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NO NUKES ミツヨ・ワダ・マルシアーノ(著) - 名古屋大学出版会
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直接取引: あり(自社)

NO NUKES 〈ポスト3・11〉映画の力・アートの力

芸術
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A5判
重さ 451g
244ページ
上製
価格 4,500円+税
ISBN
978-4-8158-1014-6   COPY
ISBN 13
9784815810146   COPY
ISBN 10h
4-8158-1014-1   COPY
ISBN 10
4815810141   COPY
出版者記号
8158   COPY
 
Cコード
C3074
専門 単行本 演劇・映画
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2021年2月5日
書店発売日
登録日
2020年12月4日
最終更新日
2021年2月1日
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書評掲載情報

2021-04-24 朝日新聞  朝刊
評者: 生井英考(立教大学アメリカ研究所所員)

紹介

〈見えないもの〉とたたかう――。大震災/原発事故後、なすべきことを問いかけ、時代のメディア環境の中で自生した、追従せざる映画やアート。「小さき声」の響く作品と向き合い、作家たちの揺れ動く言葉を聴く。新たな困難によっても上書きされない、明日への記憶のために。

目次

序 章
1 忘却の中から
2 一つ目の「痕跡」
3 二つ目の「痕跡」
4 忘却から約束へ
5 本書の構成

第1章 フクシマ以前のNO NUKES
――戦後原子力映画と「安全神話」史
はじめに
1 原子力PR映画にみる「安全神話」――『福島の原子力』
2 危険の区画化――『第五福竜丸』
3 可視化される原爆とその意味の形骸化――『太陽を盗んだ男』
4 新たなメディア信奉――『原発切抜帖』
おわりに代えて――ポスト3・11における「安全神話」の解体

第2章 3・11をまたぐ
――『ミツバチの羽音と地球の回転』が示す政治力
はじめに
1 流通スタイルの融合――「古い」自主上映と「新しい」マルチ・プラットフォーム
2 「アクセントのある映画」の中のグローカルな主体
3 解りやすいスタイル――ドキュメンタリーにおける「明瞭性」の意義
おわりに

第3章 「原子力ムラ」に抗する
はじめに
1 「映画」と「法」の結びつき
2 「解りやすさ」の美学/文法
3 『日本と原発』の解りやすさ
4 『日本と再生』の解りやすさ
5 短編作品『東電刑事裁判』『不当判決』の解りやすさ
6 テレビ・ドキュメンタリーと「解りやすさ」の評価
おわりに

第4章 インタビューの力
はじめに
1 「東北記録映画三部作」とは何か
2 「東北記録映画三部作」の三つの方法
3 「東北記録映画三部作」と「語り」という証言
おわりに

第5章 動物、女性、子ども、外国人から学ぶフクシマ
はじめに
1 動物から学ぶ――『福島 生きものの記録』
2 女性から学ぶ――『小さき声のカノン』
3 子どもと外国人から学ぶ――『A2-B-C』
おわりに

終 章 3・11以後のアートの力
はじめに
1 ここから世界に発信されるものは何なのだろうか――『サン・チャイルド』
2 表現者の欲求と先行するハイ・コンセプト――『春夏秋冬』と『五百羅漢図』
3 誰も見ることのできない展覧会――「Don't Follow the Wind」
4 未完であることの力――『Fukushima Traces, 2011-2013』と『無主物』
おわりに――オルタナティブな価値観を求めて

付録 「濱口竜介監督 フィルム・ワークショップ」インタビュー

あとがき
初出一覧
図版一覧
索引

前書きなど

福島での原発事故災害から十年になろうとしている。今、私たちにはフクシマがどのように見えているだろうか。いや、二〇一三年以来の政府のオリンピック東京誘致戦略、二〇一八年に公表された大阪万博の二〇二五年開催決定、さらには二〇二〇年初頭からの新型コロナウイルス感染症の日本襲来も契機となり、東京電力が起こした福島第一原子力発電所事故という人災の責任に対し、あるいは現在も進行中の放射能汚染被害に関して、政府も、マスメディアも、そしてなによりも日本社会全体が、目を瞑ってしまったかのようだ。原発廃止に関し、原発に代わる代替エネルギーへの転換に関し、いまだに福島に帰れない被害者たちの救済に関し、これからもいろいろと議論されなくてはならないはずなのに。われわれは、日本社会全体にとって不都合なこと、国家レベルの精神的外傷を忘却する行為の真っ只中に立ちすくんでいるようだ。

「記憶」を、われわれの大脳皮質に刻まれた「痕跡」だと考えるならば、私たちにとって「忘却」とは「痕跡」の決定的な喪失を意味する。しかし、実際に〈ポスト3・11〉の社会状況を眺める時、先のような「忘却」の現象は、刻まれた痕跡の完全なる喪失とは思えない。事実、福島で起こったこの人災は完全に人々の記憶から消え去っ……

[「序章」冒頭より/傍点は省略]

著者プロフィール

ミツヨ・ワダ・マルシアーノ  (ミツヨ ワダ マルシアーノ)  (

(Mitsuyo Wada-Marciano)
徳島市に生まれる。早稲田大学文学部卒業。ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズで修士号(M.A.)を取得。アイオワ大学大学院シネマ・比較文学で博士号(Ph.D.)を取得。カールトン大学(カナダ)芸術文化学部准教授を経て、現在、京都大学大学院文学研究科教授。著書、『ニッポン・モダン――日本映画1920・30年代』(名古屋大学出版会、2009)、『デジタル時代の日本映画――新しい映画のために』(名古屋大学出版会、2010)、『「戦後」日本映画論――一九五〇年代を読む』(編著、青弓社、2012)、『〈ポスト3.11〉メディア言説再考』(編著、法政大学出版局、2019)、Horror to the Extreme: The Changing Boundaries in Asian Cinema(編著、Hong Kong University Press, 2009)他

上記内容は本書刊行時のものです。