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和子 アルツハイマー病の妻と生きる 後藤 治(著) - 亜璃西社
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和子 アルツハイマー病の妻と生きる

発行:亜璃西社
四六判
288ページ
並製
定価 1,500円+税
ISBN
978-4-900541-42-9
Cコード
C0095
一般 単行本 日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
在庫僅少
初版年月日
2002年2月
書店発売日
登録日
2014年4月1日
最終更新日
2014年4月1日
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紹介

「覚悟してください」。そう医師に宣告され、夫自ら手探りのケアを続けて早10年。アルツハイマー病に冒された妻・和子は、晴れた日に散歩を楽しむなど、今も元気で穏やかな日々を送る…。元高校教師の著者が、教え子たちに励まされながら綴った、渾身のケアレポート!

目次

プロローグ 覚悟してください
◎第一部 ケアレポート
札幌を離れるまで/地理を全く覚えられない/“アルツハイマー中期症状”と診断される/手探りのケア/私、どこも悪くないのに/病気の進行はケア次第/二度目の海外旅行/“貯金”をなくさないことが肝心/秋の日はつるべ落とし/終の住処
◎第二部 チュー太の介護日記――和子と私
[1996年] 2月21日◆おそらく“幼児がえり”の一種/3月21日◆若年性アルツハイマーの典型的症状/6月21日◆夕方症候群/8月4日◆今がいちばん辛い時期/10月27日◆“鬱”と食欲不振の悪循環/12月8日◆裸足で雪道を歩く(事故報告)
[1997年] 2月22日◆夜ほとんど眠らず、乱暴になる/3月8日◆今は第3期の終わりごろ/6月9日◆字を書くことは全くできなくなった/10月1日◆温泉付きデイサービスに週四回通う/11月8日◆私、キュリー夫人のようにやりたかった
[1998年] 3月22日◆知らない曲を一度で覚える/6月20日◆おだやかな笑顔が戻る/11月10日◆食事から排泄までほぼ全介助状態に
[1999年] 2月20日◆和子の歌は“神様の贈り物”/5月3日◆抱きしめて、心の嵐が過ぎ去るのを待つ/7月24日◆特別養護老人ホームへ/8月15日◆私たちの“戦争と平和”――太平洋戦争終結の日/9月12日◆何とか彼女を車に乗せて/10月4日◆ソリストの才能
[2000年] 1月6日◆和子のヘアダイ事件1999/1月18日◆もう私を夫とはわからない?/2月24日◆あらためて「要介護5」の重さをかみしめる/5月3日◆もう歌わなくなったけれど、明るさが戻る/5月24日◆車椅子だが歩く練習も開始/6月17日◆表情豊かな笑顔に可能性を求めて/7月24日◆少し歩けるようになる/8月15日◆“戦争の世紀”の最後の8月に/9月9日◆「四肢・体幹筋はgood」/10月21日◆吾が妻はひとり何を想うや/11月18日◆言葉が少し戻り、再び歌えるようになる
[2001年] 1月21日◆モーツァルトを聴きながら/2月26日◆「歌う和子」/3月31日◆「歩く要介護5」/5月3日◆バリアへの抵抗が脳の活性化を促す?/6月15日◆もう越えられないバリアもある/6月23日◆和子の「生きる意志」/7月24日◆自力排泄ができ、普通食の「要介護5」/7月27日◆「回復という事があるのか」/8月15日◆四年ぶりに和子と音楽会へ/8月24日◆実り多き夏の終わりに/10月1日◆豊穣の秋を迎えて、自分の足で歩きだす/10月21日◆若年性痴呆の平均余命を満たしても和子は元気/11月21日◆希望を持って生きていこう

◎第三部 チュー太もの申す――介護日記に書けなかった“言いたいこと”
 ◆日本の状況はお寒い限り◆本人には聞こえている◆これは“人間の国”か◆「呆け」という言 葉◆“バリアフリー”あるいは“ユニバーサル”について◆『午後の遺言状』について日◆福 祉現場で飛び交う“ぞんざい言葉”◆“嫌音権”と“人権教育”について◆障害者の「肖像権」
エピローグ アルツハイマー病と「告知」
著者略歴/主人公略歴

前書きなど

1992年12月、東京の総合病院で、私の妻である和子は 「若年性アルツハイマー病」 と診断された。医師から「覚悟してください」と言われても、その時の私は「覚悟」が具体的にどのようなものであるのかを知らなかった。診断の翌日から、私の和子への手探りによるケアの毎日が始まった。(本書「プロローグ」より)

版元から一言

長年にわたって教員を務めた著者が、教え子の一言から妻の介護をレポートするようになりました。本書は1996年から現在まで書きつづけられているそのレポートをまとめたものです。定年を目前に控えたある日、妻が若年性アルツハイマー病に冒されていることを医師に告げられる…こんなショッキングな出来事から始まり、自ら妻の介護をすることを決意した著者が、それからの苦難と喜びの日々を綴っていきます。妻への愛情と慈しみの心あふれるこのケアレポートは、単なる介護日記を越えて、読む者にさまざまな問いかけを発します。介護ビジネスの現場で著者が直面した多くの問題は、ひとごとではありません。また、実際に自分がその立場に立った時、配偶者に対していったいどんな振る舞いをできるだろうかという自問…。その後、著者の献身的な努力で、和子さんは従来考えられなかったような回復を遂げます。その姿に、そして夫婦の絆の深さに、明日への希望が見えてくるはずです

著者プロフィール

後藤 治  (ゴトウ オサム)  (

1930年6月、北海道岩見沢町(現在の岩見沢市)鉄道診療所官舎で生まれる.1943年3月、岐阜市郊外の村立厚見国民学校初等科を卒業後、同年4月、市立岐阜加納国民学校高等科に入学、1944年4月、市立大垣工業学校電気通信科に入学.戦後、大垣市立工業学校は岐阜県立大垣工業学校に統合。1949年3月、県立大垣工業学校電気通信科卒業したが就職口が全くなく、同年4月にそのまま新制工業高校3年生に移行、1950年3月、県立大垣工業高等学校電気通信科を卒業。同年二月、岐阜電話局に就職1952年6月、同局を退職。1953年4月、北海道大学(理類)に入学、1957年3月、理学部地球物理学科卒.1957年4月、北海道立浦河高等学校に就職(教諭)、1962年4月、道立美唄南高等学校に転勤。ここで音楽教師の高橋和子と出会う。1963年4月、道立札幌南高等学校に転勤。1964年4月結婚。1968年4月、道立札幌西高等学校に転勤。1983年4月、道立室蘭清水丘高等学校に転勤.
この間、愛知学院大学の図書館司書講習を受講、図書館法による司書資格を取得。1988年3月、同校退職(57歳)。同年4月、札幌にある障害児のための民間の図書館“ふきのとう文庫”に司書として、半分ボランティアで勤務。1991年9月、病を得て退職。1994年3月、“終の住処”を探して小樽市郊外のマンションを購入、転居して現在に至る。

上記内容は本書刊行時のものです。