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出版者情報
治療は文化である(臨床心理学 増刊12号)
治癒と臨床の民族誌
- 初版年月日
- 2020年8月18日
- 書店発売日
- 2020年8月18日
- 登録日
- 2020年7月15日
- 最終更新日
- 2020年8月7日
紹介
文化と癒しの問題は根源的である。今や古典となった中井久夫「治療文化論」、河合隼雄「中空文化論」、土居健郎「甘え文化論」。このような卓抜な文化論にとどまらず、臨床家の多くが、自らの実践を通じて文化の課題に行きつく。これまで多くの臨床家たちは欧米で学び、欧米文化歴史との対比の中で、日本文化慣習の特徴を意識してきた。
このような世代と時代性があった。西洋の理論を積極的に吸収してきたが、それをそのままもちこんでも、セラピーのプロセスには齟齬が生じる。文化的コンテクストを背景において、ケアとセラピーを行うことを自覚し、その葛藤の中で培われたセラピーの理論は今も基盤を成す。河合隼雄がsand play techniqueを箱庭療法と訳したのは、異なる文化の土壌に移植するうえで卓抜なアイデアであった。
それに対して状況は急速に変動している。グローバルな高度情報化に伴う社会の均一化、多様なメディアの発達による生活と社会基盤の変動。それらによって医療や福祉、教育の現場においても情報化と標準化が急速化する。マイノリティ、多文化間対話、サブカルチャー、気候変動環境汚染の問題への注目を集めるが、並行するように、宗教民族間差別意識による紛争葛藤が多発する。このような地球規模の変動は当然ながら、心の健康と病に関する観点を大きく様変わりさせた。心の危機は文化の危機である。
そこから民族歴史に根差した固有の実践が見直されることは必然であろう。土地に根差した心身のケア、魂への配慮が見直される。標準化、制度化された専門家の知識をいったん保留し、クライエント家族当事者のとらえから教わることそれ自体に、治療的意味があることに気づかされる。ここからナタンのエスノプシキアトリ(民族精神医学)やナラティヴセラピーの観点が生まれたのは周知のことである。
増刊号ではまず、文化と癒しにかかわる現代課題を抽出する。そして歴史文化の知恵から学ぶ。日本文化に固有のセラピーとは何かについて、セラピストたちの探索の歩みを紹介する。土地に根差した治癒や身体技法、シャーマニズムなどにも焦点が当たる。さらに歴史と記憶、記憶の中の歴史がとくに、トラウマケアにおいてテーマとなる。
精神医療の内側からの改革の視点が出てきたことの意味を探る。また多様なアート表現は、文化の粋を集めたものである。アートセラピーという枠を超えて、ケアとの関連でアートの働きとは何かにも注目したい。そして、生活者の視点への回帰から生じた当事者文化、微視文化への注目と自己治癒的コミュニティの形成に焦点を当てる。
この増刊号では、以上のような観点をもとに人々が培ってきた文化の根底にあるものを見直し、もう一つの治療文化論構築への手がかりを提供したい。
目次
1-治癒と臨床のエスノグラフィ
心と文化―治癒の源泉を探る 森岡正芳
平成のありふれた心理療法―社会論的転回序説 東畑開人
多彩な療法の分散―その歴史と行方 小泉義之
2-治癒と臨床を巡る対話
[座談会]来たるべき治癒へ 森岡正芳・北中淳子・東畑開人
3-精神の危機――わたしたちはどのような時代を生きているのか?
感情の消費―感情資本主義社会における自己の真正性 山田陽子
狂気こそ正常 春日武彦
被害について考える―癒しを出発点として 信田さよ子
自己啓発と「加速/減速」 牧野智和
4-地霊と治癒――★辺境(エッジ)と局在(ローカル)にケアを求めて
言葉の根源,意味の母胎へ 安藤礼二
仏教はいかに心の平安を与えたか 井上ウィマラ
日本の頂点文化と癒し 津城寛文
霊性と治癒―多文化フィールドワークからの考察 煎本 孝
多くの日本人に受け入れられる音楽療法―西洋音楽の「枠」を超えて 牧野英一郎
5-歴史と記憶――時の痕跡はささやく
悲嘆をともに生きる―グリーフケア 島薗 進
東日本大震災における霊的体験―故人との継続する絆と共同体の力 堀江宗正
主語的公共空間から述語的つながりの場へ―トラウマとケアをめぐる人類学から 松嶋 健
帰還兵と,生きのびること―イラク戦争の帰還兵の証言集会から 松村美穂
紡がれる記憶―沖縄戦体験者と「見える物語綴り法」 吉川麻衣子
6-病いと物語――実践を紡ぐ・文化を書く
ケアをめぐる北西航路―臨床とその余白 江口重幸
対話とポリフォニー―隔離と分断を越えるために 竹端 寛
自国の負の過去にどう向き合うか―ドイツの「想起の文化」と空間実践 安川晴基
ラ・ボルド病院で見えたもの 田村尚子
スティグマを読み替える―韓国における乳がん患者の事例から 澤野美智子
7-生き延びること――生活者への帰還
声と沈黙 磯野真穂
自己治癒的コミュニティの形成 飯嶋秀治
アール・ブリュットの限界とアートの力 服部 正
ギャンブラーズ・アノニマス(12ステップの自助グループ)―共感・絆・自律の語り 滝口直子
失われた「声」を求めて―パフォーマンス・アートの表現するリアリティ 倉田めば
透明人間の民族誌―言葉がない世界での苦悩とその癒し 石原真衣
当事者の生は,専門家が去った“その後”も続く 大嶋栄子
上記内容は本書刊行時のものです。