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わたしが一番きれいだったとき 「問題史」としての戦争と戦後。そして、父と母の若き日の肖像 八柏 龍紀(著) - 季林書房
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わたしが一番きれいだったとき 「問題史」としての戦争と戦後。そして、父と母の若き日の肖像 (ワタシガイチバンキレイダッタトキ モンダイシトシテノセンソウトセンゴ ソシテチチトハハノワカキヒノショウゾウ)

文芸
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発行:季林書房
四六判
縦188mm 横129mm 厚さ28mm
重さ 460g
384ページ
上製
価格 2,200 円+税   2,420 円(税込)
ISBN
978-4-9914613-1-6   COPY
ISBN 13
9784991461316   COPY
ISBN 10h
4-9914613-1-6   COPY
ISBN 10
4991461316   COPY
出版者記号
9914613   COPY
Cコード
C0095  
0:一般 0:単行本 95:日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2026年4月15日
書店発売日
登録日
2026年4月1日
最終更新日
2026年4月15日
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書評掲載情報

2026-05-02 沖縄タイムス
2026-05-01 クレヨンハウス通信  5月号
2026-04-27 日本海新聞
2026-04-25 信濃毎日新聞  朝刊
2026-04-25 中部経済新聞
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紹介

詩人茨木のり子は「わたしが一番きれいだったとき」という詩を残した。茨木のり子が青春時代であったときの1940年から1950年ころ、ちょうど筆者の父と母も青春時代を迎えていた。本書のタイトルはその詩に寄せたものである。
 その時代、彼ら彼女らの頭上には重苦しい「戦争」があった。戦果に一喜一憂する民衆、空疎なスローガンが人びとを縛り、精神と情緒ばかりが大手を振るってのさばるなか、生活物資は窮乏し、食糧が枯渇し、食べていく、生きていくのに精一杯だった時代。
 いったいなぜ「この国」は戦争にのめり込んでいったのか? ひとびとはなぜ根拠の薄いスローガンに身を任せ、迫り来る「カタストロフィー(災殃)」に目を閉ざしてしまったのか? 
 「対米英戦前夜」の現実から書き起こし、〝熱狂〟と〝虚偽〟が横行する時代、さらに「特攻」の悲劇と「原爆」の惨劇について。そして戦後の「民主主義」の流入。「東京裁判」の現実などに視座を定めて、そこから「現代」を照射して、「この国」のありようを論考する。また、より歴史の理解が進むように各章ごとに詳細な「註」を設けてある。

目次

 ◇序章◇ 父と母の時代~1940年から1950年のころのこと [第1章] 対米英戦前夜~「この国」はなぜ戦争をしたのか?~
1.「空気」の出現
・昭和天皇の恐怖とは?
・〝空気〟の存在
・合理性のなかに「空気」はある 
 2.日本人が戦争に向かった理由とは?
   ・1940年ころ、戦争の時代
・議論白熱の正体
・戦争を駆動する〝情緒〟
・「立場」主義と「成果」主義 
・〝中抜き〟構造と無責任性の相関関係
 3.戦争がはじまった!
   ・太宰治、そして父と母の十二月八日
   ・なぜ、「国民=民衆」は戦争に向かったか?
・「報道メディア」と戦争
[第2章]〝熱狂〟と〝虚偽〟の時代~真珠湾奇襲から山本五十六の戦死~
 1.〝熱狂〟の土壌とは?
   ・「近代日本」はいかにして出現したか?
・「産業社会」と「学校」
   ・エリート軍人はなぜ誤ったのか?
 2.「大本営発表」の虚偽
   ・「軍」と「新聞」の癒着とは?
・「竹槍事件」とは?
・「大本営発表」と「九軍神」
   ・生きて虜囚の辱めを受けず
・ドーリットル空襲
・「ミッドウェー海戦」から「玉砕」までの「大本営発表」
 ・幻の「台湾沖航空戦」
   ・謎の「T作戦」の出処
 3.連合艦隊司令長官山本五十六戦死ス!
   ・戦略家の実像
・動員される情緒
[第3章] 「特攻」の悲劇と「原爆」の惨劇
 1.「特攻」を問う!  
   ・「問う」ことの意味
   ・三島由紀夫と「特攻」
・「特攻」への問い
・「特攻」が作戦とされていった経緯
・有馬正文司令官の「特攻」
・関行夫大尉の「特攻」
・熱狂される「特攻」
・「特攻」とその遺書
・「熱誠」と「武士道」の正体
 2.「原爆」を問う!
   ・トルーマンの登場
・「原爆」投下と「冷戦」の開始
   ・投下予定地「京都」とトリニティ実験場
・いよいよ「原爆」投下へ
・「原爆」投下とその救済の〝現実〟
・「軍国」のなかの父と母のこと
[第4章] 「敗戦」後。餓えと「闇市」、そして〝パンパン〟
 1.「敗戦」をどう受容したのか?
   ・「軍国」日本への「問い」
・〝俘虜〟大岡昇平の慟哭
・「白いブラウス」と戦後
 2.〝餓え〟と〝パンパン〟の「戦後」
   ・〝流言飛語〟とアメリカの「記憶」
   ・〝餓え〟と「闇市」
・「RAA」の出現
・強姦事件と性病
   ・〝パンパン〟の出現
   ・〝パンパン〟のもたらした脅威
   ・軍隊毛布と嫁入り、そして傷痍兵の記憶
[第5章] 「東京裁判」は〝勝者の裁き〟なのか?             
 1.「国民=民衆」にとっての「戦犯」とは?
   ・〝騙された〟国民とは誰か?
   ・〝私は貝になりたい〟の情緒
 2.「東京裁判」とは何か?
   ・「事後法」と「戦争の違法化」
   ・「共同謀議」とは?
・「東京裁判」はどう行われたのか?
   ・「東京裁判史観」はどこから出てきたのか?
 3.日本人は〝被害者〟なのか?
   ・「自衛戦争」の根拠は?
   ・「対米英戦争」における被害者意識
   ・国際信義としての「ポツダム宣言」
 4.「東京裁判」が残したもの
   ・死刑となった「戦犯」たち
  ・「奉仕団」と昭和天皇の免責
[終章] 父と母の若き日の肖像~「いっしょうけんめい」とばら撒かれた「民主主義」~
 1.「いっしょうけんめい」とばら撒かれた「民主主義」
   ・〝いっしょうけんめい〟への疑い
・「チューインガム」と「民主主義」
 2.父と母の「戦後」
   ・父の挫折と母の悔恨
   ・結語
  ◇あとがき◇ わたしが一番きれいだったとき

前書きなど

「わたしが一番きれいだったとき」。
 自らの人生を振り返ってみて、そうした感慨を抱く人はすくなくないと思う。この言葉は、いうまでもなく、詩人茨木のり子の詩のタイトルでもある。
 茨木のり子のこの詩は多くの人びとによって知られているが、あえてこの言葉を、この日本の「戦争」と「戦後」の一〇年について書いた本の表題にしたのは、わたしの父と母が青春をおくった時代が、ちょうどこの「戦争」と「戦後」の時代であったことによる。
 「わたしが一番きれいだった」ときの母と、おそらくはまた一番輝いていたときの父。そのごくありふれた庶民の青春時代にあった父と母が、一九四〇年から一九五〇年までの、ほぼ一〇年の時代をいかに生きてきたのか。その想いがこの本のタイトルを引き寄せた。

 戦後八〇年が、すでに過ぎた。
 そんななか、いまもなお不確かなままおかれている問いに、なぜ日本人があのような「戦争」をして、「敗戦」をむかえたかということがある。
 その問いは、いま世界が、二〇世紀前半におこった「戦争の時代」をふたたびむかえようとしているのではないかという危機感にも、また「この国」日本もそうした時代に向かって動きはじめているのではないかという危惧にも結びつく。
いったいなぜ、日本人はあのような悲劇的な出来事、「カタストロフィーcatastrophe」がおこるまで戦争を継続したのか。
 そして「敗戦」後、それまでの「超軍国主義国家」のよろい鎧をあっさりと脱ぎ捨て、なぜ人びとは、歓喜してアメリカわたりの「民主主義」を受容し、なぜあんなにもたやすく口々に平和の世を賞賛しえたのか。

版元から一言

 硬派な歴史エッセイ! 硬派というのは、まず問いかけることにある。
 人は問いかけ、問い続けることで、事実を事実たらしめ、より真実に近づく道筋をつくる。〝問う〟ということは、ときには他者への問いであり、また自己自身への問いであり、いまの時代への問いであり、そして「歴史」への問いとなる。
 本書は、まさにそうした歴史への〝問い〟を真摯に貫いた一書である。さまざまな〝問い〟を抱く読者に、ぜひ読んでいただきたい一書である。

著者プロフィール

八柏 龍紀  (ヤガシワ タツノリ)  (

歴史・社会哲学 秋田県生まれ。慶應義塾大学法学部・文学部卒。秋田県の高校教員を経て、「思想の科学」などを通じて社会評論活動を開始。歴史および社会哲学に軸足を置いて執筆および評論活動を行う。大手予備校講師。東京大学全学自由ゼミ、淑徳大学ETセンターなどで講座を持つ。京都新聞・京都商工会議所共催「京都検定講座」講師、「週刊金曜日」書評委員などをつとめる。主著に『セピアの時代』(大和書房)、『戦後史を歩く』(情況出版)、『「感動」禁止!』(ベスト新書)、『日本人が知らない「天皇と生前退位」』(双葉社)などがある。

上記内容は本書刊行時のものです。