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復興? 絆? 大沼 淳一(著) - 解放出版社
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復興? 絆? 福島の今

発行:解放出版社
A5判
縦210mm 横148mm 厚さ7mm
重さ 167g
91ページ
並製
定価 1,200円+税
ISBN
978-4-7592-6784-6
Cコード
C0036
一般 単行本 社会
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2018年3月
書店発売日
登録日
2018年3月15日
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紹介

福島県双葉、大熊町には事故を起こした原発があり、高濃度に汚染されています。東電職員の真新しい宿舎や食堂が建設され、町役場が新築されようとしています。復興とは?絆とは?汚染の現実と住民の思いから考えてみませんか?

目次

はじめに
―福島から私たちを考える―

第一部
―住めない大地があるという事実― 大沼淳一

 人が住むべきでない放射能汚染地域
 この国には故郷を棄てさせられた人々の刻んだ歴史がある
 正確な土壌汚染を測ろうとしない政府
 数字で分断される住民
 被曝限度・年間20mSvをめぐって
 ICRPのLNT(しきい値なしの直線)仮説
 因果律(原因と結果を結ぶ糸)が見えない
 個体差は3ケタ以上と考えるべき
 忘れられた予防原則
 100mSv 以下のエビデンス(証拠となる事実)
 国際原子力ロビーの陰謀
 国連人権委員会の報告を無視する日本政府
 無視された子ども被災者支援法
 チェルノブイリ法による汚染区分と天地の差がある日本の区分
 市民放射能測定所による17都県土壌放射能汚染調査
 住民の多くは戻らない
 では、どうすればよいのか
 引用文献

―大熊町民の声を集めるという営み― 吉原直樹

 研究者ではなく一人の生活者として、聞き取りを
 大熊町民と向き合ってきました
 権力との「対話」と「対峙」の中で
 「放射能まみれの町に帰れ」と言う政府と町
 上からの帰還政策を問う
 まず東電存続ありき
 避難者を貶めるわたしたちの社会
 復興のお金を得るために自治体を残す
 廃炉? 無理だという声が聞こえてくる
 コミュニティはあったのか
 絆で見えなくなる現実
 これまでの自治会 そしてサロンというあり方
 孤立化する被災者
 多様な絆づくりが大切


第二部
【対談】福島原発被爆地の現状と未来 大沼淳一×吉原直樹

―放射性物質は集中管理が原則―

 放射能汚染したあらゆるものが燃やされている
 8000Bq超は申請したら指定廃棄物
 自治体を残すことが大前提
 このごみをどうするか
 聞く耳を持たない政府
 自治体を残すもう一つの選択肢
 すでに6年、戻るしかないのか
 石棺しかない
 無能な政治の責任
 被災地はビジネスの対象?
 大熊町民にとって3・11とは何だったのか
 原発労働者を作り出す構造
 まだみんなで新しい町を作れるはず
 現状をどうとらえるか、どう明日を語るのか

―福島県民と向き合い続ける―それが脱原発への道―

 女性が声を挙げ始めた
 被災者が胸を張れる社会を
 原発という受益構造に組み込まれた福島
 自治体とは住民が主人公のはず
 共同体意識の再考を
 わたしたちが福島県民を追い込んでいないか
 原発が今の福島を作った
 大沼さんから見て帰っちゃいけない地域は双葉、大熊、浪江など……

おわりに
 科学技術は人のため― 大沼淳一
 「大文字の復興」から「小文字の復興」へ― 吉原直樹

著者プロフィール

大沼 淳一  (オオヌマ ジュンイチ)  (

大沼 淳一(おおぬま じゅんいち)
1944年、福島県郡山市生まれ。すぐ宮城県へ。仙台市の高校卒業後、東北大学理学部入学。生物化学を専攻。大学院は名古屋大学で分子生物学専攻。大学闘争に参加。1970年の公害国会を受けて、愛知県にも環境研究所が設立され、その研究職として採用。以後、名古屋オリンピック反対運動、愛知万博反対運動、藤前干潟埋め立て反対運動、岐阜県御嵩町に計画された巨大産廃処分場計画反対運動などさまざまな住民運動に参加。マレーシアにおける三菱化成子会社・アジアレアアース社によるトリウム残土放置事件、フィリピン・レイテ島の日比合弁会社PASAR銅精錬工場やパラワン島の住友金属鉱山のニッケル現地精練工場による環境汚染など、アジア各地の公害輸出事件の調査・告発運動に参加。
 採用時の知事は官選知事時代から連続8期目の桑原幹根知事。そんな保守的な環境の中でも「世のため人のための科学技術者になろうという信念でずっとやってきました」と言う。
 「それこそ万年ひらで、思いがけなく定年まで32年間もおりました。ただ現場というか、実験室で実験台を持っている仕事ですから、比較的自由に世のため、人のための仕事がずっとできてきたのです」
 東日本大震災後、名古屋で市民放射能測定センター(略称:Cラボ)の立ち上げに参加。その後、全国34カ所の市民放射能測定室を横に繋いだ「みんなのデータサイト(略称:MDS)」の結成を呼び掛け、食品や土壌の放射能含有量を一カ所のウェブサイトで誰でも見ることができるシステムが動いている。市民放射能測定室全体の測定技術向上のために奔走。高木仁三郎市民科学基金では助成金選考委員として6年間働くとともに(現在は顧問)、原子力市民委員会として、政策大綱『原発ゼロ社会への道』の刊行に参加し、『改訂版 原発ゼロ社会への道2017』(2017年12月刊行)へも執筆参加。

吉原 直樹  (ヨシハラ ナオキ)  (

吉原 直樹(よしはら なおき)
1948年、徳島県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。その後、同大学大学院社会学研究科に進学(社会学専攻)。社会学博士。大学院終了後、立命館大学、神奈川大学を経て、東北大学で20年間教鞭を取る。2011年3月退職。その後、大妻女子大学に勤務。2017年4月より、横浜国立大学大学院教授。
 大学院進学以降今日に至るまで一貫して追求してきたテーマは、都市社会学の理論的革新であるが、20年近くはヨーロッパで現れた空間論的転回(spatial turn)に即してテーマを深めている。そしてそうした研究の一環として、コミュニティの社会設計に取り組んでいる。それはいわゆる経験的研究に属するが、これまでに福山市、神戸市、東京都品川区、仙台市、青森市、盛岡市、山形市、秋田市、福島市、小田原市等をフィールドとしてきた。なお、以上の研究の足跡については別のところでやや詳しく述べている。(吉原「異端の社会学徒へ/から」金子勇・吉原ほか『社会学の学び方・活かし方』勁草書房、2011年)
 吉原さんは、東日本大震災の発生当時、ちょうど海外大学の勤務(客員教授)を終え、東京で日本学術会議の会議に出席していた。
 「東京での会議のときにものすごく揺れました。これは瞬時、関東大震災の再来ではないかと思いました。その後、身動きが取れなくなりました。東京の交通機関は全部ストップしました。会議の場所(学術会議本部)は、東京のミッドタウンの近くだったのですが、買い物に行ってもどこも何も売っていませんでした。学術会議の1階で毛布を敷いて寝ました。学術会議では、こんなことは初めてということでした。東北新幹線はもちろんだめだし、東北縦貫道もだめだし、帰仙できませんでした。ところがどういうわけか、唯一、福島空港への便が1便だけあったのです。それでとにかく北に行こうということで、福島まで行きました。実はそのとき相双地区からの被災者が身を寄せている避難所がありまして、そこにボランティアで入りました。何かできるのではないかと思って、ふらっと行ったのです」

上記内容は本書刊行時のものです。