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ヒトラーの娘たち
ホロコーストに加担したドイツ女性
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2016年7月
- 書店発売日
- 2016年7月27日
- 登録日
- 2016年7月21日
- 最終更新日
- 2016年7月21日
書評掲載情報
2016-12-25 | 朝日新聞 朝刊 |
2016-09-18 |
日本経済新聞
朝刊 評者: 川成洋(法政大学名誉教授) |
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紹介
ナチス・ドイツ占領下の東欧に入植した一般女性たちは、ホロコーストに直面したとき何を目撃し、何を為したのか。冷戦後に明らかになった膨大な資料や丹念な聞き取り調査から、個々の一般ドイツ女性をヒトラーが台頭していったドイツ社会史のなかで捉え直し、歴史の闇に新たな光を当てる。2013年全米図書賞ノンフィクション部門最終候補選出作。
目次
おもな登場人物
序
第一章 ドイツ女性の失われた世代
第二章 東部が諸君を必要としている――教師、看護師、秘書、妻
第三章 目撃者――東部との出会い
第四章 共犯者
第五章 加害者
第六章 なぜ殺したのか――女性たちによる戦後の釈明とその解釈
第七章 女性たちのその後
エピローグ
謝辞
監訳者解題
原注
前書きなど
監訳者解題
ナチの帝国は、記録し管理する官僚帝国でもあり、その東欧支配は歴史研究の対象となる膨大な史料を残した。これらはドイツやアメリカ、イスラエル、ロシアなど、各国の文書館に保管され、公開されている。歴史研究者は、こうした「第一次史料」と呼ばれる大量の文書を読み、ばらばらのパズルを組み立ててゆくように、当時の全体像を立ち上げてゆくことを仕事としている。私もここ数年、本書にも登場する親衛隊の「人種植民本部」の組織史料を含む、「民族ドイツ人」と呼ばれた東欧のドイツ系住民の植民事業に関する史料を、ベルリンの連邦文書館で閲覧してきた。
文書館で当時の史料を読みながら私の頭の中で形を取り始めたナチ帝国のイメージとは、まさに「男たちの帝国」であった。史料の中で、ドイツ女性に遭遇することはほとんどなかった。ユダヤ人やポーランド人の移動(=排除)を命令するような文書に署名するのは、親衛隊や行政当局の中で地位のある人間だけである。したがって、こうした地位に女性がほぼ不在であった以上、犯罪の「証拠」を残すのは男性ばかりであった。実際には、ほとんどの場合、文書はフルネームで署名されておらず、姓からだけでは責任者が男性であったのか女性であったのかは判断できない。ただし、ドイツ語の名詞には性があり、地位のある人間であれば、肩書の表示を見れば女性であったかどうかは分かる。しかし文書に女性形の肩書を見ることはほとんどなく、それは事務的な回覧のような重要性の低い文書でも変わりなかった。
一次史料からは占領者としてのドイツ女性をイメージすることは困難であったが、戦争末期には多少事情が異なった。一九四三年、四四年になると、占領地の行政官である男性は、軍隊に招集されて職場を去ってゆく。同時に、かつての同僚が戦死したという回覧が支所に回るようになる。何度か、お悔やみの意味か、戦死した同僚の名前が記され、黒い枠で縁どりされた回覧文書を見つけた。そこには彼らの国家への貢献と犠牲を讃える言葉が続いていたのだが、文書の発行者が明らかに女性であったものがあり、驚いた。その時私は、この時期には男性の欠員を補うために女性が事務作業を担っていたと実感し、ドイツ敗北の予兆を見たのだが、それは私がナチの東欧支配に女性の存在を感じ取った数少ないケースであった。
その後本書に出会い、私は非常に単純な事実を認識していなかったことに気が付いた。自分が文書館で読んできた文書は、他の誰でもなく、東部に派遣された女性秘書や女性事務員がタイプし、複写を作り、ファイルしてきたものであったということだ。確かに、武装した制服の親衛隊員が、机に向かって事務作業をする姿はなかなか想像できないし、実際に雑務も効率的にこなす万能の官僚タイプの殺人者は少なかっただろう。しかし逆に、執務室で軍靴をコツコツと響かせて歩き回りながら、口述筆記をさせる親衛隊員の横で、黙々とタイプを続ける女性事務員の姿をわれわれは想像していたであろうか。女性は占領地にいなかったのではなく、見えていなかっただけであった。実際に構造上も、見えにくかった。もっとも私のケースのように、研究者の側が、女性はほとんど不在であるという想定の上で史料を読んでいることもある。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。