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古代に真実を求めて
盗まれた「聖徳太子」伝承
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2015年3月
- 書店発売日
- 2015年3月25日
- 登録日
- 2015年3月18日
- 最終更新日
- 2015年3月18日
紹介
多元史観に基づく古代史論集。特集「盗まれた『聖徳太子』伝承」は、従来聖徳太子のものとされてきた伝承・事績が実はだれのものであったのかを、九州王朝説の立場から論証する。家永三郎との聖徳太子論争について振り返る古田武彦氏へのインタビューを収録。
目次
巻頭言
真実の「聖徳太子」研究のすすめ[古賀達也]
初めて「古田史学」或いは「九州王朝説」に触れられる皆さまへ[西村秀己]
〔特別掲載〕
古田武彦講演 深志から始まった九州王朝――真実の誕生[古田武彦]
特集 盗まれた「聖徳太子」伝承
《古田武彦氏インタビュー》家永三郎先生との聖徳太子論争から四半世紀を経て[古田武彦]
聖徳太子架空説の系譜[水野孝夫]
「聖徳太子」による九州の分国[古賀達也]
盗まれた分国と能楽の祖――聖徳太子の「六十六ヶ国分国・六十六番のものまね」と多利思北孤[正木裕]
盗まれた遷都詔――聖徳太子の「遷都予言」と多利思北孤[正木裕]
盗まれた南方諸島の朝貢――聖徳太子の「隋との交流」と多利思北孤[正木裕]
九州王朝が勅撰した「三経義疏」[古賀達也]
虚構・聖徳太子道後来湯説――『伊予国風土記』を読み解く[合田洋一]
九州王朝の難波天王寺建立[古賀達也]
盗まれた「聖徳」[正木裕]
「君が代」の「君」は誰か――倭国王子「利歌彌多弗利」考[古賀達也]
法隆寺の中の九州年号――聖徳太子と善光寺如来の手紙の謎[古賀達也]
「消息往来」の伝承[岡下英男]
河内戦争――心の自由を求める戦士と名前のないミカドが歴史を変えた[冨川ケイ子]
研究論文
もうひとつの海幸・山幸――神代と人代の相似形Ⅱ[西村秀己]
「伊予」と「愛媛」の語源――「言素論」が解き明かす[合田洋一]
「景初」鏡と「正始」鏡は、いつ、何のために作られたか――薮田嘉一郎氏の考えに従う解釈[岡下英男]
関から見た九州王朝[服部静尚]
畿内を定めたのは九州王朝か――すべてが繋がった[服部静尚]
資料
1 法隆寺金堂の釈迦三尊像光背銘原文
2 『隋書』俀国伝原文
付録
古田史学の会・会則
「古田史学の会」全国世話人・地域の会 名簿
編集後記
前書きなど
巻頭言 真実の「聖徳太子」研究のすすめ(古田史学の会 古賀達也)
わたしたち「古田史学の会」の会誌『古代に真実を求めて』十八集をお贈りします。
本誌は本号より大幅にリニューアルし、特集企画「盗まれた聖徳太子伝承」をサブタイトルとして、表紙装丁なども一新しました。
特集企画では「古田史学の会」の研究陣による多元史観・九州王朝説に基づき、従来は「聖徳太子」(厩戸皇子)のものとされてきた数々の伝承・事績が、実は九州王朝の天子・多利思北孤(タリシホコ)とその太子・利歌彌多弗利(リ、カミトウのリ)(『隋書』による)のものであったことを、様々な切り口から明らかにしました。
本書により、読者は真実の「聖徳太子」像を知り、真実の日本古代史(古田史学)に触れることができるでしょう。
古田武彦先生は名著『失われた九州王朝』(ミネルヴァ書房より復刊)において、弥生時代から七〇一年まで日本列島の代表権力者は近畿天皇家(後の大和朝廷)ではなく、博多湾岸や太宰府を首都とした倭国(九州王朝)であったことを様々な史料や考古学的事実により明らかにされました。
本書では、『隋書』俀国伝(資料集に収録)に記録された六世紀末から七世紀初頭に活躍した九州王朝の「日出ずる処の天子」多利思北孤とその太子の利歌彌多弗利の事績に焦点を当てました。
ちなみに、この時代の近畿天皇家の天皇は推古天皇(女性)であり、『隋書』に記されているように、その国書で自らを「日出ずる処の天子」と称した「阿蘇山が噴火する」国の天子・多利思北孤(男性)とは全くの別人であるにもかかわらず、日本古代史学界は『日本書紀』に見える「聖徳太子」(厩戸皇子)ら近畿天皇家の事績とする「研究不正(史料事実の無視・軽視)」を永く続けてきました。
わたしたち「古田史学の会」はこうした日本古代史学界の「研究不正」に対して、真実の古代史(古田史学)を世に訴えてきました。ここに、盗まれた「聖徳太子」伝承を正しく九州王朝の事績として復元し、読者の皆様に提示します。学問的批判や反論は大歓迎です。そして、古代に真実を求める学問研究の大道をともに歩みたいと願っています。
二〇一四年十二月一日記
上記内容は本書刊行時のものです。