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幕末会津藩 松平容保の慟哭 鈴木荘一(著/文) - 勉誠出版
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幕末会津藩 松平容保の慟哭 (バクマツアイヅハン マツダイラカタモリノドウコク) 北方領土を守った男たちの最期 (ホッポウリョウドヲマモッタオトコタチノサイゴ)

歴史・地理
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発行:勉誠出版
新書判
192ページ
定価 800円+税
ISBN
978-4-585-22218-7   COPY
ISBN 13
9784585222187   COPY
ISBN 10h
4-585-22218-9   COPY
ISBN 10
4585222189   COPY
出版者記号
585   COPY
Cコード
C0021  
0:一般 0:単行本 21:日本歴史
出版社在庫情報
不明
書店発売日
登録日
2018年9月12日
最終更新日
2018年9月12日
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紹介

会津藩や松前藩が警備陣屋を構えた樺太、函館奉行所や南部藩が駐屯した択捉島…。
幕府が実効支配していた北方領土が、大東亜戦争敗戦によりすべて失われた原因は、薩長により会津藩が滅ぼされたことにあった。
各種第一次資料を丹念に読み解き、公儀に生き、公儀をまっとうした、会津藩士たちの真相に迫る。

*松平容保(まつだいら・かたもり)とは
幕末・維新期の陸奥国会津藩の第9代藩主。肥後守。美濃高須城主松平義建の子、会津藩主松平容敬の養子。
京都守護職に任命され、京都の治安維持と公武合体の実現に努めた。
徳川慶喜の大政奉還に反対し、武装するが鳥羽伏見の戦いに敗北、会津で官軍に降伏後因幡に幽囚。謹慎を解かれてのちは正三位に叙され、日光東照宮宮司をつとめた。
明治26年(1893)歿、59才。

目次

第一章 北方要員としての会津藩   
会津藩の樺太警備
会津藩の江戸湾警備とペリー来航
日米通商条約の調印

第二章 吉田松陰の攘夷論
吉田松陰の処刑  
京都守護職の人選

第三章 京都守護職松平容保
松平容保が京都守護職に就任
松平容保の言路洞開
京都守護職の入京
長州藩の攘夷実行
御所を守った容保は孝明天皇から御宸翰を授けられる
新撰組の池田屋斬り込み
第四章 大政奉還から鳥羽伏見戦争
徳川慶喜の大政奉還 
小御所会議で慶喜の辞官納地が命じられる
討薩表を掲げて大坂城を進発した幕府軍は薩摩軍から奇襲砲撃を受ける
総督大河内正質の不手際による鳥羽伏見戦の敗北

第五章  会津討滅としての奥羽戊辰戦争
奥羽鎮撫使参謀世良修蔵の暴虐 
会津救済としての奥羽列藩同盟
至高のコメンテーター米沢藩士雲井龍雄の時局認識
白河城の陥落  
二本松落城
白虎隊の出陣
西郷頼母の妻千恵子の自決 
会津籠城  
斗南へ挙藩流罪された会津藩

補論  駐英大使松平恒雄のロンドン海軍軍縮条約

あとがき
主な参考文献

著者プロフィール

鈴木荘一  (スズキソウイチ)  (著/文

近代史研究家。昭和23年生まれ。昭和46年東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行にて審査、産業調査、融資、資金業務などに携わる。とくに企業審査、経済・産業調査に詳しく、その的確な分析力には定評がある。平成13年日本興業銀行を退社し、以後歴史研究に専念、「幕末史を見直す会」代表として、現代政治経済と歴史の融合的な研究や執筆活動などを行っている。
主な著書に、『明治維新の正体』『政府に尋問の筋これあり』(以上、毎日ワンズ)、『日露戦争と日本人』『日本征服を狙ったアメリカのオレンジ計画と大正天皇』(以上、かんき出版)、『アメリカの罠に嵌った太平洋戦争』(自由社)、『究極の敗戦利得者日本外務省が隠蔽する 満州建国の真実―軍事の天才石原莞爾の野望と挫折』『日中戦争はスターリンが仕組んだ―誰が盧溝橋で発砲したか』(以上、勉誠出版)など。

上記内容は本書刊行時のものです。