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ネパールの政治と人権
王政と民主主義のはざまで
原書: Forget Kathmandu: An Elegy for Democracy
- 出版社在庫情報
- 品切れ・重版未定
- 初版年月日
- 2006年2月
- 書店発売日
- 2006年2月15日
- 登録日
- 2010年12月28日
- 最終更新日
- 2010年12月28日
紹介
2005年2月の軍事クーデター以後,政府・反政府側双方からの不当なさまざまの人権侵害にさらされている自国ネパールの民主主義を,一住民の視点で解き明かす話題書の翻訳。劇的な政治の奔流のまっただ中にあるネパールの今を考える一冊。
目次
序説:ネパールを読む
起こらなかったクーデター
歴史展示
風、霞
ポストモダン民主主義
大虐殺が起こる
終わらない革命
謝 辞
監訳者あとがき
前書きなど
監訳者あとがき
本書は「Forget Kathmandu― An Elegy for Democracy」の全訳である。著者のManjushree Thapaは三十代の女性で、これまでにルポルタージュ、エッセイを手がけている。本書では、混迷の極みにある自国ネパールの近代民主主義について、ネパールの一住民の視点で、歴史、回顧録、ルポルタージュを組み合わせ、ときほぐそうとしている。しかし、この本の全体を通してよく出てくる「真実が失われた」という一文に表れるように、知ろうとすればするほどわからないことが出てくることに気づく。
この本はネパールの将来を模索するものではなく、今後ネパールがどうなっていくのかを知りたい者にとっては若干尻すぼみの印象もある。しかし、首都カトマンドゥにいてはわからない辺境のマオイスト支配地域のルポルタージュを試み、また若い世代として自国の歴史を改めて見直すという書き方をしていることが、ネパールの将来はこのような若者が担っていくのだろうという希望を読者に持たせるのではないだろうか。
本書は、二〇〇一年六月の王室虐殺事件の勃発から話が始まる。王室虐殺事件当日、カトマンドゥで働いていた萩原は、職場からの早朝の電話で起こされ、震えながらテレビの前に正座してBBCとCNNを行ったり来たりした。水道に毒を盛られるという噂を何人ものネパール人から聞いた。訳しながらその当時の感覚がまざまざと思い出された。
ラナ家の統治時代と絶対王政のパンチャヤット体制時代の歴史描写が続く「歴史展示」及び「風、霞」は、最近の不安定な政治体制の理解にも役立つと思われる。この難しい部分は訳者の中でネパール経験が最も長く、ネパール語も堪能な河村と柴崎が担当した。
一九九〇年の民主化後は、NGO活動も合法化され、開発援助が増加した。九〇年代には磯野、河村、柴崎が、調査や青年海外協力隊の活動のために農村部に入っている。マオイストが武装闘争を開始した一九九六年頃、地方の村ではマオイストは大きく支持を得ていたという。一九九六年の統計では、全ネパール人の実に四二%が国連開発計画で定める貧困ライン以下の生活をしていた。その貧困層が、土地や富を分配すると宣言したマオイストを支持するのはむしろ自然のことと思われる。「ポストモダン民主主義」はNGOの駐在員として二〇〇二年からネパールで活動している小松が担当した。ダイレク郡の迫真のルポルタージュ「大虐殺が起こる」は、同地域を訪問したことのある磯野が担当した。
著者は日本語版のために、二〇〇五年二月の国王クーデター直後の状況を「序説:ネパールを読む」と「終わらない革命」に追記してくれた。そのため、幸か不幸か今後もネパールの情勢から目が離せないという緊張感が本書の締めくくりとなった。
その後のネパールの政治情勢としては、
二〇〇五年四月末 国王は非常事態宣言を解除したが、検閲等の弾圧は二〇〇六年一月現在も続いている。
二〇〇五年四月から五月 全国ストライキ、交通妨害などが多発
二〇〇五年九月三日 マオイストは三ヵ月間の停戦を通告するが政府はこれを受諾しない。
二〇〇五年十一月二十二日 七大政党とマオイストは憲法制定議会選挙の実施など十二項目に合意。
二〇〇五年十二月二日 マオイストは一ヵ月間の停戦延長を宣言。
二〇〇五年一月二日 マオイストは停戦破棄を宣言。
市民社会を規制する政府の動きとしては以下のものがあり、これに対しては市民による街頭デモや訴訟などが続いている。
二〇〇五年十月九日 メディア規制法の発令
二〇〇五年十一月十日 NGO行動規範の発令
今後、市長他の選挙を二〇〇六年二月八日に行なうことが政府により発表されているが、七大政党とマオイストはこれに反対を表明しており、混乱が予想される。二月にはまたマオイストの「人民戦争」開始記念日があり、二〇〇六年は十周年にあたるため、例年より大きな動きになる可能性もある。
本書の監訳者、訳者はネパール、イギリス、日本と各地にいるため、電子メールを通じて連絡を取り、全体を通して河村と萩原が監訳、注釈を整えた。ネパールの刻一刻と変わる情勢に、早く出版したいとのあせりから、誤りを見逃した部分もあるかもしれないが、全て監訳者の責任である。
私たちは全員が三十代で、著者とも同年代である。翻訳作業は個人の発意によるもので、所属先の信条や利益とは無関係である。また私たちの姿勢は、政治政党活動や体制・反体制を支持するものではなく、むしろ開発の分野でネパール人と共に汗を流して働いた経験から、地方の村のネパール人の気持ちに寄り添いたいというものである。私たちはマオイストと国軍の争いにより生命を脅かされている村の友人のことを忘れたことはない。
二〇〇六年一月
萩原 律子
河村 真宏
上記内容は本書刊行時のものです。