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上品の壁
人間の器と奥行き
- 初版年月日
- 2018年2月
- 書店発売日
- 2018年1月31日
- 登録日
- 2017年12月27日
- 最終更新日
- 2018年3月9日
紹介
極端に言えば、「真実は下品の中にこそ宿る」のである。「上品の壁」を乗り越えなければ人間の器は大きくならない。
一人一話形式でバッサリ!「上品の壁」を打ち破る佐高信の筆刀両断!
目次
はじめに──上品さを捨て下品を撃つ
第1章 人間の器──リーダーの魅力と条件
第2章 魅力なき単色人間
安倍晋三のおんぶオバケ
創価学会の池田不名誉会長
黴菌恐怖症の新大統領ドナルド・トランプ
「したたかと言われて久し」中曽根康弘
阿呆なお騒がせマン、前原誠司
元首相、森喜朗の老残
小型ヒトラーの麻生太郎
“マック竹中”で“パソナ平蔵”
痛覚なき石原慎太郎の“無意識過剰”
「類は友を呼ぶ」の櫻井よしこと百田尚樹
説教婆さん、曽野綾子
狂セラの稲盛和夫
蹴手繰り小僧の橋下徹
いつまでもチンピラの北野武
自公政権のお抱え知識人、佐藤優
罪深き国民作家、司馬遼太郎
“便所の神様”相田みつを
当たらない長谷川慶太郎の“星占い”
舛添を知事にした山口那津男らの責任
土下座をした鈴木宗男の卑屈と傲慢
藤沢周平らに嫌われた織田信長
フジテレビの裸のドン、日枝久
姜尚中の間違いと勘違い
“右翼小児病”の女、稲田朋美
公の席に出せない顔の猪瀬直樹
郷里の恥、渡部昇一の薄学
権力を笑えぬ臆病な松本人志
ハレンチ罪の古傷をもつ高橋洋一
即日帰郷を命ぜられた三島由紀夫
オメデタイ作家、塩野七生
“遠足作家”に尋ねたい、沢木耕太郎ら
第3章 奥行きのある人びと
落語と酒が好きなエコノミスト、浜矩子
男をドキッとさせる4日違いの姉さん、落合恵子
現代の戯れ絵師、山藤章二
オリンピックの解説も明快“女三四郎”山口香の直言
97歳で反骨を貫く現役俳人、金子兜太
自民党からリベラルの灯が消えた。加藤紘一の死
健在なり! 佐藤愛子の“怒り節”
29歳で夭逝! 羽生善治のライバルだった村山聖
文化勲章を受けた作曲家、船村徹の異色の弟子
『住友銀行秘史』の著者、國重惇史のあっけらかん
ヤクザを泣かせた加藤登紀子の率直
『二十四の瞳』の名匠、木下恵介
毒舌で鳴らした立川談志の気づかい
前書きなど
はじめに──上品さを捨て下品を撃つ
1999年4月9日付の『朝日新聞』は一面トップで「東京高検則定検事長に女性問題」と報じた。記事には「『噂の真相』によると」とある。結局、これで則定衛は辞任に追い込まれたが、当時、『朝日』の社内では、決して上品とは言えない『噂の真相』などという雑誌をどうして権威づけるのかと議論があったらしい。それが『朝日』の主流だったという。
これを私は「上品の壁」と名づける。下品を嫌い上品ぶって追及が甘くなる。それで下品と後ろ指を差されることを恐れない者たちに負けてしまうのである。
たとえば作家の大岡昇平や城山三郎、あるいは日本興業銀行(現みずほ銀行)最後の頭取の西村正雄などは権力者のスキャンダルを撃つ『噂の真相』を熟読していた。
西村には耐えられない記事もあったと思うが、そうしたものを恐れず読むことによって西村の奥行きの深さが生まれたのではないかと私は思う。
極端に言えば、「真実は下品の中にこそ宿る」のである。「上品の壁」を乗り越えなければ人間の器は大きくならない。
2017年11月27日付の『日刊ゲンダイ』の「週末オススメ本ミシュラン」で私は高橋純子著『仕方ない帝国』(河出書房新社)を取り上げ、こう書いた。それで「はじめに」を結びたい。
〈何年前のことになるのか、新聞労連に呼ばれて記者たちに話をしたことがある。
いささか挑発的に、「新聞記者は上品な仕事ではない。その起こりから言っても、ユスリ、タカリ、強盗の類いなのだ」と扇動した。
そして、「たとえ取材相手からごちそうになっても書くべきことは書け、そうでなければ、たとえば5万円分接待されて書かなかったら〝5万円の人間〟になってしまうではないか」と続けた。「食っても書け」ということである。さすがに会場は静かになってしまったが、帰り際、若い女性の記者が寄って来て「サタカさん、私、立派な強盗になります」と言った。
ああ、話が通じたと思ってうれしかったが、この本の著者は、あの時の女性記者ではなかったか。
そう考えてしまったほどに、センスと踏み込みがある。安保法制を野党が「戦争法案」と批判したことに対して安倍晋三は「無責任なレッテル貼り」と反論したが、著者はこう打ち返す。
「政治はある意味、言葉の奪い合い。とりわけ、安倍政権下では。『レッテル貼りだ』なんてレッテル貼りにひるむ必要はない。さあ、奪いに行きましょう。堂々と貼りにいきましょう」
著者はマツコ・デラックスにインタビューして、こんな発言を引き出す。
「いつからか新聞って、公平中立でないといけないものだとみなされるようになって、朝日新聞がその代表になってるじゃない。誰もが不快な思いをすることなく読める新聞をつくろうなんて、初めから闘う意志がないわよ。新聞なんて公平じゃなくていいのよ。朝日なんか貧乏人の味方だけやってればいいのよ」
著者はその朝日の政治部次長だった。次の開き直りもいい。
「エビデンス? ねーよそんなもん」
よく、ウラを取って書けと言われるが、私はそれを「訴えられないように用心して当たり障りなく書け」ということだと思ってきた。要するに逃げ腰のおためごかしである。『わが筆禍史』(河出書房新社)に詳述したが、訴えられたり脅されたりしてきた私には、それは闘わない者の言い訳としか思えなかった。鮮やかな小太刀の冴えを見せてくれた著者には、今度は大太刀もふるって訴えられることを望みたい。
2018年1月 佐高 信
上記内容は本書刊行時のものです。