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ハンセン病文学全集 1 小説一 北條 民雄(著) - 皓星社
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ハンセン病文学全集 1 小説一

発行:皓星社
A5判
縦220mm 横155mm 厚さ30mm
上製
価格 4,800円+税
ISBN
978-4-7744-0390-8
Cコード
C0391
一般 全集・双書 日本文学総記
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2002年9月
書店発売日
登録日
2015年3月2日
最終更新日
2019年12月5日
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紹介

1926年~2000年までの74年にわたる、ハンセン病患者・元患者による作品の集大成。

この百年の文学史に対して、もう一つの流れをつくる。(鶴見俊輔)

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目次

北條民雄

 いのちの初夜
 間木老人
 癩院受胎
 吹雪の産声
 癩家族
 望郷歌


吉成稔

 甘藷


豊田一夫

 兄の死


宮島俊夫

 癩夫婦
 檻のなかに


小泉孝之

 愛のかたち(自然心中の記)其の一
 愛のかたち(自然心中の記)其の二
 ビラ配り


沢田五郎

 泥えびす
 青蛙物語


名草良作

 生きものの時
 影の告発


解説

著者プロフィール

北條 民雄  (ホウジョウ タミオ)  (

1914年9月22日朝鮮「京城」生まれ。
1歳から父の郷里の徳島県那賀郡で育つ。1933年2月発病。1934年5月18日全生病院(現・国立療養所多摩全生園)に入院。1936年1月「いのちの初夜」が川端康成の推薦により「文学界」発表され「文学界賞」を受賞する。その後「文学界」「中央公論」「改造」「文芸春秋」に作品を発表。1937年12月5日結核により死去。『北條民雄全集』(1980年 東京創元社)

吉成 稔  (ヨシナリ ミノル)  (

本名・山田稔。1920年3月27日神戸市生まれ。県立中学校二年中退、1937年3月23日長崎愛生園に入所。戦後、失明。キリスト教に入信。『見える』(1963年 キリスト新聞社)、『きもの』(1969年 日本MTL)、『たたかいの記録』(1971年 私家版)、『杖の音』(1977年 新教出版社)。1967年1月5日死去。

豊田 一夫  (トヨタ カズオ)  (

1926年9月8日広島県生まれ。1944年3月24日長崎愛生園に入所。1960年「婦人生活」10月号に、懸賞実話小説「プロミン治療第一号」の作品が入選。園内の「広島県人会」会長、「長島散文の会」会長。

宮島 俊夫  (ミヤジマ トシオ)  (

1917年3月16日愛知県生まれ。県立中学校中退。1939年5月23日長崎愛生園に入所。園内の「文章会」「創作会」のメンバー。「新潮」に1949年「癩夫婦」、1950年「レプラコンプレックス」を発表。園名を峯野吉彌と名のっていたが小説は本名で発表していた。「癩夫婦」(1955年 保健同人社)1955年2月15日死去。

小泉 孝之  (コイズミ タカユキ)  (

本名・角田孝一郎。1917年6月25日群馬県生まれ。陸軍将校として宇都宮の第一四師団に勤務中発病。栗生楽泉園を経て、1948年駿河療養所入所。1965年10月から1983年5月まで18年にわたり全患協会長をつとめる。『創作集Ⅰ』(1970年 復権文庫)軍人恩給は生涯受給しなかった。1999年7月2日死去。

沢田 五郎  (サワダ ゴロウ)  (

本名・松沢清之。1930年4月29日群馬県生まれ。10歳で発病。翌年栗生楽泉園に入所。1949年から目を病み、55年失明。51年から作歌をはじめ『風荒き中』(1967年 新日本歌人協会)、『その木は這わず』(1989年 皓星社)、『まなうらの銀河』(1996年 新日本歌人協会)、『夜のほととぎす』(2002年 生活ジャーナル)。『野ざらし』(1991年 ぶどうぱん通信)、『とがなくてしす―私が見た特別病室』(1998年 ぶどうぱん通信)。

名草 良作  (ナグサ リョウサク)  (

1920年2月28日岐阜県生まれ。1956年11月3日栗生楽泉園に入所。1958年「傷痕」が「小説新潮賞」の最終選考7編および「第三回中央公論新人賞」の最終予選通過の10編に選ばれる。1960年「省令一〇五号室」が「サンデー毎日小説賞」選外佳作。積極的に療養所の外に発表の場を求めた。『生きものの刻』(1972年 沢田タイプ)。1992年1月5日死去。

上記内容は本書刊行時のものです。