書店員向け情報 HELP
出版者情報
在庫ステータス
取引情報
自閉症百科事典
原書: The Autism Encyclopedia
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2010年10月
- 書店発売日
- 2010年11月2日
- 登録日
- 2010年12月21日
- 最終更新日
- 2012年6月13日
紹介
自閉症・自閉症スペクトラムとその他の広汎性発達障害(PDD)の研究・治療関連の用語を800項に厳選し定義付けおよび解説を行う。教育学、医学、心理学をはじめ音声言語病理学、理学・作業療法等の分野の120名を超える専門家が執筆した決定版。
目次
編者について
執筆協力者
まえがき
謝辞
自閉症百科事典本編
監修者あとがき
参考文献
付録A スクリーニング・評価ツールおよびカリキュラム
付録B 組織・団体
日本語項目リスト
前書きなど
監修者あとがき
私が自閉症スペクトラム(ASD)の分野を勉強し始めた頃から不思議に思っていたことがある。それは、ASD関連の論文や著書の多くが「レオ・カナー(Leo Kanner)が1943年に論文を発表してから…」や「レオ・カナー以来…」などの冒頭文で始まっていることである。かくいう私も、この手の冒頭文を使ったことは一度だけではない。その他によく使われるのが、「自閉症が知られるようになってあまり時間がたっていない…」という文である。そして、文章の結びには「自閉症の支援(または治療)はまだ確立しておらず、さらなる研究や実践が必要である…」といった意味の文が含まれている。統計をとったわけではないので異論もあるだろうが、私自身はこういった印象を学生時代から持っていた。しかし、さすがにこの頃は、国内外の文献を見てもこの手のパターンは影を潜めたようである。
なぜ多くの著者がこのようなパターンを使ったか真意はわからないが、恐らく、「ASDの研究や支援はまだまだ日が浅く、不確定なことが多い」という意味を含んでいたのではないだろうか。パターンにならって言えば、このあとがきを書いている時点で、「自閉症」という言葉で表される症状がレオ・カナーの論文によって世に知られるようになってから70年近くたっている。この間、自閉症のとらえかたは「教育が不可能」から「教育が可能」へ、「知的障害を伴う重度の障害」から「知的障害を持たないものも含むスペクトラム」と、非常に大きな変遷を遂げている。特に、アスペルガー症候群などの高機能ASDが注目されるようになってから、ASDに対する研究は急速に進化し、ASDのある人々やその家族に対する支援手段も飛躍的に進歩した。
私自身もこの大変遷の一部を実体験している。私が日本の大学を卒業してアメリカの大学院に自閉症の教育を学ぶために留学した時は1992年で、まだ高機能ASDはアメリカの修士課程ではほとんど語られることはなかった。それが90年代後半になってからアスペルガー症候群が大きく取り上げられ、博士課程を修了する1998年には、新たに高機能ASDに対する教育者養成のための修士課程が私の在籍していたカンザス大学で発足した。その時点からは、自閉症教育の分野はとても幅広いものとなり、私自身が大学学部生時代に期待していたものとは全く違ったものとなった。ASDに関連する仕事に就いている方々は、分野や職種は違っても、このように何らかの変遷を経験されたと思う。
さらに大きな経験をしたのは、ASDのある本人とその家族であろう。現在青年期以上の方々にとって、過去20年あまりの高機能ASDに関する認知度や支援手段の移り変わりはあまりに大きな衝撃だったことだろうし、それをサポートする家族にとってはめまぐるしい変化と、変化の速さについていけない支援体制へのいらだちなど、複雑な心境だと思う。
本書は、このような一言では語ることができないASDを、事典という形で包括的に展望しようとした試みであると言える。本書の編者が言うように、800程度の語数ではASD関連の事項を網羅したとは言えないかもしれない。しかし、ASDのある本人や家族、また彼らを支援する専門家や職員にとって、本書は比較的簡単にASD関連の用語を知ることができるツールと言えよう。
本書の内容は、編者がアメリカの大学に所属しているということもあり、当然のことながら、日本の読者にとって多少の文化的バイアスは存在するだろう。これは、わが国で現在出版されているASD関連の翻訳書すべてに言えることである。しかしアメリカ国内でも、ASDの支援形態は州法や学区の方針によって大きく違いがあるため、アメリカ人読者の受け取りの違いは多少なりとも存在するのである。
今回日本語訳を監修するに当たって、本書の特徴として私がとらえていることは、本書が実に多岐にわたる治療や支援手段を掲載していることである。そして、それぞれの説明にはその方法について科学的検証が十分であるか否かの記述が加えられている。なぜこのような手法をとったかというと、編者も述べているが、本書が事典という形をとっている以上、甲乙に関わらずなるべく多くの情報を盛り込む必要があったからである。さらに、ASDの分野においても、証拠に基づいた手法、つまりevidence-based practiceのコンセプトが現在主流となっている。本書を見ていただいてわかるように、数十年の短期間でこれほど治療や支援手段が研究開発されてきた分野はそれほど多くない。この飛躍的な進歩の長所として言えるのはASDのある本人、家族、支援者に多くの「選択肢」が与えられたことであろう。アメリカの教育において、教育を受ける側はしばしば消費者(consumer)と呼ばれる。つまり、教育はサービスであり、特別支援教育においても個人のニーズに応える支援の決定権は最大限本人とその家族にある。教育する側は彼ら「消費者」と密接な連携のもとに個別教育支援計画(individualized education program)をたて、双方の合意のもと支援を実行するのである。その過程において10年前と現在では、支援の選択肢の数には非常に大きな差があるのはご理解いただけよう。わが国でもASDの支援関連に関する書籍や資料は爆発的に増加している。しかしその一方で、「消費者」側にとって、また医療・教育・福祉サービスを提供する側にとって、そのたくさんの選択肢の中から個人に合った手段を見つけることは容易ではなくなってきた。実際、多くの支援手段から「何をどう使ったらよいのかわからない」という現場の声も大きい。evidence-based practiceは、そのような支援を受ける、また実践する側にとって、支援手段の効果や安全性、さまざまな支援対象への適正などのクオリティをチェックする1つの指標となるものである。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。