国専門の研究機関であり、多くの地域研究者がいる。私が入所した一九九九年には、ブルネイとラオスを除き東南アジア各国の専門家がおり、ベトナムでさえ五人の専門家がいた。タイやインドネシアなど大国の専門家はそれ以上の人数であった。私がラオス担当となるまで四〇年間、研究所にはラオスの専門家がいなかったのである。私にラオスを対象国として提案した当時の理事が、「これまでラオスの専門家は必要なかった。今でも必要かどうかは正直わからない。今後もしかしたら必要になるかもしれないので研究所でもラオス担当を一人置こうと思う。ただしまったく注目を浴びないかもしれないよ」と言っていたのは今でも鮮明に覚えている。開発途上国専門の研究所でさえ、ラオスはこのような位置づけだったのである。そうであれば、一般社会におけるラオスの知名度の低さは言うまでもない。
しかし二〇〇〇年代後半から、ラオスは徐々に日本や欧米で知られるようになった。二〇〇四年一一月、首都ヴィエンチャンで第一〇回ASEAN首脳会議が開催された際、日本から小泉首相(役職は当時、以下同じ)がラオスを訪問し、ほんの数日間だけラオスに注目が集まった。二〇〇〇年代後半になると日系企業の投資先としてラオスに関心が寄せられ、今では「新・新興国」としてテレビ番組で取り上げられることもある。そして二〇一六年九月には再びラオスでASEAN首脳会議が開催され、ラオスは脚光を浴びることとなった。
また近年の大学生による国際支援やボランティアブームによって、ラオスは毎年いくつもの団体が訪れるメジャーな支援先になりつつある。バックパッカーの旅行先としても人気を集めている。二〇〇七年一二月九日付のThe New York Timesは、二〇〇八年に訪れるべき場所としてラオスを第一位に取り上げた。二〇一八年にはルアンパバーンが第五二位に入っている(The Ney York Times, 2018年1月10日付)。現在、ヨーロッパや日本の旅行雑誌でもラオスの特集が組まれるようになった。ラオスは東南アジアでもっともマイナーな国から、訪れるべき国へと変貌を遂げたのである。
とはいえ情報という面でラオスはいまだにマイナー国と言える。書店でラオスの本を探すのは苦労する。ラオスを取り上げるメディアは増えているが、重大事件が発生してもほとんど報道されない。隣国タイでクーデタが起きたとき、「赤VS黄」の争いが起きたときなどのメディアの取り上げ方とは大きく異なる。
たとえば二〇一四年五月、党指導部が乗っていた飛行機が墜落し政治局員一人、書記局員三人が死亡する事故が起きた。党指導部四人が同時に死亡したことは大変ショッキングな事件である。しかし日本のメディアでの扱いは小さく、中には間違った情報を配信したところもあった。あるメディア関係者からは、ラオスのニュース価値は高くないので取り上げることは少ないという話を聞いた。ラオスへの注目が集まる一方で、ラオスに関する情報を入手することはいまだに難しい。
インターネットも同様である。検索サイトにラオスと入力すれば無数の情報が手に入る。たとえばとある検索サイトにラオスと入力したら八一四万件ヒットした。政治、経済、観光、援助、旅行体験記、料理、ボランティアなど、さまざまな情報にアクセスできる。しかしラオスに関する基本的かつ正しい情報を入手できるサイトは少ない。
メディアやインターネットでよく目にするのが、「癒しの国」「微笑みの国」「最後の秘境」「桃源郷」といったラオス像である。私もラオスを訪れ始めた最初の数年間はラオスの人々はいつも笑顔で優しく、みんなが仲良く暮らし、なんて居心地の良い国なのだろうと同じようなイメージを抱いていた。
しかし実際に暮らし、ラオスの人々と一緒に過ごしてみると、そのようなイメージはあまりに表面的であり、ラオスの本質を捉えていないと思うようになった。
ラオスの人々は笑顔で、そしてホスピタリティあふれる態度で外国人を受け入れるが、その反面、どこか保守的で外国人が入り込むことが難しい壁もある。また仲間との結束を重視する社会であり、いつも笑顔で仲間と仲良くしているようにみえるが、裏で陰口を言うことは日常茶飯事であり、実は利害関係のみで人間関係が構築されていることも多い。社会では過度の協調性が求められる一方で、個人の利害に関する事柄については自分勝手な側面も非常に強い。家族や親戚同士の紐帯は強いが、ときにそれはしがらみとなり負担と感じる人もいる。人々は暖かいようで情に薄く、特に近親者や仲間以外には冷たくドライな部分もある。そしてラオスの人はおっとりしているが、プライドが高く自己主張も強い。
このような対極にある要素の共存は政治や経済面でもみられる。ラオスは人民革命党による一党独裁体制である。人民革命党はマルクス・レーニン主義政党であり、社会主義国家建設を目標に掲げている。今でもイデオロギーは体制維持にとって重要な要素だが、一九七〇年後半から市場経済原理の一部を導入し、一九九〇年代から本格的な市場経済化による経済発展を進めている。
また中央集権体制であっても、地方の自律性は非常に高く、中央の決定に地方が忠実に従う保証はない。ラオスの地方行政は県、郡、村の三つにわかれ、中央が県を、県が郡を、そして郡が村を管理し、制度上は中央集権管理体制が整備され、中央の決定は末端まで貫徹されるようになっている。しかし県には県、郡には郡、村には村の利害があり、それぞれが中央の決定や政策を独自に解釈し、ときに中央の決定は形式的にしか実施されない。
このように一見矛盾し相反する要素が共存しているのがラオス社会である。過度の結束と非常に強い自己中心性の共存に見られるように、両極端の要素が不思議と融和している。そのような社会で人々は、非常にバランスを取りながら自分の利害を最大限増やすように巧みに生活している。
このようなバランス感覚は小国でありながら、ベトナム、中国、日本、アメリカなどの大国と渡り合い、それぞれから援助を引き出している外交でもみ見られる。ラオスの外交は非常に巧みである。
ラオスには「癒しの国」「微笑みの国」「最後の秘境」「桃源郷」という側面もあるかもしれない。特に短期訪問者やラオスで暮らす一部外国人にとってはそのようなイメージが強いだろう。しかしラオス社会を少しでも深く覗いてみると、非常に複雑で人間臭い社会であることがわかる。

著者プロフィール

山田紀彦  (ヤマダノリヒコ)  (

ラオス研究の第一人者。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員。ラオス国立大学経済・経営学部客員研究員(2003年~06年)、ラオス行政・公務員管理庁JICA専門家(2007年~08年)、ラオス内務省客員研究員(2015年~18年)などのラオス滞在経験を持つ。『ラオス 一党支配体制下の市場経済化』(共編著、アジア経済研究所、2005年)など、ラオス関係の専門書多数。

上記内容は本書刊行時のものです。