版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊 ラノベ
風見章日記・関係資料 新装版 風見章(著/文) - みすず書房
..

風見章日記・関係資料 新装版 1936-1947

発行:みすず書房
A5判
重さ 820g
574ページ
定価 15,000円+税
ISBN
9784622088066
Cコード
C3021
専門 単行本 日本歴史
出版社在庫情報
不明
初版年月日
2019年3月14日
書店発売日
登録日
2019年2月18日
最終更新日
2019年3月15日
このエントリーをはてなブックマークに追加

紹介

「国民政府を対手にせず」。盧溝橋事件から日中戦争の泥沼化、第二次世界大戦の勃発、太平洋戦争、そして敗戦。近衛文麿内閣の書記官長・司法大臣として対中国政策の渦中にあった政治家・ジャーナリストが遺した日記・回想記など資料34編(1936-1947)。政治史・軍事史はじめ、昭和史研究にとっての画期的資料を、ここに公刊。
本書は「第一部 日中戦争と近衛内閣」「第二部 アジア・太平洋戦争と敗戦」および「付録 手記「信毎時代」」から成る。
第一部は、昭和11年8月の中国旅行の回想から、翼賛選挙への出馬を見送った昭和17年6月までの日記・手記、関係資料を収録した。この時期の風見は、第一次近衛内閣で内閣書記官長、第二次近衛内閣では司法大臣に就任し、昭和15年の新体制運動ではその推進役として活躍するなど、政界の最も中枢に位置した政治家の一人であった。風見の政治家人生の中でも最も激動に満ちた時代でもある。
第二部には、昭和17年1月から敗戦後の昭和22年3月までの日記・手記・論考を収録した。昭和17年4月の翼賛選挙への立候補を断念し、在野の人間として過ごした時期の記録である。政局に関する記述は、日ソ関係の論考などを除くと少ないが、それに代わって、戦時下の家族の生活や社会情勢・世相に関する記述が増える。迫真の事実記録であり、鮮かな情勢分析となっている。
「付録」は信濃毎日新聞の主筆時代、大正11年夏頃から昭和2年の回想録で、風見の見た関東大震災の現場報告は、貴重かつ圧倒的な臨場感あふれる記録である。
長年のあいだ風見章とその私設秘書・志冨靭負の遺族のもとに所蔵されていた関係文書が、2007年に早稲田大学大学史資料センターに寄贈されたことで、本書の刊行が可能になった。

目次

第一部 日中戦争と近衛内閣
1 手記 中国旅行回想
2 手記 第一次近衛内閣期
3 手記 「回想記」
4 手記 「昭和十三年五月 秘録 志冨靭負記」
5 風見章言行録
6 日記
7 手記 「昭和十四年八月」
8 日記 「備忘録 昭和十四年九月以降」
9 「備忘録 十四年十月至十一月二十七日」
10 「備忘録 十四年十一月二十八日 三郎闘病記」〔抄録〕
11 日記「政界新体制 昭和十五年五月」
12 新体制運動資料1
13 新体制運動資料2
14 手記
15 日記「備忘録 昭和十六年」

第二部 アジア・太平洋戦争と敗戦
16 手記
17 日記
18 日記「閑居雑記 昭和十八年八月一日」
19 日記「昭和十九年四月起」
20 論考「ソ聯と太平洋戦争との関聯についての若干の考察」
21 論考「日ソ中立条約に関する若干の考察」
22 論考「随時随筆(一) 昭和十九年十月起」
23 手記「随時随筆(二) 昭和十九年十月」
24 論考「一九四四年(昭和十九年)十一月六日ソ聯革命記念日に於けるスターリンの演説に関する若干の考察」
25 日記「雑記 2605 昭和二十年一月 1945」
26 手記「覚え帳」〔抄録〕
27 手記「落穂録」〔抄録〕
28 日記「田園日記抄 一九四五年」
29 日記「備忘 昭和二十年六月一日」
30 手記〔抄録〕
31 日記「備忘 昭和二十年七月二十一日」
32 日記〔抄録〕
33 手記「昭和二十一〔二〕年二月末(一九四七年)G・H・Q行」・「余録」

付録
34 手記「信毎時代」

解説/人名索引

著者プロフィール

風見章  (カザミアキラ)  (著/文

1886年2月茨城県水海道町高野に生まれる。1905年4月早稲田大学高等予科入学、1909年7月同大学部政治経済学科政治専攻卒業。1913年1月中野正剛の推薦で大阪朝日新聞社に入社。国際通信社などを経て、1923年1月信濃毎日新聞社主筆。1928年2月普通選挙制最初の総選挙に茨城三区から立候補するが落選。1930年2月の総選挙で当選。当初立憲民政党に所属したが、満洲事変後の協力内閣運動を機に脱党、1932年12月国民同盟結成に参画した。1937年1月国民同盟脱退。同年6月第一次近衛文麿内閣の内閣書記官長に就任。1940年近衛を中心に新体制運動を開始、同年7月の第二次近衛内閣では司法大臣に就任。同年10月の大政翼賛会創立では常任顧問に就任。1942年4月の翼賛選挙には立候補せず、政界から退いた。1947年公職追放(1951年6月解除)。1952年10月の総選挙に無所属で立候補し当選。1955年1月に左派社会党に入党、同年10月の社会党の統一では顧問に就任。戦後は、憲法擁護国民連合の代表委員として平和憲法擁護運動に取り組むとともに、中国との国交回復に尽力。1961年12月死去。

北河賢三  (キタガワケンゾウ)  (編集

1948年生。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得。現在 早稲田大学教育・総合科学学術院教授。著書 『戦後の出発――文化運動・青年団・戦争未亡人』(青木書店、2000)『戦争と知識人』(山川出版社、2003)『戦後史のなかの生活記録運動――東北農村の青年・女性たち』(岩波書店、2014)。

望月雅士  (モチヅキマサシ)  (編集

1965年生。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得。現在 早稲田大学教育学部非常勤講師。共編『佐佐木高行日記――かざしの桜』(北泉社、2003)、主要論文「風見章の原点」(『早稲田大学史紀要』第44巻、2013)「学生と兵役」(『近代日本研究』第35巻、2019)。

鬼嶋淳  (キジマアツシ)  (編集

1974年生。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得。博士(文学)。現在 佐賀大学教育学部准教授。主要論文「朝鮮戦争期の地域社会における支配と対抗――埼玉県所沢地域の社会運動を中心に」(『日本史研究』第558号、2009)「溝上泰子論――『国家的母性の構造』から『日本の底辺』へ」(赤澤史朗・北河賢三・黒川みどり編『戦後知識人と民衆観』影書房、2014)「戦後日本の地域医療・福祉をめぐる運動――入間医療生活協同組合の模索」(『部落問題研究』第224輯、2018)。

上記内容は本書刊行時のものです。