書店員向け情報 HELP
出版者情報
在庫ステータス
取引情報
右翼ポピュリズムに抗する市民性教育
ドイツの政治教育に学ぶ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2020年5月30日
- 書店発売日
- 2020年5月30日
- 登録日
- 2020年3月26日
- 最終更新日
- 2021年4月16日
紹介
初等教育段階から学校のみならず地域社会でも社会参加に向けたカリキュラムが組まれ、選挙年齢に達するまでに有権者意識を醸成するドイツの政治教育のしくみを詳しく紹介・解説。右翼の台頭が著しい現状もふまえつつ、日本の「主権者教育」への示唆を述べる。
目次
まえがき
緒言 ドイツの政治教育――この政治的で歴史的なもの[近藤孝弘]
第1部 ドイツの政治教育の理念と実態
1章 戦後ドイツの民主化と連邦政治教育センター[中川慎二]
2章 連邦政治教育センターの活動――ウェブサイトに見るその詳細[神田靖子]
3章 ドイツの政治教育の理念と課題――連邦政治教育センターのカリキュラム[寺田佳孝]
4章 ドイツの「政治教育」の教材――「政治」を「自分ごと」として捉えることから始める[三輪聖]
5章 対象者別に見る政治教育[野呂香代子]
6章 移民・難民問題――連邦政治教育センターの資料を通して[渡邉紗代]
7章 ドイツにおける歴史教育と「負の過去」――戦後からの展開と現在の課題[西山暁義]
8章 日本における政治教育を考える――文部科学省「学習指導要領」の批判的談話研究[名嶋義直]
9章 政治教育について考える――右翼ポピュリズム、民主主義、教育[木部尚志]
第2部 いま、政治教育が向き合うもの
1章 ドイツ連邦政治教育センターの資料にみる右翼ポピュリズムの扱い――ウェブサイト上の特集を中心として[神田靖子]
2章 ドイツの政治教育における「民主主義」の学習とジュニア選挙――個人の主体性および教育と政治の関係性をめぐる難題[寺田佳孝]
3章 ドイツの移民・難民問題――「移民国」としてのメルケル政権の歩み[渡邉紗代]
4章 インターネットとヘイトスピーチ――言語と法から市民権に取り組む[中川慎二]
5章 増殖する右翼ポピュリズムと政治教育――ザクセン州の苦闘[木戸衛一]
6章 独仏、独ポ共通歴史教科書と複眼的視点の可能性[西山暁義]
第3部 政治教育のローカライズ
1章 ドイツの青少年局へのローカライズともう一つのローカライズ[野呂香代子]
2章 ドイツにおける政治教育の現場から見えてくること[三輪聖]
3章 政治教育のローカライズ――民主的シティズンシップ教育の展開[名嶋義直]
編者・執筆者紹介
前書きなど
まえがき
(…前略…)
本書の構成は以下のとおりである。
まず「緒言」として、シンポジウムには参加されなかったが、ドイツの政治教育や教科書問題についての第一人者であられる近藤孝弘先生にドイツの政治教育全般についての俯瞰を執筆していただいた。これにより、政治教育がどのようなものか、その概要が把握されることと思う。
次の第1部では、ドイツの政治教育の中核的組織であるドイツ連邦政治教育センター(Bundeszentrale für politische Bildung)、および各州の政治教育センターの活動を紹介し、ドイツの政治教育の全体像を概観し、ドイツ国内の教育現場での実践例や日本のいわゆる「主権者教育」との関連を考える。
ドイツは第一次世界大戦後、史上稀なる民主憲法との誉れ高いワイマール憲法を有しながら、ナチズムの蛮行を許したという暗い過去を持つ。そのような過去への反省から政府管轄の連邦政治教育センター(以降、bpbと略)が1952年に創立され、続いて各州にも州政治教育センターが設立されている。これらは互いに連携しながら、国民の政治意識を高めることを目的に積極的に啓蒙活動を行っており、その活動を通して、子どもから大人に至るまでの国民一人ひとりに「自分の目で見聞きして考えるという自立した思考を身につける教育」を実践している。bpbに限ってみても、政治教育の理念を実現し、目標を達成するために採用されたテーマ、具体的な内容、伝達の手段、啓発活動は多岐にわたり、膨大な資料の蓄積を誇っている。
そのすべてを紹介することは不可能に近いが、1~3章でbpbの理念や組織、活動形態、出版物などを詳しく見ていく。4~5章では「政治」というテーマがbpbや関連の諸機関でどのように取り上げられているかについて、具体的資料を示して述べる。6章では移民・難民、7章ではナチズムの問題が政治教育や歴史教育ではどのように扱われてきたかを論じる。8章では、日本の文科省学習指導要領をもとに「日本における主権者教育」がいかに政治教育とは異なるものであるかを考察し、民主的シティズンシップ教育の必要性を述べる。最後の9章は第2部への橋渡しとなるものである。右翼のポピュリズムに直面する政治教育の課題の考察から、あるべき政治教育、ひいては民主主義教育について論じる。
第2部では、ドイツの政治教育の現状と問題点を紹介する。昨今のヨーロッパにおいては、移民・難民問題を要因として排外主義的右翼ポピュリズム勢力の台頭はめざましく、域内国境のない統合欧州という理想を掲げて設立されたEUの存続が危機にさらされている。またドイツでは、2018年、2019年の国内選挙においても民主主義とは対極の綱領を掲げる極右政党の支持率が上昇しており、第2党となった州もある。こうした事実は第二次世界大戦中、市民がナチスのプロパガンダに抗し得ず、次第に侵食されていった過去と重なってみえてくる。大勢に屈することなく自立した思考を維持し、個人のなかに批判的な視点を確立することを目的として、反ナチズム、反ポピュリズムを含む民主主義を教えるために導入された「政治教育」の成果に対して懐疑的な目が向けられるのもやむを得ないことであろう。
しかし、極右政党の躍進が目覚ましいのは、主として旧西ドイツとは違って政治教育が行われてこなかった旧東ドイツ地域である。政治教育を必要以上に評価するつもりはないが、旧西ドイツ地域にあり、戦後の政治教育を受けた世代は、一定の分析力、発表力、行動力を養っており、声を挙げる市民として成長してきているようにみえる。福島第一原発事故後、メルケル政権はただちに脱原発を決めた。政権は脱原発を叫ぶ世論に抗し得ず、政権維持のために下した決断であるという見方もあるが、そうであれば世論をそこへ導いた原動力の遠因はこの政治教育にあると考えることもできるのではないだろうか。
第2部では、こうした観点から、まずポピュリズムに対抗する民主主義とはどのようなものか、その実現の方法とは何かを提示したい。そして理想をもって始められた政治教育が現在どのような問題を抱えているかや昨今のヨーロッパ内外の情勢に対抗する民主勢力の闘いを紹介し、民主主義を育てる力とは何かを検討する。
1~2章では、政治教育が右翼ポピュリズムや民主主義をどう扱っているかを具体的資料から探る。3章では移民・難民に対する政権の姿勢、4章ではヘイトスピーチの問題を時事的な問題として論じる。5章は右翼勢力の台頭と活動、およびそれに対抗する民主的勢力の動き、6章ではかつての被支配国であった国々との共通歴史教科書作成といった、解決に困難をともなう問題について政治教育はどのように対処しているかを見る。第1部、第2部は各方面の専門の執筆者がそれぞれの視点から記述しているため、多少内容に重複がみられる。また用語や表記法においても同一ではないが、各分野の学術的伝統や慣習を尊重し、あえて本書で統一しなかった点をご理解いただきたい。
第3部では、これまでに見てきたドイツの政治教育の理念や実情、さらにはその問題点を踏まえ、幅広い分野での実践や日本への適応を考える。
その際に重要なのは、「政治教育(民主的シティズンシップ教育)」をそのまま模倣するのではなく、「自分たちの社会」にローカライズしていくことであり、第3部の主張はその点にある。ここでいう「ローカライズ」とは、「ある理念や手法などを、異なる社会・環境・組織などに導入し、必要に応じて変化させ適用していくこと」を言う。ただ単に真似するだけではなく、導入するフィールド、適応先の状況に合わせることが重要であり、そのためには、導入先の状況を批判的に検討することが欠かせない。たとえば日本社会に「政治教育(民主的シティズンシップ教育)」をローカライズする際に必要なのは、「普通に対話し議論する土壌づくり」であろう。日本においては、異論や批判を好意的には捉えない風潮が社会のあちらこちらにある。したがって日常生活や学校の授業などで、「社会」について、普通に対話し議論する土壌づくりが第一条件であろう。
第3部には「政治教育(民主的シティズンシップ教育)のローカライズ」をテーマとする3本の論考が収録されている。1章は「政治教育(民主的シティズンシップ教育)」のローカライズについて論じる。続く2章は、ドイツの学校見学の記録をデータとし、「教育現場での実践」について論じている。最後の3章は日本の大学教育や留学生教育における「政治教育(民主的シティズンシップ教育)」の実践である。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。