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暴力のエスノグラフィー
産業化された屠殺と視界の政治
原書: Every Twelve Seconds: Industrialized Slaughter and the Politics of Sight
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2022年9月22日
- 書店発売日
- 2022年9月22日
- 登録日
- 2022年8月9日
- 最終更新日
- 2022年10月14日
書評掲載情報
2022-12-24 |
東京新聞/中日新聞
朝刊 評者: 松村圭一郎(岡山大学准教授・文化人類学者) |
2022-11-19 |
朝日新聞
朝刊 評者: 犬塚元(法政大学教授・政治思想史) |
2022-10-30 |
読売新聞
朝刊 評者: 小川さやか(立命館大学教授・文化人類学者) |
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紹介
1日に2500頭の牛が食肉処理される産業屠殺場――その現場に政治学者が覆面労働者として潜入し、不可視化された暴力の実態を明らかにする。さらに屠殺の観察を通して、現代社会における監視と権力、暴力の恩恵を受ける多数者の矛盾と欺瞞、そして〈視界の政治〉の輪郭を浮かび上がらせる。
目次
第1章 ありふれた光景に潜んでいるもの
第2章 血が流される場所
第3章 屠室
第4章 今日はこれでおしまい
第5章 10万個のレバー
第6章 至近距離で仕留める
第7章 品質の管理
第8章 管理の質
第9章 視界の政治
付録A 屠室内の分業
付録B 牛の体の部位と用途
謝辞
解説[羅芝賢]
原注
索引
前書きなど
第1章 ありふれた光景に潜んでいるもの
(…前略…)
本書は、現代の食肉加工業の現場に潜入した目撃談である。これを読んで、現代社会では都合の悪いものが離れた場所に隠蔽され、それが権力メカニズムとして作用している現実に目を向けてもらえれば幸いだ。われわれは日常生活において、製品として加工された肉を文字通り口から体内に取り込んでいるが、現代の屠殺場は「社会から隔絶された場所」である。高い壁に囲まれて外からは見えない汚くて危険できつい職場で、作業員たちは生きた動物を屠り、皮を剥ぎ、解体する。われわれの社会では、都合の悪いものを距離化して隠蔽するメカニズムが徹底している。それを理解するうえで、現代の屠殺場は格好の事例だ。そこで私は、産業化された屠殺を作業員の視点から観察することにした。一般社会が消費する肉を提供するために見えない場所で大量の動物を殺すのはどういうことなのか、これから詳述していく。
社会学者ジグムント・バウマンの言葉を借りるならば、近代的な産業屠殺場は、「監禁地帯」や「隔離され孤立した領域」であり、「なかを覗くことはできず」「一般市民は基本的にアクセスすることのできない」場所だ。それは、監獄、病院、介護施設、精神病棟、難民キャンプ、収容所、拷問室、死刑場、絶滅収容所など、政治的な役割がより明確な施設に類似している。したがって動物が殺されるプロセスを注意深く観察すると、産業屠殺場がなぜ現実に許容されているのか理解できるだけでなく、他の類似の社会的プロセスが、距離と隠蔽のメカニズムのもとで進行している理由を理解する手がかりが得られるかもしれない。実際、一般市民には見えない場所で、戦争は義勇軍によって戦われ、組織的なテロ行為は傭兵に外注され、日常生活に欠かせない何千もの商品や部品が暴力的な環境で製造される。世間から隔絶された場所をじっくり観察すれば、「これまで[自分では]ずっと理解していると思い込んできた事柄について、思いがけない形で考えるようになって当惑する」と社会理論家のピエール・ブルデューは語る。
オマハの屠殺場から牛たちが逃げ出したとき、隠れた姿を現したのは動物の身体だけではない。臭いものに蓋をしてきた体質が、図らずも暴露されてしまった。だからこそ、毎年何千万頭もの牛が殺されているというのに、たった6頭が市街を徘徊しただけで、新聞の第一面に掲載される大ニュースになったのである。動物の糞はおろか臭いさえも、気づき次第、当局に報告するように奨励される社会では、好ましくないものは見えない場所に閉じ込めて隔離することを前提とする権力関係が成り立っている。閉じ込められた動物が脱走してその前提が崩れ去れば、ひた隠しにしてきた実態が白日の下にさらされる。牛たちは屠殺場を逃げ出した途端、人類学者メアリー・ダグラスが「場違いなもの」と定義した汚物も同然に忌避されてしまった。ダグラスは場違いなものに注目することで、場にふさわしいものだけから成り立つ日常世界の実態の解明に取り組んだ。それと同様に、オマハでの牛の脱走事件を契機に、屠殺場でどのような作業が進行しているのか明らかにすれば、距離化と隠蔽が現代社会で果たす役割について理解が深まるかもしれない。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。