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老人と海
原書: THE OLD MAN AND THE SEA
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2013年9月13日
- 登録日
- 2013年8月9日
- 最終更新日
- 2013年9月12日
紹介
何度も読み返したくなる本がある
シリーズ・世界の文豪 第3弾! ノーベル文学賞作家によるピュリツァー賞受賞作品。E・ヘミングウェイ不朽の名作にして、今日なおアメリカ文学の最高峰と称される『老人と海』を新訳で完全復刻。
舞台はメキシコ湾流。小さな帆船を操り、独り漁を続ける老漁師サンチャゴ。
84日もの不漁の末に、彼はついに巨大カジキマグロと遭遇する。激闘4日間、ついに勝利を収めたサンチャゴだったが、港に戻る途中サメに襲われ、獲物は食いちぎられていく……。
不屈の精神で格闘する老人の姿、彼を尊敬し優しい眼差しで見つめる少年との友情、巨大マグロに対する崇敬や大自然への畏敬の念を見事に描ききった20世紀の名作。
前書きなど
訳者あとがき
本書『老人と海』はErnest Hemingway の『THE OLD MAN AND THE SEA』の全訳である。著者ヘミングウェイ自身も、彼が残したどの作品もあまりに有名なので、いまさらなんの説明も読者には不要かと思われるが、私自身と原作との出会いや初出誌となった「LIFE」誌との多少の係わり合いなどを思いだしながら、手短に『老人と海』にまつわるいくつかの話を記るさせていただく。
ご存知の方が多いことと思うが、この作品は一九五二年九月一日号の「LIFE」誌の特別号で、全編が一挙に発表された。当時の「LIFE」誌は数百万部の発行部数を誇っており、特別号は発売されてから二日以内に、五〇〇万部以上売れたと伝えられている。その一週間後に単行本が発売されると、「LIFE」誌の宣伝効果もあったのだろうが数万部売れたそうで、この作品は当初からすこぶる高い評価を受けた。五三年のピュリツァー賞を受賞しているし、五四年にはノーベル文学賞を与えられている。ヘミングウェイ五三歳のときの作品であり、結果的に、フイクションしては彼が生存中最後に刊行された作品となった。
記憶によると、私が「LIFE」というアメリカの雑誌に始めて出会ったのは中学生のときだった。学校帰りにたまたま立ち寄った友人の兄の部屋の天井一杯に、LIFEの表紙が張ってあったのだ。LIFEの赤いロゴタイプがひどく目に鮮やかだったし、表紙の顔や建物などにも強い印象をうけた。そのころはまだ、ヘミングウェイには縁がなく、戦後の流行で野球ばかりしていたような気がする。高校に入ると、北海道の片田舎の英語力がいかに劣っているか教師にさんざん脅かされ、英語の実力をつけるのにはこれがいちばんだ、『老人と海』を暗記しろと勧められた。しかし、棒暗記するにしろ、一定の学力は必要であり、私には過ぎたる妙案だった。その後、どうにか大学の英文科に入った私は、当時人気絶頂の感のあったヘミングウェイをはじめD・H ・ローレンス、あるいはグレアム・グリーンなどを読んだが、どれだけ理解できていたものかはなはだ怪しい。特にヘミングウェイの原作は書店に溢れている感じだったし、作品はつぎつぎに映画化されて大人気で、『A Farewell to Arms』(『武器よさらば』二九年)、『For Whom the Bell Tolls』(『誰がために鐘は鳴る』四〇年)などの作品の筋は、残念ながら本よりは映画で覚えたような気がする。(数字は原作が発表され年代)
話は前後するが、その後私はたまたまTIME・LIFE社の日本支社の図書編集部に採用され、「LIFE」誌にも毎週親しく目にするようになったが、『老人と海』の初出誌が同誌だったとは、うかつにも知らずにいた。しいて、「LIFE」誌と私の結びつきを探すなら、人類初の月面着陸の偉業を達成したイーグル号と三人の宇宙飛行士にまつわる「LIFE」誌の特集号の日本語版の訳をしたことぐらいだが、こんどは奇●く●しくも同誌に発表された『THE OLD MAN AND THE SEA』を訳出する仕事を与えられたことは予期せぬ喜びだった。
この作品については、すでに世界中で語りつくされた感がある。この作品ないし作者について世界中で書かれてきた研究論文はどれくらいあることか。ヘミングウェイやその作品の研究に生涯をささげている数多●あまた●の専門家を差し置いて、作品論や作家論を展開する知識を私は残念ながら持ちあわせてないし、そんな真似をする見栄もない。非常に象徴性や寓意に飛んだ作品に思われがちだが、「老人と海」は運●つき●に見放された老いたる漁師がめげることなく大物釣りに出かけ、久方ぶりに三日三晩がかりで大きなマカジキを仕留めるが、その獲物をサメどもに完膚なきまで食い荒らされ、草臥れ果てて帰ってきてボロ小屋で眠り込むまでの話しだ、としか言いようがない。ただし、その簡潔にして緊迫感に富んだ話から、なにを感じるかは読者の年齢、経験、関心、感性などによって千差万別であるだろうし、読後感の多様性がこの作品の深さの証左と言えるだろう。
この小説の登場人物は、主人公の老いた漁師とその漁師を名人と敬う少年の二人で、後はその他大勢。それにマカジキとサメたち。その高貴なマカジキあってこその『老人と海』である。老人の歳は五五、六の感じがする。少年の方は、文中に出てくるメジャーリーガーのディック・シスラーとその親の歳から判断すると二十●はたち●見当だが、向こうの人は数字に大まかな点があるので、一五、六歳くらいの感じで訳を進めた。『老人と海』をかつて訳された諸先輩は、たぶん、老漁師より若い年頃にお仕事をなさったものとおもわれるが、私のように彼より歳をとってから、「じいさま」の心境を訳する際には複雑な思いをさせられた。それにつけても、諸先輩の訳業には改めて敬意を表したい。
ヘミングウェイは、ある友人への手紙の中でこういっている。「この作品には、象徴性はまったくない。海は海である。老人は老人である。少年は少年であり、魚は魚である。サメはサメ以外の何者でもない」ヘミングウェイは素直に読んでくれることを読者に期待していたのだろう。そして何かを感じ取ってくれることを。あなたはなにを感じ取るだろう? 生きる力か。戦う気力か。自然への畏敬か。人生のはかなさか。この世への愛着か。
ヘミングウェイはこの『老人と海』を書き上げた二年後の五四年には、先に触れたがノーベル文学賞を受賞。その七年後の六一年七月二日に、猟銃により自殺。初期の作品には、ニヒリストと評されながら、わが国のその系譜に属するといわれていた一群の作家たちには無縁な明るさや自発的な行動性が横溢していたが、そうした側面は晩年には姿を消していた。彼の心中にはどんな思いが隠されていたのだろう。彼の生涯や作品については、編集を担当してくれた青山万里子さんが作成してくれた年譜を参照していただければ幸いである。
二〇一二年 冬
上記内容は本書刊行時のものです。