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黒澤明と「三十騎の会」
永遠のワンカットを求めて
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2026年9月6日
- 書店発売日
- 2026年9月2日
- 登録日
- 2026年7月22日
- 最終更新日
- 2026年8月21日
紹介
黒澤明監督作品『影武者』の出演者公募で選ばれた30人を母体とした「三十騎の会」はそれ以降、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』と、後期黒澤作品を支え続けた。その一人である筆者が描く青春群像劇にして、日本映画界の知られざる貴重な記録。
目次
主な登場人物
はじめに
第一章 『影武者』
佐々木正明(のちに佐々木帯刀と改名)
岸本靖一
坂西良太
安達博
勝然武美
荒川昌和
熊谷幸男
竹本和正
沖隆二郎
大川ひろし
鳥木元博
桜井勝(のちに櫻井勝と変更)
間瀬泰宏
石原昇
原田耕治
クランクイン
勝新太郎登場
『佐々木君はどうした』
ト書の映像化
藤原釜足さん
オーディションの意味
仲代信玄と勝信玄
武田館での生活
中津川ロケ
「三十騎の会」の結成
高天神城
侍の心構え
北海道ロケ
徒士組の夜遊びと騎馬組とのギャップ
ある批判と直訴
コッポラとルーカス
ショーケン
熊本城
失敗! キタロー! カラッポラ!
ラストシーン
第二章 『乱』
北海道へ
動き出す『乱』
出演者たち
製作発表
ウェスタンとブリティッシュ
黒澤流
スタジオでのセット撮影
再びの姫路城
衣裳三題
熊本城と姫路城
天田益男登場
黒澤組のスタイル
追加の14カットと巻狩りと――
台風待ち
奈落の底の砂千里と御殿場
滅亡劇なのか復讐劇なのか!
あるNG
川渡り
湯坪庵
合戦
再びのカオス
長期ロケの第二章
カットになった夜間撮影
地獄絵図の始まり
第三章 『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』
『夢』
1988年12月27日、『夢』の製作発表
第2話・桃畑
第3話・雪あらし
第4話・トンネル
第5話・鴉
第6話・赤富士
第7話・鬼哭
第8話・水車のある村
素晴らしい夢
「梅林」でのこと
『八月の狂詩曲』
鈴木美恵(現在は、鈴木美恵子)さん
ト書の映像化
原作者の印象
『まあだだよ』
馬鹿鍋
第一回魔阿陀会
第一七回魔阿陀会
歴史となった黒澤映画
附章
○「猪さん」逝く
○1998年9月6日、ギリシャのアテネにて
○命日墓参
○お別れの会
○我々にとって、黒澤明とは何であったか?
おわりに
参考図書
前書きなど
はじめに
(…前略…)
今回の執筆は、情報を集める手段として座談会形式としたが、一部は残しながらも多くを一人称に書き改めている。我々が出演した晩年の5作品をメインにコラム集を補足し、我々が耳にした黒澤さんの言葉を全編に散りばめ、出演者にしかわからない撮影現場のエピソードをまぶしながら、各作品を回想しときには分析を試みているのが特徴である。
第一章『影武者』は、戦国時代を代表する武田信玄の影武者からみた長篠の戦いへ至るまでを描いた作品であり、何よりも人生を賭けたオーディションは、生まれて初めて黒澤明とまみえる永遠にとどめておきたい、人生に二度あるかどうかの黄金の刻ときであり、すべての原点はここにある。ここから黒澤さんとの邂逅の幕は切っておとされ、各人のオーディション内容を記している。
第二章『乱』は、シェークスピアの『リア王』の3姉妹を日本の戦国時代の3兄弟に置き換えた、人間の愚かさを天の視点でとらえた空前絶後の、黒澤明のライフワークといえる作品である。作品のイメージはカオス(khaos)なのだが、的確な日本語がないなかで作品名を“乱”とした黒澤さんのセンスに驚きつつ、撮影という日常に顔を出す様々なカオスをもすくいあげている。
第三章は、『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』の最後の三作品としている。
『夢』は、黒澤さんがみた夢をオムニバス形式でデフォルメし、黒澤作品中随一の映像美を追求したものといえるが、黒澤さんが常々口にしている映画の発展に欠かせない科学の進歩である合成やCGという特殊効果やハイビジョン撮影といった、当時の最先端技術を駆使しているのが特徴である。
『八月の狂詩曲』は、我々の出番はないものの、ハリウッドスターのリチャード・ギアを迎えて、戦争を知らない孫たちが、お祖母ちゃんを通して、長崎の原爆を追体験するひと夏のできごとを描いている。
『まあだだよ』は、夏目漱石の門下生のひとりであり、師を超えたといわれる名文家の内田百閒の信じ難い金無垢さと、それに劣らない門下生たちとの心の交流を戦中戦後を通して、思い思われることの何たるかをとらえた、黒澤明監督作品30作目の遺作である。
そして、附章をコラム集とし、
「「猪さん」逝く」
「1998年9月6日、ギリシャのアテネにて」
「命日墓参」
「お別れの会」
「我々にとって、黒澤明とは何であったか?」
と小品ながらも、五作品とは別の輝きを放つものとして、まとめている。
これらのすべては、我々の青春の一ページに鮮明に刻印されている黒澤明という宝物を拾い集めて、我々にとって黒澤明とは何であったかを問い直すことで、新たな地平をめざそうとする試みであり、我々の胸の高鳴りが伝わらんことを願ってやまない。
上記内容は本書刊行時のものです。
