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黙々 高 秉權(著) - 明石書店
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黙々 (モクモク) 聞かれなかった声とともに歩く哲学 (キカレナカッタコエトトモニアルクテツガク)
原書: 묵묵――침묵과 빈자리에서 만난 배움의 기록

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発行:明石書店
四六判
256ページ
並製
価格 2,600円+税
ISBN
978-4-7503-5654-9   COPY
ISBN 13
9784750356549   COPY
ISBN 10h
4-7503-5654-9   COPY
ISBN 10
4750356549   COPY
出版者記号
7503   COPY
Cコード
C0010  
0:一般 0:単行本 10:哲学
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2023年11月20日
書店発売日
登録日
2023年10月31日
最終更新日
2023年12月22日
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書評掲載情報

2024-02-17 毎日新聞  朝刊
評者: 渡邊十絲子(詩人)
2023-12-09 東京新聞/中日新聞  朝刊
評者: 栗原康(アナキズム研究)
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紹介

ディオゲネス/ニーチェ/マルクス/魯迅……。現代韓国社会の問題を現場から見つめる哲学者が世間の「正しさ」と「当たり前」の裏側にある欺瞞と差別意識を解き明かし、希望と絶望の間で生き抜くヒントを与える革新的思索集。

目次

プロローグ 遥かな東方の空

第一部 希望なき人文学
 ノドゥル障害者夜学の哲学教師
 言語の限界、とりわけ「正しい言葉」の限界について
 「考えの多い二番目の姉さん」と哲学の成熟
 声と責任
 思考する人間と苦痛をうける人間

第二部 犬が吠えない夜
 見る目と見える目
 果敢に海外旅行に行った生活保護受給者のために
 慈善家の無礼
 言葉とため息のあいだで
 納得できない「それゆえ」
 ある少年収容所
 使いものにならない人
 約束
 喋るチンパンジー
 生命のゴミ
 「明日」が来ない四〇〇〇日
 苦痛を知らせてくれる苦痛
 被殺者は免れても殺人者は免れることができない

第三部 空席を耕すこと
 記憶とは空席を用意して見まもること
 「わたしたちが暮らす地はどこですか」

第四部 この運命と踊ることができるか
 不可能な象
 障害者、スーパーマン、超人
 ずた袋がない人
 日差し、それのみ
 裁判以前に下された判決
 ある脱施設障害者の解放の経済学
 わたしの友人、ペーターの人生談
 キム・ホシクを追悼し――二周忌追悼式の場で(二〇一八年四月七日)

エピローグ 終わりが未完である理由

 訳者あとがき

前書きなど

プロローグ 遥かな東方の空

 黙々。音のない空っぽの言葉なのに、どうしてこんなにどっしりとしているのか。ここに埋めておいたおかげではためきはしたが、飛んでいくことはなかった。ただ歩こう。騒がずに。心に風が吹くたびに結び目を幾度も結んだ。確信を持ったからではない。今ほど確信がなかった時はない。過ぎてきた道に打ちたてるものがなく、歩んでいく道が鮮明でないにもかかわらず本を出すというのか。これまで発表してきた文章をまとめたものなのに、この考えが頭から離れない。
 少なくとも一〇年前の私は道に対する確信があった。自負心があり、希望があった。研究者共同体のなかで展望があったし、現場人文学の活動で知による救いの可能性を見た。私たちの解放はパンのみならずバラを必要とし、人文学が貧しい人びとにとって少なくともバラの花束になりうると信じた。もちろんその時の展望が幻覚だったとは思わない。ただここ数年の経験で気づいたことは、希望ゆえに行うことは絶望に対して脆弱だということだ。希望が希望としてのみ残り、時が過ぎれば、ある日、人びとは褪あせて変色したその二文字を絶望と読む。
 希望によって膨らんだが絶望によって消えた場所、そこには何もないと思っていた。しかし空っぽの場所と空っぽの言葉があった。わたしは、何のために、何ゆえに歩んだのか。目的と理由を失い、長い間じたばたしていた。しかし「~のために」と「~ゆえに」を消していくと、沈黙が声を発し、空席が姿を見せる。希望が目を奪い、絶望が目を閉じさせようとした場所。いったいこの沈黙と空席にどのように対するべきなのか。よくわからない。それでもこのような言葉は言いたい。道標を失った場所で道が見える。ああ、私はこのような道の上にいるのだ。
 道の果てに何があるのか、いったい私たちはどこに向かって歩むのか、これがなぜ重要でないというのか。とはいえ、道の果てではためく旗や終着地に対する壮大な噂が、どれほど今の歩みを壊したのかもわかるだろう。いきなりやってきた老眼のように、遠いところを見ていると、いざ近い場所が見えないことを知ることになった。遠いところの噂に耳を傾けようとしていたので、横で袖を引っぱり言葉をかける存在に気づけなかった。
 しかし希望も絶望もなしに歩むことはどれほど難しいことか。魯迅の「希望」のある一文を読み、しばらく立ちどまった。ハンガリー革命の詩人ペテーフィ・シャーンドル(Petöfi Sándor)の詩を引用し、そこに加えた一節。「人生は痛ましい。あの大胆で不屈なペテーフィでさえ、最後には暗夜に向きあって足をとめ、はるかな東方を振り返ったのであった」。ああ、勇敢な詩人も真っ暗の夜道を歩きつつ東方の空を見上げたのか。人を惑わし青春を奪うからと「希望」に悪態をついた詩人も、一度は日が昇る方を見上げたのだ。しかしかれは暗い東方の空に絶望しなかった。「絶望が虚妄であるのは希望とまったく同様だ」。
 かれのように黙々とすることはできなかったが、世界に真の闇道はないということはわかる。道は絶望した人びとにとってのみ闇である。息を深く吸いこみ正面を注視すれば、闇は薄まる。ゆっくり歩いてみれば道が少し見え、見えるぶんだけ歩いてみれば、またそれだけ開ける。このように言いつつも、その上それほど暗くもない道を歩みつつも、わたしの軽い頭は、いまでも依然として東方へと戻る。どうか、わたしのなかの賢さが無駄な希望をつくりだしませんように。どうか、わたしの愚かさが黙々と自分の道を行くことを!

 (…後略…)

著者プロフィール

高 秉權  (コ ビョングォン)  (

長いあいだ研究者たちのコミューンであるスユノモで勉強や講義を行ってきた。現在は障害者差別に抗って勉強や闘争をする「ノドゥル障害者夜学」と、読むことに熱情を持つ人びとの空間「読むことの家」で活動している。ソウル大学社会学科で「西ヨーロッパにおける近代的貨幣構成体の形成」で博士学位を取得し、これまで二〇年ほど様々なテーマで著書を編んできた。ニーチェに関する研究書に『ニーチェ、千の目千の道』『ニーチェの危険な本、ツァラトゥストラはこう言った』『アンダーグラウンド・ニーチェ』『ダイナマイト・ニーチェ』があり、社会運動と民主主義に関する著書として『追放と脱走』『民主主義とは何か』『占拠、新しいガバメント』などがあり、様々な現場で人文学を勉強しながら浮かんだ悩みを込めたエッセイに『高酋長、本で世の中を語る』『「生きていく」』『哲学者と下女』(今津有梨訳、インパクト出版会、2017)などがある。最近はマルクスの『資本論』を解説した『ブッククラブ資本』シリーズ(全12巻)を刊行した。現在は人間の限界ないし境界としての障害について研究している。

影本 剛  (カゲモト ツヨシ)  (

朝鮮文学専攻。大学非常勤講師。韓国語共著に『社会主義雑誌『新生活』研究』『境界から見た災難の経験』『革命を書く』などがある。日本語への訳書にクォンキム・ヒョンヨン編『被害と加害のフェミニズム』(共訳)、金賢京『人、場所、歓待』、李珍景『不穏なるものたちの存在論』があり、韓国語への共訳書に金時鐘『失くした季節』、栗原幸夫『プロレタリア文学とその時代』などがある。

上記内容は本書刊行時のものです。