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海の人々と列島の歴史
漁撈・製塩・交易等へと活動は広がる
- 出版社在庫情報
- 品切れ・重版未定
- 初版年月日
- 2012年12月
- 書店発売日
- 2012年12月13日
- 登録日
- 2011年5月24日
- 最終更新日
- 2024年4月14日
目次
第 一 章 縄文時代― 縄文の昔、漁業(漁撈)はどのように始まったのか―
(一)日本列島の形成、そして豊かな漁場の成立
(二)そして縄文時代が始まった、人々が漁撈(魚とり)を始めた
(三)海の漁撈の始まり ―三浦半島の貝塚群、代表する夏島貝塚―
(四)南からの縄文文化
(五)総合的な漁撈集落の形成―それはいつ、どこに、どのように、出現したのか―
(六)列島に伝わった漁撈文化の大きな流れの源流はどこか
(七)海進は最高潮に達し、漁撈文化は列島に広範に展開する(早期の終わり、前期・中期・後期)
(八)西北九州から九州西岸の漁撈文化―それは半島南部との交流の担い手であったー
(九)気候冷涼化による縄文中期社会の崩壊と列島西部の発展―漁撈文化もその流れの一環であったー
(十)縄文時代の漁撈状況についての総括
第 二 章 弥生時代
(一)稲作の発生とその伝播ーそれは単なる農耕民でなく稲作漁撈民によって伝えられたー
(二)列島への稲作の伝わりとその広がり―稲作漁撈民のもたらした強力なエネルギーとバイタリティー―
(三)九州東北部から西日本各地への展開
(四)そして稲作文化が伝わった弥生の各地
(五)古代出雲の世界 ―日本海を東進する稲作文化―
(六)伊勢湾と幡豆の世界
(七)弥生海人の海上交易
(八)紀元前後、以上の状況を象徴するもの―瀬戸内海を中心として高地性集落の出現
(九)弥生後期、気候は寒冷期に向かい、洪水など災害は多発する。鉄器への需要は高まりクニ・グニはその結合を強化する。
(十)弥生時代の漁撈・製塩の発展
第 三 章 古墳時代
はじめに (古墳時代とは)―時代はどのように区分されるのか―
(一)「ヤマト」と「カラ」をつなぐ道―その発展と挫折―
(二)古墳時代前・中期、列島の社会経済の発展は大きかった
(三)古墳後期、列島の社会経済の発展と王権の転機、また半島政略の混乱
(四)動乱の七世紀―百済滅亡と白村江の敗戦―
(五)古墳後期、海人の生業、製塩と漁撈について
第 四 章 律令国家の時代
(一)律令国家への移行―それは多くの試行・錯誤に満ちていた―
(二)律令国家の問題点
(三)律令制ー貢納制の思わざる功績ーそれは漁業・水産業の概況を浮き彫りしたー
第 五 章 律令制改革以降―平安中・後期、鎌倉、南北朝時代―
(一) 国政改革、その実施は不可欠であった
(二)国政改革後の経済発展
(三)東アジアの動乱と日宋貿易
(四)中世、漁業の状況
第 六 章 漁村の形成
(一)若狭の浦々
(二)そこには豊富な中世の史料があった―中世の漁村(海村)成立の過程―
(三)青方文書と漁業・漁村の成立―西の海の武士団・松浦党に即して―
(四)漁撈の民、その前に立ちふさがる仏教、殺生禁断の思想
前書きなど
まえがき
浜崎 礼三
今日まで多くの人びと、先覚者によって、船乗り、漁撈の民など、「海に生きた人々」の歴史、その他の状況は語りつがれ、また文字の時代となって神話・歴史として紀記、風土記・万葉集などをはじめとして、多くの文献にかなりのウエイトをもって述べられ、展開されております。
そして現在、数々の先覚者によって、いわゆる漁業史、また海民史などの名による多くの著作があります。その主たるものを挙げても、羽原又吉氏の『日本漁業経済史』(上・中・下)があり、近世については、荒居英次氏の『近世日本漁村史の研究』、また近世から明治にかけて二野瓶徳夫氏の『漁業構造の史的展開』、『明治漁業開拓史』などすぐれた先学の著作があります。
また単に中世にとどまらず「湖沼や海を問わず水面を主たる生活の場とし、漁業・塩業・水運業・商業から掠奪にいたるまでの生業をなお完全に分化させることなく担っていた人々」(『日本中世の非農業民と天皇』)を「日本の歴史を大きく開拓した存在」として追求した網野善彦氏の活躍は、数々の著作・論文(岩波書店、網野善彦選集)によって余りにも著名です。
しかし、これらの名を列挙した方々、先学のご活躍、数多くの著述の存在にもかかわらず、今日、多くの人々によって―例えば全国の漁業協同組合の役職員、また漁村の児童教育に携わる先生たち―これら海民の歴史を語った著述が広く読まれているか、愛読されているか、というと、それは必ずしも、その通りだとはいえないと思います。
その理由はいろいろ考えられますが、主要な要因は、第一に数多くの著作が、かなりの年月を経過して、すでにその様式、スタイルが古くなりなじみにくく、第二にその殆どが、どうしても学術書的な傾向をもち、とくに歴史についてのかなりの素養を持たなければ、その著作を読み、理解することがなかなかむずかしい、ということによるものと思われます。
従って、さきにあげた人たちを始めとして、多くの人々に「海を働きの場、生活の場として、そこに生きた人々」―船乗り、漁撈の民の歴史―を読んでもらうためには、今まで以上に色々と配慮が必要だと考えられます。
その第一は、「海に生きた人々」も縄文・弥生そして古墳というそれぞれの時代とは無関係に、船乗り、また漁撈の民として生き、生活したわけではありません。それどころか、逆にそれぞれの時代の要望、人々の欲求の尖兵として働き活躍した、と言って宜しいと思います。つまり、それぞれの時代の海人集団の活動は各時代の背景をまず的確に描写することから始まると言って宜しいのではないかと思われます。
例えば、弥生の後期―紀元一世紀~三世紀―気候は冷涼化し、豪雨などの災害が多発し、人々の苦しみが多く、その一方、中国大陸の後漢政権は、北方異民族の襲来、王宮内部の宦官の横暴によって乱れ、当時列島でもっとも先進的であった北九州政権をはじめ、各地のクニ・国の人々は頼るべきところもなく、その悩み迷いが深かったころ、各地の海人集団が列島西部の海を多くの船を駆使して縦横に往来し、クニ・国にさまざまの情報を伝え、またその生産した海塩を以て換えた鉄器を伝え、列島の統一政権の確立に大きな役割を果たした事実はまさに典型的な事例でした。その激動の最大処点であった大和の奈良盆地の一画に陸あがりして、後の大和の豪族へと変身していった集団―も当然いたものと考えられます。
第二に、①それぞれの時代の背景、②各時代の求めに応じて航海・運輸・商業に活躍する海人、③製塩・漁撈など基盤的な生業に携わる海民などの叙述に当たっても、大切なことはあくまでも平明でわかりやすい叙述、用語が必要であり、専門的な言葉・むずかしい用語などの乱用は極力避けなければならないと思いかなり注意して参りました。
従来歴史全般、とくに海人・漁撈民の歴史についてそこで使われている用語がなじみがうすくむつかしいというのが通例になっているという反省に立ってのものです。
最後に、さまざまの歴史的な発展・成熟の上に、中世十三世紀~十四世紀以降、商品経済・貨幣経済の普及・浸透が進み、そこに当時「浦」と呼ばれた、近代の漁村に通じる沿岸の海人(漁撈民)集落が十四世紀~十五世紀にかけて全国的に続出するという状態が見られます。そして本書の目的は、以上のような問題意識に立って、中世の浦(漁村)の成立過程を明らかにすること、それを説得力を以て解明することにあります。
だがそれらはすべて容易ではありません。その一端はさきに申し上げたとおりです。にもかかわらず、この極めて不備な拙著を皆様に読んでいただこうとする所以は、著者の微志をおくみとりいただき、海人の歴史、表題の「列島の歴史」との関連究明がさらに一歩でも前進することを願ってのものにほかなりません。広く皆様に御愛読をお願いする次第です。
上記内容は本書刊行時のものです。